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1節 奈良の空飛ぶ少年(5)

ヒロは、六十年前のじいちゃんが言った言葉を確かめたくなった。

「サスケ、夕ご飯の時間だから、奈良の家に帰ろう。帰り道を教えておくれよ」


サスケがワンと吠えて清正公神社せいしょこじんじゃの裏に走って行った先に、ほらがあった。


「良かった!これで夕ご飯までに家に帰れるね、おばあちゃん・・・」

マリが、ばあちゃんの手を引いて、洞の中に入ったと同時に、先に入っていたヒロが、声をあげた。


「うわっ、滑る、滑るー」

サスケを先頭に、ヒロ、ヒショウ、マリ、ばあちゃんが、ウオーター・スライダーを滑るように、くるくる回って、水の中に勢い良く滑り落ちた。


そこは、奈良の東大寺大仏殿の横にある池の中だった。みんな慌てて岸に上がった。


「サスケに道案内をさせたのが間違いだったよ。ばあちゃん、マリ、ごめんね。ずぶれになっちゃったね」

ヒロが、ばあちゃんの手を握って謝ると、ばあちゃんは笑って答えた。


「いいのよ。サスケは、昔々じいちゃんとばあちゃんが、ヒロの父さんを連れて何度も遊びにきた場所に案内してくれたんだよ。遊びにきたのは池の中じゃなくて、池の外の大仏殿だけどね」


「神社の人達が、仏教の大仏殿にお参りに来てたの?」

不思議そうな顔をして、マリがいた。


ばあちゃんは、じいちゃんから聞いた話を思い出して答えた。

「昔々、聖徳太子しょうとくたいしの時代に、仏教を受入れようという蘇我氏そがしと、神道しんとうを守ろうという物部氏もののべしとの間で争いがあったの。聖徳太子は、大伴細人おおとものほそひとという人に志能備しのびの仕事をさせて、世の中を平和にしようとしたのよ」


「志能備の仕事って、忍者の仕事?そんなに昔から忍者がいたの?」


「そうよ。大伴細人は、奈良の古い神社の生まれで、聖徳太子が亡くなった時に遺品の一つを故郷の神社に持ち帰ったの。その神社が、じいちゃんの生まれた志能備神社なのよ。大伴細人の一族が、代々、志能備神社の神主を継いできたから、じいちゃんも忍者だったの。じいちゃんは神社の人だけど、先祖と同じように、仏教と仲良くしたかったのよ」

ばあちゃんの説明がよく分かったのか、マリは大きくうなづいた。


「ヒロの父さんは子供の頃、立派な大仏様を見るのが好きだったよ。いつも沢山質問するから、じいちゃんとばあちゃんは困ったけど、それも楽しかったよ・・・ 今頃、ヒロの父さんは、どこにいるんだろうねえ・・・」

ばあちゃんは、子供の頃の父さんを思い出して、目をうるませた。


「父さんは、京都の大学で母さんと知り合ったんでしょう?」

大仏殿の横を歩きながら、ヒロが訊いた。


「そうよ。父さんは、仏教に興味があったから、仏教の生まれた国から来た留学生に沢山教えてもらったそうよ。その留学生が、ヒロの母さんなのよ。母さんのご先祖は、お釈迦様おしゃかさまの一族らしいよ」


「お釈迦様って、仏陀ぶっだのことだよね。仏陀の生まれた国は、インドの山奥にあって、仏教の経典や宝物が、シルクロードを通って奈良に来たんでしょう?」


「そうね。その宝物は、あっちに見える正倉院しょうそういんの中に保管されているのよ。・・・その裏の方に忍びの近道があって、志能備神社にすぐ帰れるのは知ってるよね、ヒロ」


「うん、マリも知ってるよ」

ヒロが答えて、マリと一緒に忍びの近道に入って行った。


ばあちゃん達も後に続いた。

忍びの近道を進むと、すぐに志能備神社の裏に出た。


「不思議ねえ・・・どうしてこんなに近いのかなあ・・・」

マリが訊くと、ヒロが得意げに答えた。


「僕たちの先祖が、この地域全体を忍者にとって便利になるように、造りかえてきたからだよ」


ばあちゃんの家を通り過ぎてマリの家に行くと、マリの母親が夕ご飯の支度をしていた。

母親は、色白でほっそりしているが、暖かみと安心感が伝わってくる。


「お母さん、ただいまあ。遅くなってごめんなさい」

マリの弾んだ声を聞いて、母親が笑顔で台所から出てきた。


続いて、家の奥から父親もニコニコしながら出てきた。

父親は、ふっくらした丸顔で、優しい目をしている。


「お帰り・・・遅いから心配してたのよ」

母親が、マリの顔を見ながら言うと、父親が、ばあちゃんとヒロに笑顔を向けた。


「でも、アオヤマのおばあちゃんとヒロが一緒だから、そんなに心配しなかったよ。大神神社おおみわじんじゃから、どこか遠い所へでも行って来たの?」


「そうよ、おばあちゃんの故郷の塩迫しおざこや西ノさこや清正公神社に行って来たのよ。九州の津奈木村って所よ。神様の抜け道を通れば、アッという間に行けるのよ」

少し興奮してマリが答えると、母親が困った顔でマリをたしなめた。


「そんなに遠くまで行って来たの・・・分かったから、普通の人がビックリするようなことは言わないようにしようね」


「心配をかけてごめんね。こんなに遅くなるとは思わなかったから」

ばあちゃんは、マリの母親と父親にあやまって、ヒロと一緒に帰ろうとした。


「大丈夫だよ、おばあちゃん。今日は、マリを連れて行ってくれて、ありがとう」

「おばあちゃん、ヒロ、今日はありがとう」

マリの父親と母親が、ばあちゃんとヒロを見送りながら言った。


「おじさん、おばさん、お休みなさい。マリ、明日、一緒に学校に行こうね」

ヒロが振り返って、明るい声で言った。

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