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The End

 福岡県の太宰府に宝満山という山がある。


 標高は829メートル程。


 日帰り登山には丁度よく、近郊住民の憩いの場所になっている。



 表側から登れば石段ばかりで特別な装備は不要だ。

 スニーカー履きにペットボトル片手で登る人もいる。



 ただ裏側から登るとなると話しは変わってくる。


 秋口までは普通の山登り装備が必要だろう。


 そして厳冬期になれば足元にアイゼンなどスパイク付きの装備は欲しい。



 まぁ、必要だったり必要じゃなかったりするんだが。



 厳冬期の宝満山は雪山とまでは呼べない中途半端な感じがあるものの、もしも雪が積もったり凍ってしまえば危険を感じる場所が無いとは言い切れない。


 御守りにアイゼンくらい入れといた方が間違いない。


 そして、わざわざ冬の宝満山に登るには見所がある。

 雪がなかなか積もることの無い九州では、足を踏み込むだけで別世界だ。


 木々が鬱蒼と茂る山道で、張り詰めた寒さの中に咲く寒椿の目に鮮やかな紅。


 道から離れた場所には白く染まる雪景色。


 山の裏側には細くたなびく難所ヶ滝があり、そこが見事に凍り美しい姿を見せる。


 表の石段を登って登頂するのも良いが、せっかくウサギ道を通り仏頂山を通り抜け山裏から入山したなら山頂も裏の鎖場を登る事をお勧めする。


 もちろん山頂から見下ろす景色は素晴らしい。


 遠回りしたが山は素晴らしいんだ。




 俺の名前はヤマダマサシ28歳独身、趣味はキャンプと山歩き。



 両親は山が好きで、小さい頃に山登りによく連れて行かれていた。


 山では様々なことを口酸っぱく教わった。

 食べれる山菜や飲める水の選別に濾過方法。

 シェルターの作り方、暖の取り方など。


 そして母は看護師であったため応急処置や器具の扱いや止血等、緊急時の延命方法も教えてくれていた。



 そのお陰で登山がとても嫌いになったのだ。

 意味も無くあの長い行き道を登り。

 意味も無く危険な下りを帰ってくる。


 いったい何の苦行なのか?


 なんなら登り始めるとすぐに思っていた。

 “この歩いた距離だけ歩いて帰ってくるんだよな?“

 山の登り始めですでに暗い気持ちになっていた。



 だが大学を卒業し就職して社会にでると、ふいに山が恋しくなっていた。



 山登りから離れて友達連中とキャンプやBBQ等はよくやっていたが、気がつくと道具を揃え山に登っていた。



 九州は低山が多く熊も出ないため、靴さえしっかりした物を選べば大きな危険もなく、日帰りで山を楽しめる。



 ある程度は衣服に気を配る必要はあるが、日帰り登山なら着替えを用意するなり工夫次第でどうにでもなる。


 また連山も多くあるので泊まりの縦走も楽しめる。




 この宝満山、800メートル程の山ながらなんと山頂付近にはテントを張れるスペースがあるのだ。

 オマケにトイレまで設置してある。


 このくらいの山にテン場やトイレが設置されているのは、なかなか無いことで実に過ごしやすい。


 脊振山や九重に行く前に、新しく買ったテント等を試すのに丁度良い場所である。


 一泊しか時間が取れない時など県内に住んでいれば、午前中に準備を済まし移動して昼過ぎから山に登り、夕方前に登頂する。


 その後は山頂でキャンプを整え、一泊し明けて昼前に山から降りてくる。


 そして、そのまま温泉に浸かり家に帰って夕方前から酒を楽しむ。



 これほど身近な山もそう無いだろう。




 2月のある日、オレは冬のボーナスで新しく買った雪印のフォル2というテントを試し張りするため、宝満山にきていた。


「さすが雪印、エリクサーと悩んだけどやっぱりメイドインジャパンだよな」


 オレは張り終えたテントを見ながら、そんなことを呟いていた。


 雪印製品は雪印のマークが付いてるのが良いんだよ。

 日本製だし燕三条万歳。


 ランタンもバーナーももちろん雪印のTENとCHIだ。


 何を隠そうオレは雪印の狂信者だ。

 いやまだ強信者くらいか・・・?。



 そんな風に山頂のテン場で一泊して凍った滝を楽しみ山から降りた。

 滝は陽の光を銀色に乱反射させ静謐な美しさを冬の山に飾っていた。

 疲れた身体に寒椿の紅が目に心地良い。



 駐車場に戻り車に荷物を詰めて山用の奇抜な上着を脱ぐ。

 車に乗せていたかわりの上着を羽織っていると駐車場で倒れている人を見つけた。



 女性で年は60才くらいだろうか?

 派手な色合いの古い山登りの格好をしている。


 高齢の登山者はかなり多い。


 皆さんカクシャクとしているのだが山から下りて、気が抜け、倒れてしまったのかもしれない。


 急いで駆け寄りしゃがみこみ意識の有無を確認しようとするが、途端に彼女は飛び起きて噛みついてきた。


「なにするんですか!」


 とっさに腕で顔をかばうと肘のあたりに噛みついてくる。

 某アウトドアブランドの焚き火しても穴の空かない上着のお陰で歯がとおる事はなかった。

 それでも鈍い痛みが噛まれた部分に感じる。


 そのまま彼女の顔を見ると目は血走り口からは絶えず涎が垂れ落ちている。


 首元は赤く染まり血生臭く終始「う゛ぁぁーあぁぁー」っと意味の無い声を発している。


「止めてくださいっ!」


 様子のおかしい老婆に気味の悪さを感じ突き飛ばしてしまう。

 よほど上着を噛みしめていたのか、彼女と一緒に歯が何本かと入れ歯のブリッジがアスファルトに転がった。


「すみません大丈夫ですか!?」


 やってしまったと思いながら慌てて声をかけるが返事はない。

 ただ「あぁぁーぁぁ」と声とも言えない音を発している。


 どうやら足が折れているらしく手を使って這っており、オレが近づかなければ急に襲っては来ないようだった。


 たぶん重度の認知症か?

 心配だが襲いかかられてもな・・・

 とりあえずすぐにどうにかなる事も無いだろう。


 スマホを取り出して110番に電話するとパトカーが15分程でやってきた。


 2人組の警察官に事情を説明すると彼女の様子を見た警察官が。


「あー認知症でしょうねー?おばあちゃん大丈夫?大丈夫ですかー!?

 うーん?会話は難しいみたいですね、急に悪化する事は無いでしょうけど取りあえず救急車かな?

 あ!あなた、ヤマダさんでしたっけ?すみませんが救急車への付き添いお願いできませんか?」


 とかなんとか警察官は話していたが、免許証を見せ連絡先を伝え何かあればまた連絡して貰う等を話して帰らせて貰った。


 まったくなぜ、オレが、救急車に付き添わなければいけないのか!

 確かに心配ではあるが警察がきたんだ。

 警察官が付き添えばいいだろうに。


 そう思いながら勢いよく車のドアを閉め車を出して家に帰る。


 本当は途中、筑紫のあたりで温泉にでも浸かり飯を食って帰ろうと思っていたのだが、しかし想定外の出来事に疲れてしまったオレは途中コンビニにだけ寄り、久留米東相川のワンルームマンションへと帰ってきた。


 コンビニで買った弁当を食べてシャワーを浴び、疲れていたのか深い眠りに落ちる。



 どうやら夜中に熱が出た。


 唸っている自分の声で何回か目が覚めたが、動けずに寝たり起きたりを繰り返していたように思う。



 朝になりなんとか起き上がれるようになる。


 昨日、婆さんに噛まれて何か病気でも貰ったのかもしれん、と考えて苦笑する。


 取りあえず水でも飲まないと喉がカサカサしている。

 枕元のスマホを片手に低いロフトの天井に頭をぶつけないように立ち上がるが足元がおぼつかない。


 頭もクラクラとして危ないので一度ハシゴに足をかけ座り込む。

 そのままスマホを操作すると着信履歴やアプリにメッセージが大量に届いていて驚いた。


 そして極めつけに日付を確認すると山に行った日から3日は過ぎている。


「どうなってるんだ?」


 着信履歴は会社からだった。

 取りあえずメッセージを確認していく。


 メッセージは会社の同僚からで始めの方は、山でどうにかなったのかと心配するメッセージだった。

 大丈夫なら早く会社に連絡を入れて出社しろっていうメッセージだったのが最後の方。

 昨日の夜辺りから何か助けを求めるメッセージになっていた。


 電話してみるが繋がらない、ゆっくりとハシゴを降りてテレビを点けてみる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ローカルな感じが新鮮と思います。 ゾンビランドSAGA的なものかと思ったらシリアスでおののきました。 [気になる点] 故意に、ちょっとだけずらされているかもしれないのですが 今の行政区分…
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