今日の晩酌
会社帰りに冷凍ギョーザを買ってきた。
ノンアルコールビールのおまけつきである。
最近の冷凍ギョーザは水も油も必要なく、
ただフライパンに並べて加熱するだけで
おいしく食べられてしまうようだ。
私がギョーザ界を離れている間に技術は
思った以上に進んでいたのである。
宇宙映画でよくある光速ムーブチョンボをやらかして
帰ってきた親のような気持ちだ。
ひとしきり家の用事を済ませ
調理に取り掛かる。
おもむろにフライパンにギョーザを並べていき…
少し変わった形をしている。
通常のギョーザに余分に分厚い皮がついているような。
(この部分が熱で溶けだし水と油、ひいては羽根になるのであろう)
火加減は中火である。
蓋をするタイプとしないタイプがあり、
私は蓋をするタイプを購入した。
蓋をして5分、ギョーザ達としばしお別れである。
この間私はこの中のギョーザを認識することはできない。
少しするとギョーザのいい匂いが部屋の中に立ち込めてくる。
パチパチと蓋の中で弾ける音も聞こえてくる。
よだれが出るのである。
おおっと危ない、換気扇を回すのを忘れていた。(速やかに紐を引っ張る)
もうそろそろかな。
時間になり期待を胸いっぱいに膨らませて
私が蓋を開けるとなんとそこには…、っ!?
なんと!!
まあ、
当り前であるが美味しそうなギョーザが出来上がっていたのである。
わーいわーい。
フライパンをひっくり返し焼き目が上になるようにして
白い平皿に盛り付ける。(結構難しい)
こんがりと焼き色が付き、薄い羽根もついており、
香ばしい湯気が立ち上る。
(成功である)
ここで私はbeer用のうすはりグラスを用意する。
(もらい物の上等なものである)
そこにキンキンに冷えたbeerを注ぐ。
(ノンアルコールである)
旭ポンズも用意する。
(もらいものである)
さあいざゆかん地平のかなた!
アツアツのギョーザをポンズにつけて一口、
羽根がパリパリと音を立て、皮もちもち、肉汁じゅわーなのである!
はふはふと熱いギョーザを口に放り込む。
旨味とポンズの酸っぱさの融合。
そしてbeer!!(ノンアルコールである!)
この世の幸、不幸とは、事象の地平線とは、そのような思考が
美味という脳への暴力となって打ち砕かれていく。
うま~!これうまいやん!最高や~ん!!か~っ!!
本格中華料理店で食する餃子には遠く及ばないのはわかりきっている。
だが家庭で作る素朴なおいしさもまた一興。
ましてやこのギョーザは冷凍食品の歴史の荒波に揉まれ、
たゆまぬ企業努力により磨かれた英知の欠片なのである。
一口食べるごとに、小麦粉、肉、野菜、油の怒涛の美味しさアピールに
私の脳は揺さぶられ愛撫され舌と喉は快感に痺れるのである。
ギョーザは一つ、また一つと私の口の中に吸い込まれ
欲望のままに咀嚼されていく。
明らかにペースが速い。速い!!
もっとペース落としてえ!
そして虚無である。
平坦な皿の上にはもう何もない。
質量は移動してしまった。
恍惚から寂寥への移行。
始まりがあれば終わりがある。
飽きるほどに繰り返されたこの世の摂理。
「美味しかった」
そう言ってしまえばよい。
八分目の満足をもって世界を結んでしまえばよい。
このまま暗闇へ身を任せてしまえばよい。
それが正しいお手本としての宇宙の法則なのである。
だがしかし、だがしかし。
私の脳はすでに麻痺し思考能力は低下し、
快感のみを追い続ける中毒症状に陥っている。
自分を律せず欲望にひた走ることを望んでいる。
快楽に溺れ堕落を愛し、
悪徳に手を染めることを望んでいる。
いやだめだ。
私は正しきを愛し、
清貧を貫き、父にも母にも愛する何者かにも
胸を張ることのできる人間であらねばならないのだ。
そう思って歯を食いしばったのに!
宇宙を漂って未来にたどり着いた浦島太郎は
己に打ち勝つことはとうとうできなかった。
それはそうだろう。
まだ見ぬものへの果てなき探究心は
抑えきれるものではないのだから。
私はかの有名な箱を開けるように冷凍庫を開ける。
そう、もう一パックギョーザを購入していたのである!
明らかにカロリーオーバーである。
だがもう止められない。
美味しいものは美味しいのである。
まだ八分目なのである。
詰めれば入るのである。
こうして今宵の晩餐は続くこととなった。
少しだけ暗闇に入る時間は先延ばしになったのである。