4節 命を救える特殊能力(4)
「それは、今は言えないわ。マリのことが先でしょ?ヒロ、今見ている方向のずっとずっと先を見てごらん・・・何か見えるはずよ」
「あーっ、すごく高い山がいくつも・・・雪で真っ白・・・だんだん山の下の方に・・・田舎の村が見えてきたよ、母さん」
「ヒロ、そこに見えるのはどんな人達?」
「白髪のおばあさんと女の子・・・あの子はサーヤに似ている・・・あれっ、サーヤだ!あっ、あのおばあさんはインドのばあちゃんだ!そうだよねっ、母さん」
「そうね、ヒロ。サーヤはインドのばあちゃんのところにいるのよ。すごい山奥だけど、お釈迦様の一族はあそこで暮らしていて、母さんもあの村で育ったわ。一族には、怪我や病気を治せる能力のある子供が生まれるという言い伝えがあるのよ」
「母さんは怪我を治せるの?母さんの先祖にそんなすごい人がいたの?」
「お釈迦様の後は、何百年に一人の割合で現れたようね。母さんには、そんな能力はないわ、ヒロ。だけどね、サーヤは小さい頃から軽い怪我を治せる能力があったでしょ。今はその能力がもっと強くなって、重い怪我や病気も治せるようになっているわ。サーヤならマリを救えるはずよ。でも、サーヤとインドのばあちゃんは過去の時代にいるから、外部の人は誰も近づけないのよ」
その時、ヒロの視界を黒い影が横切った。
同時に、サスケがウーッとうなり、サーヤ達が見えなくなった。
「母さん!サーヤが見えなくなったよ・・・あれっ、母さん、母さん!」
ほとんど同時にヒロの視界から母さんも消えてしまった。
「ヒロ、ヒロ、どうしたの?母さん、母さんってうなされていたよ」
ばあちゃんが心配して、ヒロの顔を覗いている。
サスケも近づいてヒロの顔を舐めた。
「ああ・・・ばあちゃん、サスケ・・・母さんに会えたんだけど、夢だったのかあ・・・」
「母さんは元気なの?どこにいるの?父さんやサーヤはどうしているの?ヒロ、それは夢かも知れないけど、千里眼でほんとの母さんが見えたのかも知れないよ」
「父さんは見えなかったけど、サーヤはインドのばあちゃんのところにいるのが見えたよ。サーヤがマリを救えるはずだって、母さんが言っていたんだ」
「ほんと?それはすごいねえ!サーヤがマリを救えるなんて、良かったねえ、ヒロ・・・」
「ばあちゃん、サーヤのいる村はどこにあるの?村の名前は何ていうの?」
「それがねえ・・・ヒロの父さんと母さんが結婚する時に、インドのばあちゃんだけが日本に来たけど、他の家族は来られなかったのよ。それくらい遠くて不便な所なのよ。インドのばあちゃんに会った時、母さんの家族や親戚の写真を見せてもらったけど、すごく険しい山に囲まれた村だった。母さんに聞かないと、その村の名前は分からないし、どうやって行けばいいか分からないよ・・・」
ばあちゃんは申し訳なさそうに下を向いた。
「ばあちゃんが千里眼のことを教えてくれたから、母さんに会えたし、サーヤのことも分かったんだ。ほんとにありがとう!あっ、もう新聞配達に行く時間だ」
「そうだね、行っておいで。いつもの朝ご飯を作っておくからね」
ばあちゃんとサスケに見送られて、ヒロは駆け出した。
新聞配達をしながら、ヒロはマリのことを考えていた。
マリとヒロは5歳のときから仲が良かった。いろいろな思い出がいっぱいある。
志能備病院を見ると、マリの病室には灯りがついている。ヒロには、ベッドに横たわっているマリの姿が見えてきた。
しかし、マリの命の火が消えてしまいそうな予感がした。
—— どうしてもマリを助けたい・・・
ヒロは心の底から強く思った。
—— そのためにはサーヤに会って奈良に連れてこなくちゃあ・・・
ヒロは焦った。
新聞配達を終わると、志能備神社に向かって走った。
「どうやって行けばいいんだあーっ!サーヤ!」
ヒロの大声を聞いて、サスケが志能備神社に向かった。
朝、起きたばかりのミウもヒロの大声を聞いたような気がして外に出たら、カゲマルが志能備神社に向かって走る姿が見えた。
「カゲマル、待って、わたしも行くから・・・そうだ、ケンも誘って行こう」
ミウはケンの家に寄って声をかけ、一緒に志能備神社に向かって走った。
「朝からあんな大声を出すなんて、どうしたんだろう、ヒロは?」
ケンは眠そうな顔をして走った。コタロウもその後を走っている。
ミウとケンが志能備神社に着くと、ヒロがじっと空を見つめていた。
—— 『影宇宙に入ると時空を超えられる』って、父さんの手紙に書いてあった・・・
つぶやいているヒロのそばに駆け寄って、ミウが心配そうに訊いた。
「ヒロ、あんな大声を出して、どうしたの?」
ヒロは、サーヤならマリを救えると母さんから聞いたが、サーヤのいる村に行く方法が分からないことを話した。
すると、ヒロの横にいたサスケが突然走り出し、神社の裏の洞に入って行った。
すぐにヒロが後を追って洞に入り、ミウとケンもヒロの後に続こうとした。
しかし、洞の奥にサスケとヒロが入ると、その奥に続く入口が閉じてしまった。
「あーっ、またヒロだけ行っちゃった。どうしてなんだろう・・・」
以前のようにヒロとサスケがすぐ戻ってくるかと思って待っていたが、いつまで待っても戻って来なかった。
ミウが不安そうな表情で洞の奥を見ている。
「ヒロのおばあちゃんが心配してるかもしれないから、おばあちゃんの家に行こう」
ケンは、泣き出しそうなミウの手を引いて走り出した。
ヒロの帰りが遅いので、外に出て遠くを見ていたばあちゃんがケンとミウに気がついた。
「おや、ケン、ミウ、今朝は早くからどうしたの?ヒロを見なかったかい?」
「おばあちゃん、ヒロとサスケがサーヤを捜すって言って、神社の裏の洞の奥に消えていったの。どうすれば、わたし達も洞の奥に入れるの?」
「それは、わたしには分からないよ・・・ケンの父さんなら忍者だから知っているかも知れないよ」
「そうか!父さんに教えてもらおう。おばあちゃん、ありがとう。急いで父さんのところに行こう、ミウ!」
洞の奥に消えたサスケとヒロは、強い風に巻き上げられた。
あっと言う間もなく竜が現れ、サスケとヒロを乗せて空高く上昇し始めた。
この竜は、以前乗ったことのある頭の割に体が小さい子供の竜だ。
ヒロが竜に話しかけた。
「僕は、早くサーヤに会いたいんだ。サーヤならマリを救えるって、母さんが言ったんだよ。サーヤはインドの山奥にいるはずだよ。だけど、今じゃなくて過去の時代にいるらしい。僕とサスケをサーヤの所に連れて行ってくれないか?」
しかし、竜は返事をせず、雲を突き抜けて上昇し続けた。
空が濃い青に変わっても上昇し続け、ヒロの目には地球の形が丸く見えてきた。
ヒロはさっきから次々に薄いカーテンを突き抜けているような気がしている。
不安になってきたヒロが竜に聞いた。
「君は僕たちをどこに連れて行こうとしてるんだい?サーヤの所に向かっているの?」
*** 薄いカーテンを突き抜けているような気がするのは、過去に向かっているからだよ・・・
竜の声が聞こえた訳ではないのに、ヒロの心に竜の言葉が直接伝わった。
「あーっ驚いた。君は僕たちの言葉を話せるんだね!サスケは賢いけど、人間の言葉は話せないんだ」
*** ヒロ、影宇宙の中ではおいらも人間の言葉を話せるよ・・・
サスケがヒロの心に直接話しかけてきた。
「えーっ、サスケも僕たちの言葉を話せるのかあ!影宇宙の中って不思議だなあ・・・」