7節 神の名前はゴータマ(9)
向こうから、黒いものが飛び跳ねながら駆け寄ってくる。
「あーっ、カゲマルだ!大丈夫だったの?」
ミウは、飛びついてきたカゲマルをぎゅっと抱きしめた。
「あれっ、誰か馬に乗ってこっちに来るぞ」
カゲマルの後を追ってきた騎馬兵に気づいたケンが、ミウを守ろうと前に出た。
「私はこの街の指導者、ヴィシュヌだ。さっきは、その猫が敵の馬に飛びかかってくれたから、敵を討つことができた。その猫は、誰の猫なのか?」
馬に乗ったままカゲマルとミウを見ながら、ヴィシュヌが言った。
ヴィシュヌは絵に描いたような美青年だ。
ミウが、まぶしそうにヴィシュヌを見上げて答える。
「この猫はカゲマルといって、わたしの猫です。わたしの名前は、ミウといいます」
「そうか、カゲマルというのか。ありがとう、カゲマル、そしてミウ」
ヴィシュヌが両手を合わせて礼を言うと、ヒロが駆け出しながら言った。
「僕は、ヒロっていいます。僕達は、ゴータマ神の時代から来ました。でもそんなことより、今すぐこの火事を消さなくちゃあ!」
ヒロがつむじ風になって街の上を飛びながら、雨を降らせ始めた。
「あれっ、いつの間にヒロは雨を降らせる術を修得したんだ?おーい、ヒロ、俺が手伝ってもっと大雨を降らせるぞー!」
ケンも駆け出してつむじ風になった。
「あの大柄な少年は誰なのか?二人とも不思議な力を持っているなあ」
ヴィシュヌの問いに、カゲマルを抱いたままミウが答えた。
「あの少年はケンです。わたし達はゴータマ神からいろいろな力を授かりました」
「あれっ、どうすれば雨が降るんだ?ヒロ、どんな呪文をとなえているんだい?」
ケンは飛んでいるだけで、雨の降らせ方が分からない。
ヒロが笑いながら答えた。
「神主だったじいちゃんが、雨乞いの祈祷をしていた時の言葉を思い出したんだよ。この街の火事を消さなきゃって思ったら、じいちゃんの声が聞こえてきたんだ」
ヒロとケンが戻ってくると、ミウがケンを指差して声をかける。
「ケンはあわてものね。火が消えたから、サスケとコタロウを捜しに行こうよ」
「私の娘のリヤが丘の上の神殿で待っているはずだが、ケガをしていないか心配だ」
ヴィシュヌが丘の上を目指して馬を走らせた。
「ヴィシュヌさんの奥さんも神殿の中にいるんですか?」
ヒロがヴィシュヌの後を飛びながら声を掛ける。
「いや、妻は五年前に亡くなった。リヤがまだ七歳の時だったよ」
ヴィシュヌは静かに答えた。
だが、ヒロにはヴィシュヌの妻が亡くなった時の様子が見えてきた。
「この街のお祭りの時に、独裁者の手下が奥さんにケガをさせたんですね?」
「そうだ。その傷口が悪化して死んでしまった・・・しかし、何も説明していないのに、なぜ分かったのだ?」
ヴィシュヌは驚いて、ヒロの顔を見つめた。
すると、ケンが大きくうなづいて説明する。
「ヒロには千里眼という特殊能力があるんです。俺たちも千里眼を持っているけど、ヒロの千里眼はすごいんです」
ヴィシュヌが丘の上の神殿に近づくと、丘の上からリヤが駆け下りてきた。
その後にサスケとコタロウが続いている。
「おーっ、リヤー!ケガはないかー?」
ヴィシュヌが馬から降りてリヤを抱きしめた。
「大丈夫よ、お父様!この犬と猿が助けてくれたのよ」
リヤが振り返ってサスケとコタロウを指差した。
「サスケ!よくやった!」
「コタロウ!えらいぞ!」
ヒロとケンが声をかけると、サスケとコタロウは嬉しそうに飛び跳ねた。
「ヴィシュヌ様!ありがとう!」
「ヴィシュヌ様は、この街の救世主だ!」
丘の上の神殿に避難していた人々が、口々にヴィシュヌを讃えた。
「お父様は、世界を救済する神様よ!ゴータマ神の子供のリグ様が書き残した記録にならって、わたしがヴィシュヌ神の偉大な記録を書き残します」
リヤが目を輝かせて宣言すると、大勢の人々が賛同する声をあげた。
「ウワー、地震だー!気をつけろー」
誰かが叫ぶと、すぐに地面がぐらぐらと揺れ始め、古い壁や井戸が崩れ落ちた。
「みんな、建物や壁から離れろー!」
ヴィシュヌが大声で指示をする。
人々は神殿の前の広場に避難した。
「おおー、揺れる揺れる。立っていられない」
「こわいよー!」
老人や子供は地面にしゃがみ込んで、地震の治まるのを待った。
頑丈な造りの神殿はゆっくり揺れたが、壊れることはなかった。
「あーっ、あの井戸の中に大切なヒスイの玉が落ちたのに・・・」
揺れが治まると、リヤが叫んだ。
リヤは、囲いのレンガが崩れて、中が埋もれてしまった井戸を指差している。
「街の家の大半が燃えてしまったんだ。井戸は他にもあるから、みんなの家を建てなおすのが先だよ。その後で、この井戸を直してヒスイの玉を捜そう」
ヴィシュヌは、リヤに優しく語りかけた。
ヒロは神殿がゆっくり揺れるのを見ていた。
「ああー、大変だ。大変なことが起こるぞ」
あまりに凄まじい光景が見えたので、ヒロはミウとケンだけに聞こえるように囁いた。
「何が見えたの、ヒロ?」
ミウにも千里眼の能力があるが、ヒロほど強くないようだ。
「俺には何も大変なことは見えないぞ。どっちの方角に見えるんだ?」
ケンの千里眼でも見えないが、ヒロには見えていた。
「将来、この神殿が破壊されるんだ。すごい爆発が起きる様子が見えたんだよ」
ヒロが小さな声で囁いた。
「あっ、竜の母親が、この街の未来に大変なことが起きるって言ったのは、そのことじゃないの?」
ミウが空を見上げた途端、激しい雨が降ってきた。
「うわー、今度は大雨だー!」
大勢の人々が慌てて神殿の中に入って行く。
激しい雨のため、あたりが暗くなった。
「早く影宇宙に戻って、この街の未来にいかなくちゃあ」
ヒロが呟いて空を見上げると、三匹の竜が現れた。
すぐに、ヒロとサスケがタリュウに、ミウとカゲマルがジリュウに、ケンとコタロウがサブリュウに乗って影宇宙に戻った。
その様子をヴィシュヌとリヤだけが見ていた。