2章2節 オリンポス惑星の住人(7)
「ドライブを楽しんでから、ヘパイストス研究所に行って」
アルテミスが自動車に話しかけると、自動車は了解という意味の合図音を発してスーッと動き出した。
「えっ、声だけでナビ(カー・ナビゲーション・システム)を使えるの?」
ヒロが驚いていると、アルテミスが笑顔で答える。
「そうよ、私が生まれるずっと前から自動ナビ、自動運転よ。ドライブしている間に、オリンポス国の交通システムを教えてあげましょう」
運転席のアルテミスが、助手席のヒロの顔を見つめると、アルテミスの頭から光る糸のようなものが伸びて、ヒロの頭の中に入っていく。
すると、ヒロの脳内のニューロンが急速に発達して、アルテミスの知識を高速で修得し始め、あっという間に記憶してしまった。
「要するに、陸上交通網は道路だけ。大都市間の長距離移動には幹線道路を整備して、リニアモーターカーのような地上に浮く超高速の大型車両を使う。中小都市間の中距離移動は専用道路を整備して、頻繁に高速の中型車両を走らせる。都市内や近郊の短距離移動は、個人用の小型車両を使う。すべての道路の必要な箇所に発信器と受信器を設置して、完全自動運転を可能にしている。交通管理センターで人工知能が常時コントロールしているから、事故や渋滞はないということだね」
そう言って、ヒロはアルテミスに憧れの眼差しを向けた。
「ヒロ、あなたは忍術という特殊なことができるんでしょう?私がびっくりするようなことをやって見せて」
アルテミスがヒロの心の中を覗くように見つめると、ヒロはどぎまぎしながら答える。
「一番得意な忍術は、つむじ風になって空を飛ぶ術だよ。でも、オリンポス惑星の重力が地球と違えば、失敗するかもしれない」
「二つの惑星の重力にはどんな関係があるの?」
不思議そうな表情を見せてアルテミスがたずねると、その可憐さにヒロの心は溶けてしまう。
「惑星の表面の重力は、惑星の半径の二乗に反比例し、惑星の質量に比例する。この惑星の半径は地球の二倍だから、質量が地球の質量の四倍なら、この惑星の重力は地球の重力とほぼ同じになると思うよ」
ヒロが天を見上げて呼吸を整えると、アルテミスはヒロの子供っぽいしぐさを可愛いと思う。
「じゃあ、回りから見えない森の中の広場で飛んで見せて」
二人が広場に着いた。ヒロが自動車から降りて、走り出す。
「地球と同じ感覚で飛べるかな?」
そう言って、スピードを上げて走ると風が巻き上がった。
「あっ、すごーい、ヒロがつむじ風になって飛んでいる」
アルテミスが空を見上げて感動していると、金色に輝く高級車が向こうの空から飛んできた。
「あれっ、空飛ぶ自動車が飛んで来たぞ。うわっ、ぶつかる」
ヒロが急上昇して高級車をよけると、端正な顔立ちの青年がクルマの窓から顔を出した。
「君は、その宇宙服で空を飛んでいるのか?」
青年がヒロに向かって問いかけると、地上からアルテミスが説明する。
「アポロン、その子は忍術を使って飛んでいるのよ。お父様が言っていたヒロよ」
「おっ、アルテミス、こんなところで遊んでいたのか。研究所でみんなが待っているよ」
アポロンは、アルテミスとヒロがなかなか研究所に現れないので、探しにきたのだ。
「ヒロ、紹介するわ。双子のアポロンよ。科学、芸術、なんでもできる天才だけど、今度作った金色の空飛ぶ自動車は派手すぎるわ」
地上に降りたヒロに、アルテミスが笑顔を向けた。
「すごいクルマだね、アポロン。どうやって飛んでいるの?重力をコントロールしているの?」
ヒロが強い興味を示すと、アポロンは金色の自動車から降りて得意げに話し始めた。
「重力に負けない浮力を作っているのさ。詳しいことは研究所に行ってから説明するけど、翼が無いのに空を飛べるってすごい発明だろう?ところで、君は忍術を使って飛んでたようだが、何の装置も無いのにどうして空を飛べるんだい?」
「忍術っていうのは、厳しい訓練によって修得するものだよ。でも、僕のつむじ風の術は例外で、気が付いたら飛べるようになっていたんだ」
ヒロは、アポロンが信じてくれないだろうと思いながら、アポロンの反応を待った。
「そうなのか、訓練しなくても空を飛べたのか。僕も同じだよ。みんな信じないけど、気づいたら何でもできるようになっていたんだ。だから天才って言われるんだろうな」
アポロンは、自分の良き理解者に巡り合ったように喜んだ。
「私は双子だから、アポロンは訓練嫌いな天才だって分かっているよ」
アルテミスが、アポロンの肩をたたいて明るく笑った。