オディロンの魔法
オディロン達がムリーマ山脈に入ってすでに三日が経過した、そんな夕方。
「奥様のお話によると、ここまで来ればベイソナ盆地は近いようです。明日に備えて今夜もしっかり休んでおきましょう。」
「マリーさんの魔法のおかげで夜の見張りをしなくていいのは助かります。さすがですよね。」
「マリーはすごいからね。」
「いえ、奥様やカース坊ちゃんほどではありません。さあ、どうぞお食べください。」
道中で狩った魔物だけでなく、山菜やきのこ類までふんだん使われた暖かい料理だ。強いだけでなく手際も良いマリーに同じ家の後任メイドとして嫉妬を禁じ得ないベレンガリアである。
「いただきます! うわぁ……おいしい……」
「マリーの料理は最高だからね。」
「恐縮です。」
そして食後はオディロンの魔法で全員の体がきれいにされると、疲れも軽減しぐっすり眠れるというわけだ。
なお、マリーが使う魔法は『隠形』と言い、第三者に姿を気付かせないものである。それでも格上や鋭い相手には気付かれてしまうものだが、その時は目覚めることができるよう仕掛けもしてあった。
その仕掛けが役に立つことなく、朝が来た。
「さて、ここからはより慎重に進みましょう。極楽揚羽の領域は近いかと思います。」
「じゃあここから僕が先頭を歩くよ。マリーが最後尾だね。」
「お任せください。」
「頼りにしてるわよ、オディロン?」
こうして一列縦隊となって山道を歩き続けること四時間。本日最初に疲れを見せたのは、マリーだった。最後尾で神経を尖らせつつ、険しい山道を歩いているのだから無理からぬことである。ちなみに比較的元気なのはベレンガリアである。前ではオディロンが道をかき分けてくれるし、後ではマリーが警戒してくれているためだ。
「そろそろ休憩するよ。ここは見通しがいいしね。ベレンちゃん、周囲の警戒をお願い。」
「いいわよ。マリーさんもここ連日の疲労が溜まってきてるもんね。」
「お願いいたします。さすがに疲れました。」
ベレンガリアが周囲の警戒をしている間にマリーが食事の用意をする。オディロンは全員の体をきれいにし、疲労を軽減する。山中にあってこの魔法はかなり有効と言える。汗の匂いを消すことは虫が寄って来ないだけでなく、魔物に気付かれにくいという効果まであるためだ。
メイドであったマリーの役に立ちたい一心で幼い頃から磨き続けた掃除、洗濯の魔法が冒険者となった今でも役に立つなんて……人生とは面白いものである。
「すごく美味しかったよ。いつもありがとう。じゃあベレンちゃん、交代するよ。食べて。」
「どういたしまして。」
「ありがと。気が抜けないってのは中々辛いわね。」
見張りを交代しようと気を緩めたその時……
「ベレンちゃん上! マルカを!」
『氷壁』
狙われたのは三人ではなく、ペガサスのマルカだった。鋭利な鉤爪で、人より馬を狙う魔物と言えば……
「グリフォンですか……」
一撃で氷の壁を崩されたベレンガリアに、マリーの声は届いていなかった……