2節 忍者学校の厳しい訓練(1)
次の日、ヒロとマリは、いつものように一緒に中学校に行った。
志能備集落の子供達は十二歳になると、皆この志能備中学校に通う。
志能備中学校の入り口は、集落の東側にある森に入らなければ見えないようになっている。
中学校の校舎や校庭は山の中にあって、周囲からは何も見えない。
木造の校舎と体育館の外見は古びているが、内部には新しい設備が備わっている。
「ケン、ミウ、おはよう!」
ヒロとマリが教室に入って、ケンとミウに元気よく声を掛けた。
「おはよう、マリ。宿題、やってきた?」
「ヒロ、おはよう!髪の毛、はねてるよ」
ケンとミウが、ほとんど同時に答えた。
二人は、ヒロやマリと幼馴染みで、小学校も中学校もずーっと同じだ。
ソラノ ケンは大柄で、ヒロの頭より上にケンの顔が見えるくらい背が高い。
小柄なヒロを肩車して、走ったりする怪力の持主だ。
クロイワ ミウは、大きな瞳と広い額が印象的な少女だ。知恵があり、機転が利くので、天真爛漫なマリと気が合う。
「宿題って何? そんなのあったっけ・・・」
ヒロとマリが同時に聞き返した。
「ケンの冗談よ。二人は、いつも他人を疑わないんだから・・・」
そう言って、ミウが笑いながら、ヒロのはねた髪の毛を触ろうとしたら、シュッと手裏剣が、その手をかすめた。
「危ないことするのは、誰なの!」
ミウは振り向きざまに、手裏剣を投げた相手に飛びかかって、手をねじり上げた。
その相手は、クラス一の乱暴者のジョウだった。
ジョウは、ケンと同じくらい身体が大きいが、太っている。
「イテテッ・・・ごめん、ごめん、ミウ。もう、しないよ」
ミウより強いはずのジョウが、抵抗もせずに謝った。
—— ジョウは、ミウと友達になりたいのか・・・
ヒロは、二人の様子を見て、そう思った。
そこへ、先生が入ってきた。
「みんな、席に着いて!授業をはじめるぞ」
一時間目は、武術の授業だった。
—— 武術は、敵と対峙した時に使用する。忍者は、情報収集を主な任務とする。だから、敵を殺すよりは負傷させ、逃走するための武術を使用することが多い ——
「今日は、体術の訓練だ!二人一組になって練習するから、その組分けを発表するぞ」
ソラノ先生が、クラスの三十人を十五組に分けて名前を呼ぶと、ジョウががっかりして声を出してしまった。
「なんだ、男対男か・・・」
「当たり前でしょ!男と女じゃ体力が違うじゃない!」
すかさずミウが言うと、ジョウの顔が真っ赤になった。
—— 体術は、武術の中の一科目で、敵の様々な攻撃を避けるための転身や受身といった素早い体裁きが基本だ。それに加えて、柔術や拳法などを含めた総合的な格闘術を用いるのが体術だ。忍者は、こうした体術を身につけて、剣術や各種の武器術を訓練する ——
「みんな、忍者服に着替えて、校庭に集合しなさい!」
そう言って、ソラノ先生はみんなより先に校庭に出て行った。ソラノ先生は、ケンの父親で、頑丈な体格をしている。
「キャーッ 何をするの!」
校庭に出たマリが、驚いて両手で捕まえようとしたが、ヨウは素早くマリの肩からジョウの肩へ飛び移り、さらに三人の生徒の肩をピョンピョン飛び移って逃げた。
ヨウは、すごく身軽な、体の細い少年だ。
「コラッ 何を勝手なことをしているんだ!ヨウ、今度したら手裏剣の標的にするぞ!」
ソラノ先生が、大声でヨウを叱った。
ヨウは小声でマリに謝って、ジョウの後に隠れたが、ジョウに頭を小突かれた。
ようやく、黒い忍者服を着た三十人の少年少女が、ザワザワしながら校庭に並んだ。
「じゃあ、先週の続きの訓練をするぞ!二人一組になって、攻撃と受身の練習をしなさい。校庭だけでなく、山に入って木に登ってもいいぞ・・・ みんな二人一組になったな・・・ では、始めなさい」
ソラノ先生が合図をすると、すぐにジョウがジャンプして、ケンに足蹴りをしかけた。
「オッ」
ケンは不意をつかれたが、さらに高くジャンプして、ジョウの頭を軽く蹴って着地した。
「ウッ・・・ クソッ」
ジョウは悔しがって、ケンに頭から突進した。
「ハッ」
ケンが身をかわしながら足を払ったので、ジョウはもんどりうって尻餅をついた。
「イッテテテーッ・・・」
「ジョウ、今度は俺が攻撃する番だ!行けー、地竜!」
そう言って、ケンが左手を天に向け、右手を地に向けて大きく回転させると、地面を竜が走るように砂煙がジョウに向かって行く。
「ウワワアー、やめてくれー!」
ジョウは、砂煙の勢いに遠くまではじき跳ばされた。
ヨロヨロと起き上がったジョウに向かって、ケンが拳を構えて真っすぐ突進した。
「オッ、エイッ」
ジョウは、きわどくその頭上にジャンプして、ケンの肩を蹴った。
「ハッ、エエーイッ」
ケンが素早くその片足をつかみ、ジョウを振り回して遠くまで放り投げると、ドーンと落ちて二度三度弾んだ。
「イッテテテーッ! ケン、お前は力が強すぎるぞーっ!」
顔面が擦り傷だらけになったジョウが、不満そうに叫んだ。