6節 超古代のカンベイ湾(5)
食事を終えてブラフマーの部屋に入ったヒロは、ヒスイの玉をそっとサスケの鼻に近づけた。
「どうだ、サスケ、何か分かったのか?」
ケンがサスケに顔を近づけると、ヒロがサスケの代わりに答えた。
「このヒスイの玉に残っているサーヤの匂いは間接的なものだ。つまり、サーヤはこの時代より後の時代に来てヒスイの玉に触ったんだけど、誰かが時間を越えてサーヤの匂いを運んだということが分かったよ」
「じゃあ、どうして私たちはこの時代まで遡って来ちゃったの?」
ミウは自分達が遠回りをしているような気がして、悲しくなった。
するとカゲマルがするするっとミウの肩に上って顔を舐めた。
「カゲマルは、いつでもミウの気持ちが分かっているんだなあ。きっと、俺達がここに来た理由が今に分かるよ。ミウ、そんなにがっかりするなよ」」
ケンはミウを元気づけようと、思いっきり優しく話しかけた。
「このヒスイの玉はどうやって手に入れたんですか?」
みんなのそばで様子を見ていたブラフマーに、ヒロが訪ねた。
「それは、デウスが私に授けてくれたものだよ。数年前のことだが、デウスの啓示の意味が分かり始めた頃、今まで見たこともない美しい玉をデウスが私に与えようとする夢を見たんだ。その朝、目が覚めると、枕元にこのヒスイの玉が置いてあったのさ」
ブラフマーが説明している間、ヒロの視界に大きな竜が現れて、遠いところからヒスイの玉をくわえて飛んでくる様子が見えた。
これは、ヒロの千里眼の能力が強くなったということなのか。
「ブラフマーさん、デウスからヒスイの玉をもらう夢を見たとき、一緒に竜も見えましたか?」
ヒロの思いがけない質問に、ブラフマーは笑って答えた。
「ハッハッハ、私はスガワラと違って、竜に乗るどころか、出会ったこともないよ」
これは、どういうことなのだろうか。大きな竜は、デウスとどんな関係があるのか。
「それはそうだ。竜に出会う方法は、誰にも教えられない大切なものだよ。ただし、サーヤの行方を知っている人になら教えてやってもいい。」
スガワラ先生が冗談めかして言いながら、ブラフマーの部屋を出た。
「スガワラ、今度は私の話を聞いてくれるかい?デウスがポセイドンにしたのと同じ訓練を、私もできるようになったことだよ」
ブラフマーが食堂の入口でみんなに話しかけると、妻のサラスが目を輝かせて話に加わった。
「私も海と川で育ったから水泳は得意なのよ。その訓練を私にしてくださいな」
ブラフマーは喜んで、サラスと向かい合って立った。
ブラフマーが上を見上げると、頭から光る糸のようなものが出て、サラスの頭の中に入って行く。
「あっ、サラスさんの頭の中が・・・」
ヒロにはサラスの脳に急速な変化が起きている様子が見える。
それは、今のヒロの知識では理解できないが、脳内のニューロンが急速に発達して超高度の運動能力と技術を修得しているプロセスなのだ。
「何が見えるの、ヒロ?」
さっきからヒロだけに何かが見えていることにミウが気づいたが、サラスが走り出したのでみんなはその後を追った。
丘を駆け下りたサラスは、そのまま川に飛び込みイルカのように泳いでいる。
「ほーら、スガワラ、もうデウスの啓示を完璧に修得しただろう?」
ブラフマーが得意満面の笑顔でみんなを見ていると、イルカのように川から飛び跳ねて、サラスが戻ってきた。
「今度は私がヒロ達を訓練してみましょうか?意外に簡単な訓練だから」
「それはいい考えだ!ヒロ、ミウ、ケン、こう見えてもサラスは水泳が得意なだけじゃなくて、芸術にも学問にも優れているんだ。水の神の生まれ変わりって言われているんだよ」
上機嫌のブラフマーが、パールヴァの肩に手を置いて、みんなに話しかけた。
「お母様、私もイルカのように泳げるようになりたいなあ」
パールヴァが甘えるように言うと、サラスは優しくたしなめた。
「あなたはまだ小さいから、ヒロ達の後で訓練してあげるわ」
その日の午後、サラスの訓練を受けたヒロ、ミウ、ケンはほんとうにイルカのように泳げるようになった。
それだけでなくサラスは、超古代人達が身につけている水中戦闘技術を教えてくれた
「こんなに水中戦闘能力が高くなると、実際に誰かと戦いたくなるな、ヒロ!」
武術に優れたケンが、嬉しさを抑えきれずにヒロに飛び掛った。
「不意打ちは卑怯だぞ、ケン!」
ヒロがイルカのようにジャンプしてよけると、ケンはそのまま頭から水の中に飛び込んだ。
「エーイッ!わたしも攻撃するよ、ケン!」
ミウが頭からジャンプしてケンの背中を拳で突こうとすると、ケンは体をひねって魚のように飛び跳ねた。
「おーい、お前達、いつまでじゃれあっているんだ。もう我々の家に帰るぞー」
スガワラ先生の声を聞いて、みんなは川から上がってきた。
家に帰る途中、ミウがヒロに聞いた。
「さっき、ヒロにだけ何かが見えていたようだけど、何が見えたの?」
「ブラフマーさんがヒスイの玉を授かった話をしている間、僕には大きな竜が遠いところからヒスイの玉をくわえて飛んでくる様子が見えたんだ。そして、サラスさんの訓練・・・」
ヒロの説明に驚いたスガワラ先生が、話の途中に割り込んできた。
「その大きな竜ってのは、タリュウやジリュウと同じような竜なのか?」
「同じようだけど、もっと大きくてタリュウやジリュウの親っていう感じでした」
「そうか!タリュウやジリュウの親が運んだヒスイの玉だから、子供の竜たちはヒスイの玉の光に引き寄せられるんだろう。ということは・・・」
スガワラ先生の推測に、ヒロが同調して付け加えた。
「影宇宙の中にいるぼくの父さんが、竜の親にヒスイの玉を運ばせて、デウスがブラフマーさんに授けたように思わせた、ということですか?」