8節 女神ラクシュミー(5)
「皆さん、ありがとう。大ケガをした人も、家が燃えてしまった人も大勢いるのに・・・ ほんとにありがとう」
ラクシュミーが涙をぬぐいながら、人々に感謝の気持ちを伝えた。
「ラクシュミー、あなたは命の恩人だ!お礼を言うのは我々の方だよ」
「壊れてしまったこの街を復興したい。ラクシュミー、市長になってくれないか?」
「ラクシュミーが市長なら、みんな協力するよ!」
人々は、女神に祈るような想いで、ラクシュミーを見つめている。
人々の後にさがって、ラクシュミーを見ていたヒロに、懐かしい声が聞こえた。
「ヒロ・・・」
その声の方向を見ると、サスケがきちんと座ってヒロを見ていた。
「その声は・・・父さんだよね!どこにいるの?」
ヒロが父さんの姿を探すと、サスケの方向から声が聞こえる。
「今は言えないが、いつか会えるよ。ヒロ・・・ ラクシュミーは人の頭や肩に触れるだけでケガを治すことができるようになった。それは、ラクシュミーの脳に治癒の惑星の知恵が焼き付けられたからだよ」
「治癒の惑星って?」
ヒロが小さな声で質問すると、父さんの声が答える。
「治癒の惑星とは、二億年前に生命体が住めなくなった惑星だ。その惑星は、今も我々の銀河系の中にある。治癒の惑星は、ある恒星の周りを回っているが、その恒星が歳を取って膨張を始めたんだ。そのために恒星との距離が近くなって、治癒の惑星の温度が上昇した」
「だから、生命体が住めなくなったんだね」
「そうだよ。我々の銀河系には恒星が二千億個もあるから、恒星の周りを回っている惑星は数えきれないほど多い。我々の銀河系は百十七億年前に生まれたので、百十七億年後の現在までの間に、膨大な数の恒星が誕生した。それぞれの恒星は歳を取って膨張したり、爆発して消滅したりするんだ」
「治癒の惑星には、特別な治癒の能力を持った生命体がいたの?」
ヒロが小声でつぶやくと、ヒロの耳に父さんの声が聞こえる。
「治癒の惑星には、我々より知能の発達した生命体がいた。治癒の惑星の人間と思ってもいい。彼らの中の優秀な医者は、大ケガや病気を治す方法を修得していた。しかも、一晩眠っている間に、その治癒能力を修得するんだ」
「あー、ラクシュミーはその方法で治癒能力を修得したのか!でも、治癒の惑星の人間は、地球に来ていないのに、どうやってラクシュミーの脳に治癒能力を焼き付けたの?」
「二億年前に住めなくなった惑星から、知能の発達した生命体がたくさんの宇宙船に乗って宇宙に旅立った。自分達が住むための条件に合う惑星の中で、最も近い惑星に到達するのに数万年かかることは分かっていた。治癒の惑星の人間の寿命が百年程度だとすると、ずっとずっと先の子孫にならないと到達できない。子孫が生き残るには食糧を補給する必要があるが、宇宙空間には何もない。ヒロならどうする?」
父さんに質問されて、ヒロはスガワラ先生の言葉を思い出した。
「あ・・・、宇宙人が飛んで来なくても、進んだ文明が地球に届く方法があるんじゃないのかって、スガワラ先生が以前言ってたよ。それから時々考えていたんだけど、食糧の要らないコンピュータみたいなものを子孫として育てる・・・」
「それはいい考えだが、コンピュータや宇宙船は一万年もしないうちに動かなくなってしまうよ。治癒の惑星の人類は、自分と同じ姿形の子孫を残すことをあきらめて、自分達の高い理想と高度な文明だけを残すことにしたんだ。それは、デウスがオリンポスの国の神として治癒の惑星の古代人に知恵を授けたのと同じ方法だよ」
「あれ・・・、デウスは一万一千年前のブラフマーに知恵を授けた神でしょ?二億年以上前に治癒の惑星に現れていたなんて・・・」
ヒロがサスケに向かって話しかけているのを見たケンが、ヒロに近づいて来た。
「ヒロ、誰と話をしてるんだい?サスケじゃないよな?」
ケンの質問にヒロが答える前に、ミウが弾んだ声でヒロとケンに話しかけた。
「ラクシュミーが市長になったら、私達も協力しようね」
「もちろん協力するよ!なっ、ケン」
ヒロが笑顔でミウに答え、ケンの方を振り返った。
「もちろん、そうだよ、ミウ!」
ケンも明るく答えたが、ヒロが誰と話していたのか知りたかった。
「ケン、そのことは後で説明するよ。でも、今はラクシュミーの話を聞こうよ」
ヒロがケンの背中を押してラクシュミーのいる方へ近づくと、街の人々が大喜びで拍手し始めた。
「あー、もうラクシュミーの挨拶は終わっちゃったよ。新市長として復興計画を話したのに・・・」
ミウががっかりした表情でケンを見た。