男の憧れ立派な一本
「千代ちゃん、千代ちゃん」
「んんぅ……れーじ……?」
まだお外真っ暗……でも礼二が私のお布団の横に……
「まさか夜這いっ!?」
「よばぁっ!?ち、違うからね!?いや、確かに千代ちゃんの寝顔可愛くて見てたかったけど……ってそうじゃなくて!今日は約束してたじゃん!」
約束……?あー、そういやなんか約束してたような。
夏休みに入って一週間が経った日の早朝、まだ日も昇ってない真っ暗な中、俺はいつも通りシャチのぬいぐるみを抱っこしたまま、まだ眠い頭でそんな事あったなぁと思い出した。
そういや昨日の夕方に父様と礼二出かけるって言ってたし、あれは約束の仕込みとかやってたのかなぁ。
「お、騒がしいと思ったら起きたか千代」
あ、父様居間に居たんだ。通りで居ないわけ…………
「と、父様?その格好は?」
「ん?これか?今から森に行くからな、長袖長ズボンは必須装備品だ」
「流石です師匠!」
い、いや、そうじゃなくて父様。その長袖長ズボンのデザインというか、なんというかあの、例の伝説の傭兵の初期カモフラみたいなデザインしてるんですが。
「む、何だかまだ眠そうだな千代。どうする?カブトムシ取りは今日は辞めて────」
「カブトムシ!」
そういやそんな約束だった!令和の時代じゃもう森も減って珍しくなってたから、一回生で生きてるのを見てみたかったんだよ!
「いくっ!いくーっ!」
「お、スイッチ入ったな。それじゃあ着替えておいで千代。恵さんが千代の服は用意してくれてるよ」
「はーい!」
そう元気よく俺は父様に返事をすると、ドタドタと足音を立てて母様の元へとかけていくのであった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「いるな……よし、千代やってご覧」
「は、はい」
そーっと、そーっと……ゆっくり近づいてー……
「えいやっ!」
やったかっ!
「すごい千代ちゃん!捕まえれてるよ!」
「ほんと!?」
木の葉の間から差し込む月明かりに照らされながら、俺は興奮した様子で自分の背丈の二倍以上はある虫取り網の先を手繰り寄せると、網の中を確認する。
するとそこには凄く大きな太くて硬い一本の角を生やした、全男子の憧れである昆虫、カブトムシがしっかりと網の中に納まっていた。
「わぁー……!」
本物だ……!夢にまで見た本物だぁぁ……!令和じゃもう野生なんて居ないから金持ちしか買えないカブトムシが……!
「千代ちゃん大喜びしてますね」
「あぁ、喜んでくれて嬉しい限りだ。だが、まだ甘いぞ二人共、ほら大物を見逃してたぞ?」
「「大物?」」
「ほれ」
カブトムシ以上の大物が……?まさかっ!
「と、父様それは────」
その渋みのある体色、頭部分の特徴的な冠状の突起、少し生えている産毛、そしてその立派な二本の顎は俺が転生する前では立派な個体は一匹50万も下らなかったあの!
「み、ミヤマクワガタだぁぁぁあ!」
「ミヤマクワガタ?」
「お、流石千代は知ってたか。その通り、こいつはミヤマクワガタっていうクワガタでな、ただのクワガタじゃないんだ。なかなか見つからない珍しいクワガタなんだぞ」
父様はそう説明すると、首を傾げる礼二の横で俺が目をキラキラさせながらそのミヤマクワガタを手に乗せようとしてた俺から、ひょいっとミヤマクワガタを没収する。
「あ……」
「だが、顎の力だけじゃなくて足の力も凄く強い。顎に挟まれれば勿論だが、下手に手に乗せてもなかなか引き剥がせなくて怪我してしまう。気をつけるんだぞ?」
「はーい」
手に乗せてみたかったなぁ……
「そうしゅんとするな。さて、そろそろ日も昇って来た事だし、家に一回帰って一休みしたらまた虫取りに来ような、二人共」
「「はーい!」」
こうして、俺の夏休みの思い出がまた一ページ増えたのであった。




