2章2節 オリンポス惑星の住人(8)
「ヒロ、僕のクルマで研究所に行こうよ」
アポロンがヒロを誘うと、アルテミスがさえぎった。
「だめよ、アポロン。ヒロは私のクルマに乗るのよ」
アルテミスはアポロンに厳しい視線を送り、ヒロの手を握って自分の自動車に乗せた。
「あんな空飛ぶクルマより、私のクルマの方が楽しいでしょう?」
アルテミスに見つめられると、ヒロの心は空高く舞い上がった。
ヘパイストス研究所に着くと、サーヤを始めみんながヒロとアルテミスを待っていた。その後ろから白いあごヒゲの男が近づいて来る。
「ようこそ、ヘパイストス研究所へ。私は研究所長のプロメトスです」
ヒロはプロメトスの挨拶に応えると、すぐに質問し始めた。
「オリンポス国の文明は地球よりずっと進んでいると思います。全ての自動車が自動運転で速くて安全だし、アポロンは空飛ぶ自動車を発明したんだから。何百年前から自動運転が始まったんですか?」
プロメトスは、地球から来た少年少女たちが理解しやすいように気をつけて話し始めた。
「過去のオリンポス惑星には多くの国があって、相互に争ったり、協力したりしていたんだ。科学技術、医療技術、軍事技術、何でも競っていたから、暴走することもあった。数千年前には原子力発電や核爆弾が発明され、放射能汚染や核戦争の危険が高まった。多くの国の指導者は自重していたが、ある弱小国の中で内戦が起きて、追い詰められた指導者が自国や周辺国の原子力発電所を爆破してしまったんだ」
みんな驚いて息を飲んだ。その直後に、ロンが声を出す。
「そんなことをしたら、この惑星の生物が放射能に汚染されてしまうじゃないですかっ」
プロメトスが悲しい表情で話しを続ける。
「それどころか、その弱小国の周辺国から世界中に混乱が波及して、多くの原子力発電所が破壊されてしまった。電力不足になるだけでなく、多くの生物に奇形が発生したり滅亡したりして、この惑星の文明が退化して全ての国が崩壊してしまった」
静かに聞いていたサーヤが、涙を浮かべて問いかける。
「今の平和なオリンポス国からは想像もできない過去があったんですね。その大惨事の後から、どうやって今のようになったんですか?」
「ここから後の説明は、アポロンにしてもらおう」
プロメトスがアポロンに歩み寄って、彼の肩に手をおいた。
「我々の星には、多数派の四本腕二本足人種、少数派の二本腕四本足人種がいて、二本腕二本足人種が奴隷だった時代があった。数千年前の放射能汚染によって、すべての人種に奇形や変化が生じたが、荒廃した環境に最も良く適応できたのは、奴隷だった二本腕二本足人種だった」
アポロンは、順にプロメトス、アルテミス、ヒロを見た。
「富や権力を失った人種は退化し、失うものがなかった人種は進化した、ということか・・・」
ヒロの後ろに立っているケンがつぶやいた。
「そうかもしれない。とにかく、進化した人種は、人種によらず能力の高い人材を集めて政府を造った。その政府は、この惑星唯一の政府であり、国ごとの政府ではない。いや、進化した人種は国というものを造らなかったんだ」
アポロンは、そう言ってアルテミスに視線を向けた。
「過去の失敗から多くのことを学んだから、大多数の人々は新政府の方針に賛同したの。反対派もいたけど、暴力や戦争という手段に訴えることはなかったらしいわ」
オリンポス国の歴史として、アルテミスが説明すると、アポロンが続ける。
「新しい政府のもとで、科学技術と医療技術は大惨事以前の水準を超えて発展した。交通機関には効率性と安全性が求められ、自動運転を基本にした交通システムが開発された。それが発展して現在の交通システムになったんだ。」
「やっぱりオリンポス国の文明は地球より進んでいるなあ」
ヒロとロンが同時に声をあげた。
その時、ヘパイストス研究所内に警報が響き渡った。
「あっ、小惑星が接近しているという警報だ。出動するよ、アルテミス!」
アポロンが部屋の外に向かって駆け出すと、アルテミスもその後に続きながらヒロを誘った。
「ヒロも一緒に行こう!小惑星がオリンポス惑星に衝突しないようにするのよ」
「わかった。どうすればいいか教えて!」
ヒロがアルテミスを追いかけると、ケンとミウも後に続く。
「ヒロ、俺たちも手伝うよ」
アポロンが研究所の廊下を走って行った先には、小型の宇宙船があった。
「これに乗って七つの衛星を操作するんだ。一番外側の衛星の重力で、接近する小惑星の進路を変えるのさ」