オディロンの懸念
「村長はいるかしら? 一泊お願いしたいんだけど。」
このような村に宿泊施設はない。全ては村長の裁量次第となっている。
「ああ……こっち……」
無愛想な村人はのそのそと足を村の中へと進めていった。
「ここ……」
「そう。ありがとう。はいこれ。」
ベレンガリアが手渡したのは銅貨一枚。これが三枚あればギルドで定食を食べることができる。
ベレンガリアが比較的立派な建物の扉を叩く。
現れたのは瘦せぎすの中年男性だった。
「ようこそ客人、サウセン村へ。泊まりか?」
「そう。三人ほど、一室でいいわ。風呂も食事もいらない。屋根があって虫がいなければいいわ。はいこれ前払い。」
手渡したのは銀貨一枚。少しだけ色を付けたと言っていい金額だろう。
「こっちに空き家がある。案内しよう。」
「あ、そうそう。うちのリーダーは『魔王カース』の兄でオディロン。そしてこちらがその奥さんのマリーさん。私は魔女イザベル様の専属メイドよ。よろしくね? もしかしたら帰りも寄るかも知れないから。」
「ま……魔王……!?」
「ちょっとベレンちゃん?」
「まあまあいいからいいから。別に信じなくてもいいわよ。魔王カースの顔なんか見たことないでしょうから。」
「こ……こちらへ……」
村長は向きを変えて歩き始めた。
何のことはない。村長宅の裏手、離れに案内されたのだった。しかも、村長宅には風呂があると言うではないか。水を入れて沸かすことができるなら入ってもよいとも言われたのだった。
「ベレンちゃん……あんまりカースの名前を出すのは……」
「相変わらずオディロンは甘いわね。私やマリーさんほどの美女がいるのよ? 村中が敵となって襲ってきたらどうするつもり? 皆殺しにできる?」
「そ、それは……」
村人ごときが百人集まろうが二百人集まろうが、オディロンにとって皆殺しにするのは容易い。しかし、それを実行するだけの覚悟があるのかとベレンガリアは訊ねているのだ。
「でもこうやってカース君の名前を出しておけば軽々しくは襲ってこないわ。カース君に恨みでもあれば別だけど……」
「そうだね。ベレンちゃんの言う通りだ。心配してくれてありがとう。それより、リーダーはベレンちゃんじゃないの? いつから僕になったんだい?」
「私はとっくに引退してんのよ? オディロン以外にないじゃない。しっかりしてよねリーダー?」
この夜、三人は風呂に入ることもなくオディロンを挟んで川の字になって寝た。ただし、マリーだけは気を緩めることはなかった。
日の出とともに目を覚ましたオディロン。軽いあくびとともに布団から起き上が、ろうとしたが動けなかった。
「むにゃむにゃ……だんなさまぁ……」
ベレンガリアが抱き着いていたからだ。オディロンはさして気にすることもなく、改めて体を起こす。必然的に目を覚ますベレンガリア。
「だん……あれ? オディロン……」
「おはよう。朝食にするよ。」
「おはようございます。用意ができてますよ。」
「あ、マリーさんおはよう……」
軽い朝食を済ませ、村長に挨拶をして村から出ていく。マルカもよく眠れたようだ。
「よぉーう? 朝からいい女二人も連れてゴキゲンだなぁ〜?」
「おめぇ魔王の兄貴なんだってぇ〜? オディなんとかって聞いたこともねぇぜぇ〜?」
「そぉーそぉー。魔王の兄貴っつったらぁ? 模範騎士ウリエンだよなぁ〜? おめぇホントに兄貴かぁ〜?」
村の若衆のようだ。オディロンより二、三ほど歳下のようだが体つきは二回りほど大きい。
「ね、ベレンちゃん。こんなパターンもあるみたいだよ。ベレンちゃんが何とかしてね。」
「もぉー……ねぇあんた達? 私とこっちのお姉さん、どっちがキレイ?」
「おっ、俺ぁアンタがいいなぁ!」
「俺はそっちの年増がいいぜぇ! やっぱ女ぁ胸だろぉ!」
「お、俺ぁアンタを選ぶぜ! 若さにぁ勝てねぇだろ!」
「お、俺も俺も! アンタぁきれーな顔してんもんな!」
「そう。ありがとう。じゃーあー? 何回刺す? 何回でもいいのよ? 今すぐ相手してあげるわよ?」
「まっ! マジかぁ! お、俺五回はいける!」
「ま、待て! 撤回する! 俺もアンタがいい! あんな年増なんかにゃ用ぁねぇ!」
「お、おお、俺なんか十回はいける!」
「俺もだ! これでも我慢強い方なんだ!」
「分かったわ。そっちのあんたからね? ちゃんと五回するのよ? 一回や二回じゃ許さないからね?」
「よっしゃー! 俺からだぁ! お前ら指ぃくわえて見てっいぎゃあぁぁあいぁぁーーーー!」
「まず一回ね。次はここ。」
「あぎょぉおおおぉぉーーー!」
「はい二回。三回目はこっちにしようかな。」
「いぎぎぎぃぃぃやぁ、やめぇぇぇーーー!」
「はいあと二かーい。」
「ごぼぼぉっおおぉごごきぎぎーーー!」
「よーし最後はー? ど・こ・に・し・よ・お・か・な……はーい左肩にけってーい。」
「あががががっ……も、もう、やっめ……」
「はいここまでー。次はそっちのあん……あれ?」
「とっくに逃げたよ。僕らも囲まれないうちに出発しよう。少しは手加減してあげればいいのに。」
「手加減したに決まってるじゃない。今すぐ手当すれば余裕で助かるわよ? たぶん後遺症もなしに。急所や太い血管は避けたんだから。」
「お見事です。旦那様の薫陶が生きているようですね。」
「へへー。無尽流って色んな技があってすごいんですね!」
逃げた村民が人手を引き連れて現場に戻ってきた時には、一向はすでに見えない所まで移動していた。
なお、ベレンガリアの手に握られていた血塗れの短剣は、いつの間にやらオディロンの魔法によってきれいにされていた。