オディロンの生還
それからも断続的に襲いくる魔物を退けながら、ついに一行はムリーマ山脈の麓まで退却することができた。
マルカが大地に降り立つと同時に、オディロンは地面へと滑り落ちた。数多の魔物から死力を尽くして仲間を守り抜いた結果だった。
「オディロン、見事だったわよ。ご褒美にポーションを口移しで飲ませてあげようかしら?」
「それには及びません。」
声を発したのはマリーだった。意識を取り戻したのだろうか。
「マリーさん、やっぱり毒が効いてなかったんですね?」
「当然です。」
魔力が高ければ高いほど毒が効かないのは常識だ。オディロンより遥かに高い魔力を持つマリーである。いかに極楽揚羽といえど一瞬触れただけの毒が効くはずもなかった。さすがに数秒にも渡って注入されたのなら別だろうが。
「ですよねー。それぐらいオディロンにも分かりそうなものなのに。マリーさんのことになると途端にバカになるんだから。で、なぜそんな面倒なことをしたんですか?」
「奥様のご指示です。」
「あ、あぁー……」
その一言でベレンガリアにも理解できてしまった。
「あまりオディロンに手を貸しすぎるなって感じですか?」
「そのようなところです。最近のオディロンはヌルい仕事ばかりしているため、本気を出させてやるようにと。」
「奥様らしいですね。なんだかんだ言ってオディロンが可愛くて仕方ないんですね。」
「オディロンが可愛いのは私も同様ですよ。さあ、無駄話をしてないでオディロンを治しますよ。」
「はーい。」
オディロンが目を覚ましたのはそれからおよそ三時間後、マルカの上でのことだった。
「マ、マリー!? だ、大丈夫なの!?」
「ええ、大丈夫ですよ。オディロンのおかげです。さあ、後はもう帰るだけですね。」
「ほっ、よかったよ。ベレンちゃんもありがとう。無茶をさせてしまったね。」
「別にいいわよ。今度たっぷり奢ってもらうから。」
足取りも軽く来た道を帰る三人と一匹。
「マリー、代わるよ。乗って。」
「いえ、オディロンが乗っておいてください。傷は塞がりましたが流した血は元に戻りません。今日のところは大人しくマルカの背に揺られておいてください。」
「そうだね……ベレンちゃんもごめんね。」
「別にいいわよ。あんたは功労者なんだし。ところでマリーさん。私、気になってることがあるんです。」
ベレンガリアは肩を並べて歩くマリーに問いかけた。
「何でしょう?」
「奥様はどこから今回の情報を入手されたのでしょうか?」
「おや、ベレンちゃんにしては珍しいね。気付いてなかったの?」
オディロンが口を挟むのも珍しい。
「え!? どういうことよ?」
「簡単な話です。奥様は情報を入手などされておりません。数ヶ月も前に彼岸花を咲かせるためにベイソナ盆地に単身出向かれ、無数の魔物を集め皆殺しにしてくださったのでしょう。」
彼岸花が咲かなければ極楽揚羽は集まりもしなければ成長することもない。イザベルは、あらかじめ土壌を整えておいて実が熟したであろう時にオディロンへ知らせただけの話なのだ。
マリーもオディロンも土に埋もれた幾多の魔物の骨を見て気付いたのだろう。数匹の極楽揚羽だけで消費できる量ではないことに。我が子を想う、イザベルの親心に。
「あっ! もしかして四ヶ月ほど前!? 奥様が四日ほどお留守にされた時がありました! ご友人と遊びに行かれると聞いておりましたが!」
「おそらくそれでしょう。奥様のご厚情にはお礼の言葉もございません。私ごときにありがたいことです。」
「マリーはマーティン家にとっても大事な家族だもんね。ついに、これで全ての素材が揃ったね。これでいよいよ……」
『紅玉龍の鱗』
『豚鬼王の精巣』
『断末草の根』
『殺人蜂の巣』
そして、『極楽揚羽の鱗粉』
これらの素材を腕利きの錬金術師のもとへ持ち込めば、いよいよできるのだ。
禁忌の薬物『胎身籠』が。