2章1節 アトランティスの最期(9)
しかし、岸を離れたのが遅かった数隻の船は、大津波を乗り越えられず転覆してしまった。
「おーい、助けてくれー」
転覆した船から海に落ちた数百人の人たちが、もがきながら必死に叫んでいる。
「みんな、つむじ風の術を使って、助けに行こう」
ヒロとケンがミウたちの船に向かって叫ぶと、ミウ、サーヤ、マリ、ロンも、海に落ちた人たちを救いに行った。
「もう百人以上、船に運んだよね」
ロンがマリに話しかけると、マリが疲れた表情を見せる。
「わたしはつむじ風の術が得意じゃないから、もうふらふらよ。でも、まだ助けに行かなくちゃ」
マリは、海面から助けを求めている人の手をつかんだが、自分も海に落ちてしまった。
「あっ、だいじょうぶか、マリ」
とっさにロンが海に飛び込んで、マリを助けようとする。
ロンがマリを抱き上げて、海面に頭を出した時に、後ろから漂流物がロンの頭に激突した。
「ううっ、」
低い声でうめいたロンの手から力が抜けていく。
マリとロンの間に漂流物が割り込み、ロンの体は津波に押し流されて、マリから離れて行った。
「ローン、しっかりしてえー」
マリが懸命に叫んだが、ロンは気を失ったまま、津波に飲まれて見えなくなった。
「マリ、だいじょうぶ?」
海に落ちた人たちを救助していたミウとサーヤが、マリの上に飛んで来た。
「ああ、ロンが大ケガしちゃったあ。あっちに流されて見えなくなっちゃったあ」
マリは泣きながら、ロンが押し流されて行った方角を指さした。
「しっかりしろ、マリ。おーい、ヒロ、千里眼でロンを捜してくれよーっ」
マリの近くに飛んできたケンが叫ぶと、ヒロが高く飛び上がった。
「ケン、ずっと向こうの転覆船の裏側にロンが見えるぞ」
そう言うと、ヒロは転覆船に向かって飛び出した。
「ロン、しっかりしろっ」
ロンを見つけたヒロとケンが、ロンの体を抱き上げて大型船に運んだ。
ロンは後頭部から血を流したまま気を失っている。
「ねえサーヤ、ロンを助けて」
マリは涙で顔をぐちゃぐちゃに濡らしている。
「きっと、サーヤが助けてくれるよ。落ち着いて、マリ」
ミウがマリの顔や体を拭いている。
「うーん、ロンの体は漂流物が当たって傷だらけだ。ああ、頭から血が出ているだけじゃなくて、頭の中にも血が溜まっているみたい」
ロンの頭をさわりながら、サーヤがため息をついた。
「ええっ、ロンは助からないの?」
マリがサーヤを見つめて、泣き出しそうになる。
「ううん、何とか助けられると思うけど、マリのケガの時と同じくらい、回復するのに時間がかかるよ」
そう言って、サーヤは両手でロンの頭に治癒の力を送り込んだ。
「津波に何度か襲われたけど、神殿の中にいる人たちは大丈夫かな」
ケンが丘の上を見て心配すると、ヒロが飛び上がった。
「もうこれ以上大きな津波は来ないから、神殿の中にいる人たちを助けに行こうよ、ケン」
つむじ風になって、ヒロとケンが神殿の屋根の上に飛んでくると、神殿の中から話し声が聞こえる。
「また大津波が襲ってきたら、今度こそ神殿の扉がこわれてしまうぞ」
「狭いところに大勢いるから、息苦しい。扉を開けたいけど、津波が来たら大変だ」
津波が来ていないことを確かめたヒロとケンが、神殿の扉をたたいた。
「神殿の中のみなさーん、もう大津波は来ません。扉を開けてください」
中から扉を開けて、大勢の子供や年寄りが出てきた。
「ああ、すごく怖かった。でも、助かってよかった」
神殿から出てきた人たちの声を聞いて、五人のお供を連れたディプレ王はうなづいた。
「みんな、狭い神殿の中で、よく恐怖に耐えて頑張った。船に乗って津波を乗り越えた家族の人たちと無事を確かめ合ったら、神殿の前に集まってほしい」
神殿に残っていた三人のお供が、子供と年寄りたちを並ばせていると、船から戻った大勢の人たちが、それぞれの家族を見つけて喜んだ。
「これから、みんなにとって大事な話をするので、よく聞いてほしい」
ディプレ王の言葉に、みんながざわついた。
しかし、王は落ち着いた声で話を続ける。
「大津波で五隻の船が転覆した。まだ必死に捜索中だが、百人以上の人たちが行方不明になっている。大津波はこの島全体を襲ったので、我々の家はほとんど壊れてしまった。数千年前から海面が上昇し続け、広大だった国土は小さな島になった。これから先、さらに海面が上昇し、何度も津波に襲われることになるのではないか」