オディロンの日常
とある国の北の果て、辺境の街クタナツ。そこではある歳の差夫婦が仲睦まじく暮らしていた。
夫の名をオディロン、妻の名をマリーと言った。
二人が結婚してからすでに四年ほど経つものの、新婚の頃と何一つ変わっていなかった。仲の良さ、家族構成。そして妻の容姿も。
「じゃあ行ってくるよマリー。」
「いってらっしゃい。今夜はあなたの実家にお呼ばれしてるから直接そちらで会いましょう。」
「うん、分かった。じゃあまた夜ね。」
オディロンの職業は冒険者。魔物を退治したり薬草を調達したりと、街によっては底辺職だが、辺境のこの地では一般的かつ危険な仕事である。そして、通常冒険者というものは数人で徒党、パーティーを組み、集団で事に当たるものなのだが……オディロンは一人だった。
それにはいくつか理由がある。
「なんだよオメー、まぁた一人かよ!」
「いい加減うちに入れよな? 魔境で危ねぇ目に遭っても知んねーぞ?」
「そーそー。後ろから襲われるかも知んねーもんなー」
「ギャハハハ! 意地なんか張ってないでよー!」
「お誘いありがとう。でも僕はソロでやっていくって決めてるんだ。ごめんね。」
「ケッ! 調子ん乗りやがって……」
「弟が強えからってよ……」
「魔境は甘くねぇぜ?」
「せいぜい弟に助けてもらえや!」
オディロンはクタナツの若手の中では優秀な方だ。そのため、彼をパーティーに引き入れたいと考える者は多かった。しかしオディロンが首を縦に振ることはなかった。今の彼らのようにオディロンの弟、国中に名を轟かすほどの弟と繋がりを作らんとオディロンに誘いをかける者も多いためだ。
冒険者の一日はギルドから始まる。正式名称を『冒険同業者協同組合』と言うが、誰もがギルドと呼んでいる。
そのギルドにおいて仕事を探す。掲示板に張り出された依頼の数々から。
・子供の家庭教師
・ペットの散歩
・庭の掃除
・害虫駆除
・ヨモギガ草の採取
・オーガの角の入手
・アイアンゴーレムの魔石の入手
・カエンダケの入手
数だけはいくらでもある。その中から労力と報酬、そして自分の実力と照らし合わせて冒険者達は依頼を選ぶのだ。
この日オディロンが選んだのは、害虫駆除だった。
「オディロンさん、あなたもう七等星なんですよ? このような仕事をされても困ります」
「でも誰も受けてないよね? それはそれで困るんじゃないかな?」
「それはそうなんですが……あんまり格下の仕事を奪わないでくださいね?」
「そうだね。気をつけるよ。」
オディロンは十九歳。これでも経験九年のベテランだ。そして七等星は……この歳にしては良いランクと言える。
一般的に冒険者の等級は……
十等星:新人
八等星:一人前
六等星:中堅
四等星:凄腕
二等星:英雄
一等星:勇者
と言われている。
オディロンはそれなりに将来を嘱望されている。そして、そんな彼が害虫駆除をする……
魔物と戦う強さこそを誉れとするクタナツにおいて、それはしばしば臆病との誹りを受けることもある。
「おいおーい? だから俺らのパーティー入っとけって言ったろ?」
「一人じゃあそんな依頼ぐれーしか無理だろ?」
「それともお外が怖いんでちゅかぁー?」
「そりゃあ一人じゃあ怖いぜなぁ!?」
「そうだよ。だから僕のことは放っておいてくれないかな。」
クタナツの街は堅牢な城壁に囲まれている。過去に何度も魔物に取り囲まれることはあったものの、魔物の侵入を許したことはない。そんな城壁の外、主に北側は『魔境』と呼ばれており魔物の棲息する広大で危険な領域なのだ。
本日オディロンが受けた依頼は害虫駆除。これはクタナツの南側。それでも魔境内であることに変わりはないが、比較的安全でいくつか畑もある。そこに跋扈する害虫を駆除するというわけだ。
昼。オディロンがあらかたの害虫を駆除し終えて一息ついていると。
「なんとまぁ、もう終わったんかね。さすが六等星間近って言われるだけあるんね! 仕事が早いんね!」
「だいたい終わったと思います。次からはもっと早く依頼を出した方がいいですよ。」
「分かってはおるんだがねぇ……つい自力でやろうとしてしまうんね……」
ここらの害虫はそれなりに厄介なのだ。小さく素早いゾウムシみたいなものだ。農薬などないため一匹一匹を手で捕まえるしかない。日々の農作業の合間にそのような仕事はとてもできるものではない。さりとて、放置しておくと農作物を食われてしまうだけなのだ。
他の冒険者なら夕方までかかっても終わらないような仕事を昼に終わらせることができたのにはもちろん理由がある。オディロンの魔法だ。
国中に名を轟かせる弟とは比べものにはならないが、オディロンとて常人に比べると溢れんばかりの魔力を持っている。そんな魔力を駆使すると、小さな虫を効率よく集めることができるのだ。命の危険もない上に、昼までに終わるなら割のいい仕事と言えた。