始まり
何事にも始まりがある。
彼は難産のもとに生まれた。母親は彼を受胎してから、目に見えて窶れていった。元々は日に焼けて健康的だった彼女は、彼を産み落とした時には病的に痩せ、肌は青白く、骨が浮かぶほどに痩せ細っていた。
生まれ落ちた彼も、母親に似て痩せ細った赤ん坊だった。取り上げた産婆は、この親子はすぐに死んでしまうだろうと思った。初めて息子を見た父親は、この子は長く生きないだろうと思った。生まれ落ちたばかりの彼は、息も絶え絶えといった産声を上げ、すぐに母親のぬくもりを求めた。
そうして彼は産まれた。
長きにわたる彼の人生は、今はもう無き、小さな村から始まった。
何事にも始まりがある。
彼を産み落とした母親は、産み落とした次の日から、周囲の人が驚くほど回復した。空腹を訴えた彼女は、麦粥を三杯食べ、頬の血色を取り戻した。
彼女は小さく冷たい我が子を抱き上げ、恐ろしい勢いで母乳を吸うわが子のために、より多くの食事を求めた。
彼は通常の赤ん坊のように、よく眠りよく起き、そしてよく母乳を求めた。
母親は大量に母乳を吸われては窶れ、大量に食事を摂って母乳の生産に励んだ。
彼はほかの赤ん坊よりも長い期間の授乳期を経て、周囲の人間が驚くほどにすくすくと育った。しかし健康的とは言えない容姿をしていた。肌は青白かった。手足は細いままだった。体温は低く、動きは少なかった。だが彼は、母親の愛に恵まれて育つことができた。
何事にも始まりがある。
その時代には当然のこととして、彼は村の一員として育てられた。子供の時は畑仕事の手伝いを。ある程度育つと、村の外で狩りの手伝いをするようになった。
彼は病弱な子供だった。体の線が細く、赤ん坊のころから変わらない肌の青さは、成長しても変わらなかった。食が細い子供だった。唯一好んだものは、狩りでとってきた獣の肉だった。だからこそ、成長したときに狩りに連れ出されたのだ。彼は他の子どもとは違う特性があった。眼がよかった。特に夜目が効いた。耳もよかった。村の中とは違う森の中で、獣の息吹にいち早く気が付くのは、常に彼だった。そして鼻が利いた。村の狩人たちは初めての狩りから彼の特性に気が付き、心配げに帰りを待っていた母親に、次の狩りにも彼を連れていきたいと褒め称えた。
彼はそうして、村の中で居場所と仕事を得た。
何事にも始まりがある。
彼の人生は、後の世に伝わることもなく、こうして平穏に始まったのだ。