2節 忍者学校の厳しい訓練(3)
次の授業は、薬学だった。
—— 薬学は、毒薬、治療薬、火薬を製造するための知識と技術だ。昔の忍者は、情報収集をするために、薬売りとして各地を回っていたので薬学は重要だった。——
「今日は、校庭の端にある薬草園で、薬草と毒草を学びます。その後、山に入って野生の薬草と毒草を見分ける勉強をします」
クロイワ先生が、落ち着いた声で説明した。
クロイワ先生は、ミウの母親で、理知的な眼差しをしている。
「主な薬草には、アオキ、アオギリ、アカメガシワ、アミガサユリ、アケビ、イチョウ、イヌザンショウ、ウツボグサ、ウラジロガシ、エンジュ、カノコソウ、カキオドシ、キキョウ、キハダ、クチナシ、ケシ、コウホネ、スミレ、センブリ、ドクダミ、リンドウがあります。でも、実物を見ないと分からないから、外に出て薬草園に行きましょう」
クロイワ先生を先頭に、三十人の少年少女が校庭の端にある薬草園に向かった。
先生はゆっくり歩いているように見えるのに、生徒達が追いつけないほど速い。忍者としての厳しい修行によって、速く歩く方法を身につけているのだ。
「さっきの武術の訓練で、膝を擦り剥いちゃったから、傷に効く薬草を教えてくださーい!」
クロイワ先生の後から、背の高いナオミが大きな声で質問した。
「そうね。誰か、傷に効く薬草を知っている人?」
薬草園に着いて、みんなを見渡しながら、先生が訊いた。
「はーい!知ってます。アオギリは、切り傷や火傷によく効きます。これがアオギリです」
高さ10メートルくらいの落葉木を指差しながら、ミウが説明を始めた。
「アオギリは、切り傷や火傷だけじゃなくて、口内炎や咳、そして高血圧にも効きます。初夏に樹皮を採り、夏に葉を採って陰干しにします。秋には種子を採って天日干しして炒ります。切り傷の止血には、葉を粉末にしたものを患部に塗ります。やけどには、樹皮を黒焼きにしたものを患部につけます。口内炎には、種子を粉末にして内服します。咳には、種子の粉末を白湯で内服します。高血圧症には、葉を煎じて服用します」
「すっごい!よく知ってるね、ミウ。だけど、今すぐ傷に付けてもダメなんだね?」
ナオミはミウの知識に驚きながら、がっかりした顔をした。
「何事もしっかり勉強して、備えておくことが大切ですよ。では、次は毒草について説明します。命に関わることだから、聞き逃さないように、よーく聞きなさい!主な毒草は、アセビ、スズラン、トリカブト、ドクウツギ、ドクゼリ、ハシリドコロです」
先生の説明を聞いて、マリは『ハシリドコロ』という名前から、忍者が走り回るところを想像していた。
「間違わないように一つずつ実物を見て、しっかり憶えましょう。じゃあ、マリ、この木は何?」
多くの小枝にいっぱい葉をつけた低い木を指差しながら、クロイワ先生がマリに訊いた。
「ハシリドコロですか?おもしろい名前ですね・・・」
マリは、頭の中で走り回っている忍者のイメージに気を取られて、うっかり答えてしまった。
「違いますよ、マリ。この低い木は、アセビです。この木は、葉を煮出して農作物の殺虫剤として使うのよ。それを間違って飲んだりすると、腹痛・嘔吐・下痢・神経マヒ・呼吸困難・けいれんを引き起こします。大事なことだから、みんなもよーく憶えておきましょう」
クロイワ先生の説明を聞いていたヒロが、すぐに質問した。
「アセビのことは分かりました。じゃあ、あの枯れている野草がハシリドコロですか?」
「ヒロもハシリドコロっていう名前が気に入ったみたいだな」
ケンが嬉しそうにからかうと、ミウがまた詳しい説明を始めた。
「そうよ、ハシリドコロは多年草で、渓流の斜面や山地の谷間に自生しています。地上に出てきたときの芽が、フキノトウやタラの芽のような美味しそうな植物にみえるから、山菜摘みのときに間違えないようにしましょう」
「どうして、ハシリドコロっていう名前なんですか?」
背の高いナオミが、擦り剥いた膝をさすりながら先生に訊いた。
「ハシリドコロを食べると顔がほてって、酔っぱらったようになるのよ。そして、吐き気、頭痛、幻覚に苦しんで走り回ります。だから、ハシリドコロっていう名前がついたのよ。根や根茎に触ったり食べたりすると、大変なことになるから、注意しましょう」
そう言った後、先生は一つずつ詳しく毒草の説明をした。
「では、山に生えている野草を調べにいきましょう」
先生と三十人の生徒達が山に入って行って、野草がたくさん生えているところに着いた。
ミウがいろいろな薬草と毒草について、一つ一つ詳しく説明し始めた。
みんなはミウの知識に感心しながら、どんどん質問した。
先生とミウを中心に、実際の野草を勉強しながら、みんながゆっくり移動していった。
「ケン、この毒草を受けてみろ!」
少し離れた所で、乱暴者のジョウの声がした。
見ると、ケンに向かってハシリドコロの根茎が飛んでいる。ケンがのけぞって根茎を避けると、その根茎は、あっと言って開けたミキの口に入ってしまった。
ミキは大柄な太った少女で、ジョウと時々喧嘩している。
「何をするのよ、ジョウ! 許さないよ!」
怒ってしゃべったミキは、ハシリドコロの根をかじってしまった。
「お前が避けたからだよ、ケン!」
毒草の根を投げた自分が悪いのに、ジョウはケンに責任転嫁しようとした。
すると、ミキはハシリドコロの根を右手に持ってジョウに突進した。
「ふざけるな!悪いのはあんただよ、ジョウ!」
ドッスン、ゴロゴロゴロ・・・ 太ったミキに突き飛ばされたジョウが坂を転げ落ちた。
ゴロゴロゴロ・・・勢い余ったミキも続いて坂を転げ落ちた。