第1-3話 目が覚めたらヒトじゃなかった系女子
この私、琴種 樹が「ソレ」になる少し前。私は自宅の二階にある自室にいた。
部屋は真夏のじっとりとした熱気によって小さなサウナのようになっていた。風がないせいで窓を開けても室温はかわらず、肌は汗ばみ、寝間着の薄いシャツは肌に張り付き、身体中汗のせいでベタベタとして非常に気持ちが悪い。
それならばクーラーを使えば良いではないかと思うだろうが、生憎のことストック分含めリモコンの電池が枯渇している。だがしかし!こんな暑い中わざわざ電池を買いに行くのは自殺行為だ、と私は断固として主張しよう。そもそも電池がなくともうちのエアコンは本体の操作でも動くらしいが、残念なことに使い方が分からないので潔く諦めた。
いっその事べたつく衣服を全部脱いでしまおうかと考えたが先週それをやった結果、お腹を壊したので今回はやめておこう。私は同じ轍は踏まぬ女だ。
「あ、そうだ。しゃわー浴びよう」
ふと、汗を洗い流すついでに綺麗な服に着替えようと思いったった私は、適当な着替えを引っ張り出して部屋を飛び出し、どたどたと一階に駆け降りる。その勢いのまま、玄関からリビングに続く短い廊下を横断し、お風呂場と隣接する脱衣所に入ると、鬱憤を晴らすかのごとくに着ている衣服を全て脱ぎ捨てた。そして脱いだ衣服を乱雑にカゴに投げ入れると、疾風のごとくお風呂場へ駆け込み、シャワーの蛇口のレバーを青いほうに向け勢いよくひねる、するとシャワーから小さな水玉がわらわらと出てきて私の汗ばんだ体を洗いなが…
「うヒャあ⁉︎」
川の流れに身を任せ、まるでそれと同化しているかのような無駄のない動きでシャワーを浴びるまでを完璧にこなした私だったが、予想よりも冷たい水がシャワーから飛び出し、小さく悲鳴をあげてしまった。今まで熱気にさらされていたので、ここは一つ冷たいシャワーで涼んでやろう、と考えていたのだが失敗した。いささかこの温度のギャップは心臓にわるい。
「…ぬるま湯にしよ……」
シャワーの温度をいじり、若干の敗北感を味わいながら私は、程よくぬるい湯で汗を流した。
汗を流してスッキリしたところで私は自室に戻ってきた。
盛大に開け放った窓からはお隣の常彦の部屋が見えるが、彼は今バイトがあるとのことで部屋には居ない。帰ってきたら何かちょっかいの一つでもかけてやろうかな、などと考えていると窓の外から風が吹いていることに気がついた。室温は変わってないはずだが空気が流れた途端に部屋の温度が下がったように感じた。
生温く、そして心地よい風に吹かれながらベッドに横になると、なんだか眠たくなってきた。
(このままお昼寝するのも悪くないかもね)
そんなことを考えているうちに、私はすやすやと眠りについた。
……これが私が「ソレ」になる前の最後の記憶だった。
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「…目覚めなさい…万定 常彦………あなたは選ばれたのです…」
常彦はゲームや漫画で聞いたことのありそうなセリフで目がさめると、見慣れない天井が目に映った、違和感を感じて体を起こすと、今度は明らかに自分のものではないが見覚えのあるベットが見える。何が起こっているのか考えようにも頭がぼーっとしているのでよく分からない。
「…さぁ旅立ちの時です…」
何か鬱陶しい声が聞こえる。常彦は寝ぼけたまま、先ほどからうるさい妙に芝居掛かった声の方に目をやる、するとそこには、今度はゲームや漫画の中にしか存在しないであろう異形っ娘がいた。
「そう、あなたは勇者として……」
「うおぉ?!」
あまりに突然の出来事に常彦の口から驚きの声が漏れる。が、しかし
「……って、何やってんの?お前?」
常彦は見たこともない異形っ娘に一瞬動揺したが、その刹那、目の前の異形っ娘が自分の幼馴染であることを思いだし、それを昨日バイト終わりの真夜中に彼女の家でいきなり見せられた事も思い出し、そして、それを見た直後に自分が気を失って彼女の家で一晩明かしたことをも思いだすことに成功し、常彦はなんとか冷静さを取り戻す事が出来た。いかに現実離れしていても、この阿呆さ加減は自分のよく知る樹のものだ。
「…思いの外冷静だね」
樹は自分の姿に驚かなかった常彦に向け、白い頬を膨らませながら文句ぶつける。それを受けた常彦は冷静さとともに取り戻した眠気に苛まれながら、理不尽な文句を垂れる幼馴染に言葉を返す。
「あんな小芝居見せられてもなぁ…正直リアクションに困るんだよ」
「なんだとぅ?!」
「朝っぱらからお前の廃テンションについていけるわけないだろ……。寝起きくらいは学校に居るときの静かな感じにできないのか?」
「ま、まぁできないこともないけど…。それじゃあつまんなくない?」
「つまんなくていいよ…」
「そーゆーこと言うな、モブ顔」
「あ?」
「おう?」
売り言葉に買い言葉の他愛ない喧嘩が始まった。
その最中、常彦は幼馴染の異常についてを忘れるほどに自然体だった。昨晩は変わり果てた樹の姿の衝撃とアルバイトの疲れが相まって気絶してしまったが、今は特に問題もなく彼女の事を直視できていた。
問題なく会話することが出来るのはおそらく、樹が普段のように特に意味もなく悪ふざけをしていたからだろう。いつも通りの力は思ったよりも大きいらしい。
「チッ、つまんねぇの」
しばらくして、口喧嘩に敗北し言葉を返せなくなった樹は、舌打ちをしつつまだぶつぶつと文句を連ねている。しかしながらそれとは裏腹に樹の声色にはどこかな嬉しそうな様子が見て取れた。話しているうちに目が覚めてきた常彦は樹のその様子を不思議に思っていると、ハッとした様子で樹がいきなり話題を変えてきた。
「あ、そうだ、忘れてた。昨日話したかったことなんだけどさ…私のこのカラダ、どう?」
「えっ?どう…って…?」
一晩越しに投げかけられた『話』はあまりにも雑だった。