7節 神の名前はゴータマ(5)
祝勝会に集まったのは、参加者三千人と騎馬軍団の兵士二千人だけではなかった。
大きな建物に入れたのが五千人で、入れなかった大勢の住民は建物の外で兵士達やスガワラ先生達が出てくるのを待っていた。
「おっ、カルキが出てきたぞ。まだ若いが、騎馬軍団の指導者だ!」
「騎馬軍団の兵士達が続々と出てきたぞ。この街を救ってくれて、ありがとう!」
建物の外で待っていた人々が、口々に叫ぶ。
スガワラ先生達が出てくると、さらに人々の声が多くなる。
「ヒロが、つむじ風の術で敵軍を撃退したんだ!」
「ケンの地竜の術で、敵軍の兵士がみんな馬から落ちたんだ!」
「ミウは、リグに防御術と撃退術を教えてくれたんだ」
「スガワラも、ゴータマとアムリタに教えてくれたそうだ」
「お礼に我々の音楽を教えてあげようか?」
「そうだ、そうだ。我々の音楽には不思議な力がある」
「音楽を聞けば、争いごとが無くなる。仲良くなりたいと願うようになる」
「でも、アンコクの独裁者には効果がなかった」
この声が丁度スガワラ先生の耳に入った。
「アンコクの独裁者は特別だから、気にしなくていい。その音楽を私たちに教えてください」
翌日、ゴータマの家に音楽の得意な五人の古代人が集まった。
「アムリタとリグも音楽が得意だから、七人で皆さんに教えましょう」
ゴータマが笑顔でヒロ達に話しかけると、音楽が始まった。
それは、現代の音楽よりゆったりとして、広々とした気持ちになる音楽だった。
石に穴を開けたオカリナのような楽器、竹で作ったフルートのような楽器、木と弦を組み合わせたバイオリンのような楽器と琴のような楽器、木琴に良く似た楽器、動物の皮と木を組み合わせた大太鼓と小太鼓の七種類の楽器から不思議なリズムとメロディーが奏でられる。
そよそよとした風の音、小鳥達のさえずり、川のせせらぎが聞こえ、鳥になって大空を舞いながら高い山々、きらきら光る湖を見ているような気持ちになる。
誰もが空、大地、川、海、動物達、植物達と人間が同じ世界に暮らしていることを感じる。
「こんな気持ちになったのは初めてだよ。学校で習うクラシック音楽は苦手だけど、今日聞いた音楽はもっと古いのに俺の心に響いたよ」
感動したケンが目に涙を浮かべている。
ミウはじっと目を閉じて音楽の余韻に浸っているようだ。
ヒロは、この音楽の持つパワーに驚きながら、サスケ、カゲマル、コタロウが眠っている様子を優しく見ている。
「素晴らしい音楽だ。五人の皆さん、アムリタさん、そしてリグ、本当に素晴らしい!是非、我々にその音楽と楽器を教えてください」
手をたたき、両手を大きく広げて、スガワラ先生がみんなを見渡した。
ブラフマーから伝授された方法で音楽を教えてもらったので、ヒロ達は数日のうちにこの街の楽器と音楽を修得することができた。
「皆さん、あっという間に上手になりましたね。次は私が長寿の薬の製法を教えましょう」
ゴータマの家の食堂で、アムリタがみんなに語りかけると、ミウが目を輝かせた。
「わたしはいろんな薬草をよく知っているけど、長寿の薬の製法は知りません。早く教えてもらいたいな」
「長寿の薬の次は、同じように大切なものを私が教えよう。それは、人々に信頼される術と人徳という形の無いものだが、人間社会の中で最も大切なものの一つだろう」
優しい声でゴータマが語りかけると、ヒロがすぐに反応した。
「それは厳しい修行をしないと身につかないものだと思っていました。ゴータマさんに教えてもらえるなんて夢のようです」
すると、もじゃもじゃ頭を右手でかきながらスガワラ先生が照れ笑いをした。
「私はこの子達の教師ですが、人に教えるような人徳は持ち合わせていない」
「俺もそう思いますよ」
すかさずケンが口をはさむと、みんなが笑った。
音楽を修得した時と同じように、ヒロ達は数日のうちに長寿の薬の製法、そして人々に信頼される術と人徳を修得した。
「大切なものをこんなにたくさん教えて頂いて、お礼の言葉もありません」
みんなを代表して、スガワラ先生がゴータマの家族に礼を述べると、ミウが気になっていたことを伝えた。
「ブラフマーさんの時代の知識や知恵がゴータマさんの時代に伝わっていないのは残念です。どうすればよいか慈愛の神に教えてもらってください」
「ミウの言うとおりだ。早速今夜、慈愛の神にお願いすることにしよう。ありがとう、ミウ」
ゴータマがミウに礼を言うと、カルキとリグが眩しそうにミウの顔を見た。
その日はゴータマの家の食堂から、いつにも増して和やかな笑い声が聞こえていた。
翌朝、みんながゴータマの家の食堂に集まると、ゴータマが晴れやかな笑顔で話し始めた。
「おはよう、みんな。慈愛の神に教えて頂いたことは、こんなことだ。語り伝えたいことを文字や絵として粘土板や石板に書き残すのだ。その文字というものは、我々が話す言葉を形にしたものだ。慈愛の神の言葉と我々の言葉が違うので、我々の文字は我々が作り出さなくてはならない」
「それでは、リグと私が文字を作り出してみましょう。ミウも手伝ってくださいね」
これから作り出す文字のイメージが湧いているのか、アムリタが笑顔でリグとミウの顔を見た。