オディロンの死闘
力なく倒れ込むマリー。
「ベレンちゃん! 大急ぎで帰るよ!」
「え、ええ……でも変ねぇ……」
「いいから! マルカ!」
「ヒヒヒン」
やはり愛想なく嘶くマルカだった。
マルカの背にマリーをうつ伏せに乗せてマルカの首の前でマリーの手を縛る。足はマルカの胴体に回したロープで縛った。
「飛ぶの!?」
「そうだよ! 全力でお願い! でもちょっと待ってね!」
オディロンは自らの魔力庫から何やら瓶を取り出して口に含んだ。それをマリーの口へと……
「何よオディロン、良いもの持ってるじゃない。それ最高級クラスの解毒剤でしょ?」
「そうだよ。だからって油断はできないんだよ! とにかく! ここからは時間との戦いなんだから!」
「分かったわ! オディロン乗って!」
「頼んだよ!」
マルカを駆り、空へと飛び上がる一向。ペガサスなのだから空を飛ぶ事ぐらい簡単なはずなのだが、なぜ来る時は地道に歩いて来たのだろうか……?
理由は簡単だ。普通の魔法使いは同時に複数の魔法を使うことに長けていない。つまり、単純に危険なのだ。ベレンガリアはマルカの負担を軽減するため『浮身』の魔法を使い、なおかつマルカをリードしているのだから。
この国の住人なら身一つで空を飛ぶ事ぐらいほぼ誰でもできる。だが、それだけに小さい子の事故も多い。
ついつい調子に乗って空高く飛び上がり、すぐに魔力が切れて落下。ローランド王国では珍しくない悲劇である。
また、空では浮くこと以外に魔法を使うのは非常に難しく、魔物に対抗できない。よって、空の魔物から見れば格好の餌でしかないのだ。
そんな中、オディロンは何もしていない。
その理由はもちろん……
「ハーピーだ! 数は五! 二分もすれば追いつかれる! 速度、姿勢ともこのままで頼むよ!」
「分かったわ! ハーピーの迎撃は任せたわよ!」
瞬く間に二分が経とうとしている。女面鳥身の魔物ハーピーは重荷を抱えたペガサスより断然速い。彼我の距離は五メイルにまで縮まっていた。
「もう少し近寄らせるからね! マルカが怯えないように頼むよ!」
「いいわよ! 任せて!」
強力無比に見えるオディロンの魔法だが、弱点は多い。例えば、距離が空いていると効かないという点もその一つだった。
つまり、最も効果的なのはオディロンが直接触れた場合なのだが……
しかし、マルカに傷でもつけられ暴れられでもしたら……三人とも助からない。その辺りのギリギリを見極めながらオディロンは戦っていた。
『水壁』
ときおり飛んでくるハーピーの弾丸のような鋭い羽根を防ぎつつ……
『乾燥』
どちらかの翼を少し動かなくするだけでハーピーは落下していく。無理にとどめを刺す必要はないのだ。
「危なっ!」
魔法で防御しきれなかった羽根は身を挺して防ぐ。とにかくベレンガリアとマルカは守らなければならないのだ。
オディロンとてそれなりの冒険者なのだから、装備には気を遣っている。それなのに、ハーピーの羽根は容易く防具を貫いてくる。
『乾燥』
ついに残り二匹……ハーピーも必死である。飛べなくなり落下すれば、他の魔物の餌になるだけなのだから……
距離を詰めたり広げたり、多彩な攻撃を見せるハーピー。互いに疲労が見える……
『氷球』
オディロンが氷の玉を飛ばすが、あっさりと避けられる。不安定な空中なのだ。そう簡単に狙いがつけられるものではない。それに気を良くしたのかハーピーは鋭い牙を剥き出しにしてまっすぐ襲いかかってきた。
人肉も好むハーピーである。オディロンの柔らかそうな首筋をに牙を突き立て……るはずが、腕を噛まされてしまった。『乾燥』
一瞬で干物と化したハーピー。残る一匹もオディロンの身を挺して放った魔法で首を砕かれ落ちていった。