3節 超古代の四つの謎(6)
「今度は、民衆が豊かに楽しく暮らせるようにするための技術や設備を見せてあげよう」
初老の神官は、階段を下りて一階の部屋に入って行った。
その部屋の先にも、三つの部屋があり、その手前に研修生達が集まった。
一つ目の部屋を覗くと、十人の神官達と数えきれないくらい多くの粘土板が見えた。
粘土板には、楔形文字が彫られている。
「この部屋では、文字を改良したり、文字を組み合わせて印鑑を作ったりしている。さらに、天文学、数学、法律、医術等の詳しい解説書も作っている。民衆は学校で文字を学んで、粘土板に書いて暮らしに役立てている」
初老の神官が、研修生達に話し始めた。
「二つ目の部屋では、辞書を作ったり、この都市と神様の歴史を記録したりしている。文字が出来る前の歴史は口頭で伝承されてきたが、曖昧なことが多い。何千年も前に氷河が融け始め、神様の国が海に飲み込まれたなどという昔話もある」
「その神様の国はどこにあったのですか?」
ヒロがアトランティス伝説を連想して、思わず質問してしまった。
「昔話では、神様は人々に言葉や文字、学問などを教え、夜になると東の海に帰ったと言い伝えられているから、東の方にあったのだろうが・・・」
初老の神官は、研修生達が曖昧な昔話を信じないように教育したいようだ。
—— インドのカンベイ湾の超古代遺跡のように、ペルシア湾にも海底遺跡が眠っているんじゃないか・・・
ヒロがそんな想像をして横を見ると、ミウとケンも同じことを想像しているように目で合図した。
「三つ目の部屋では、建物の中の装飾や彫像の技術を極めた神官達が、民衆に分かりやすく教えている。部屋の中を見てみよう」
初老の神官の後から研修生が部屋の中を見ると、壁一面に洗練された装飾が描かれ、棚には繊細なレリーフが描かれた多数の粘土板が立てかけられていた。
「あの彫像の目は、あなたの目よりずっと大きいですね。」
部屋の奥の棚に置かれている彫像を見つけたマリが、この都市のシュメール人より彫像の目が異様に大きいことに気づいて声をあげた。
「あれは昔話に出てくる神様の彫像だよ。その神様は民衆に人気がある。昔話では、神様はたいへん大きな目をしていたそうだ」
初老の神官は、曖昧な昔話の神様の話題を早く切り上げたかった。
「最後は、我々が都市や建物を造り、外敵から王様や民衆を守るために必要な技術や設備を勉強しよう」
初老の神官は一階の部屋を出て、廊下を歩いて別の部屋に入って行った。
その部屋は天井が高く広々としていた。
「部屋の一つの角では合金の技術を教えている。スズと銅を混ぜ合わせて青銅をつくる技術だが、その配分比率が重要なのだ。ほかの角にはジッグラトの建築模型、戦車や船の設計図と模型が置かれている。ジッグラトの建設によって、我々の建築技術は進歩した。巨大な建造物を完成するために民衆を指揮して実行する能力、レンガを焼いて輸送する能力、金属を鋳造して武器と装飾品をつくる能力なども進歩したのだ」
初老の神官の説明を聞いていたケンが思わず質問してしまった。
「こんな素晴しい技術は、誰に教えてもらったのですか?昔話の神様ですか?」
「確かにそれらしいことが昔話として伝えられているが、この部屋にある技術は我々の先祖が自分たちの力で発展させた技術なのだ」
初老の神官は、厳しい目でケンを見つめて強い口調で言った。
ほかの研修生達もケンの発言に憤慨して、険悪な雰囲気になった。
ケンが身構えた途端、初老の神官もほかの研修生達も遠ざかり、大きな部屋も巨大なジッグラトも小さくなって消えてしまった。
ハッと気がつくと、ヒロもミウもマリも一緒にもとの教室に戻っていた。
「やあー、おもしろかったぞ。幻PCの映像はバーチャル、つまり仮想空間だから、六千年前にも行けるんだ。しかし、その空間は単なる作り物ではない。世界中の情報を幻PCに取込んで、最先端の科学知識で六千年前の古代都市を再現したんだ」
幻PCのキーボードをたたきながら、スガワラ先生が嬉しそうに生徒達を見回した。
「冗談じゃないですよ、先生!六千年前のシュメール人達をホントに怒らせてしまったと思いましたよ・・・」
ケンが口を尖らせて不満を言ったが、先生は構わず、話を続けた。
「シュメールの粘土板に残されたギルガメッシュの叙事詩に大洪水の話が書かれているが、実際にシュメールの時代に大洪水があったんだ。その大洪水の記憶がノアの方舟の話として、二千年も後に作られた旧約聖書に書かれている」
「ノアの方舟って、神様のお告げを聞いた信心深いノアが、箱形の舟を作って家族と動物達を乗せたので、ノアの家族と動物だけが大洪水に流されずに生き残ったという話ですね」
マリは誰に教えてもらったか忘れたが、この話はよく憶えている。
「そうだよ、マリ。そして、シュメール文明の後はバビロニアの時代になったが、その時代に制定された有名なハンムラビ法典は、シュメールの法律をもとにしている」
「ハンムラビ法典って、『目には目を、歯には歯を』っていう法律ですね」
ミウはハンムラビ法典のこの部分が、あまり好きではなかった。
「そうだよ、ミウ。でも、その部分はシュメールの法律にはないんだ。バビロニアの時代には、シュメールのジッグラトを巨大化させた塔が造られたが、その塔が旧約聖書にバベルの塔として書かれている。大洪水の後、バビロンに集まった人類が天に届く高い塔を建てようとしたのを神が怒って、人間の言葉を互いに通じないようにしたために人々は工事を中止して各地に散っていったというのが、バベルの塔の話だ」
スガワラ先生の話が止らなくなったので、ヒロが話をまとめようとして言った。
「シュメール文明は、その後の時代の文明に大きな影響を与えたすごく古い文明なんですね」
「そのとおりだ、ヒロ!しかも、シュメール文明の起源は謎に包まれている」
先生の話はようやく止まった。
「残り時間が少なくなったから、大急ぎで超古代南米の謎を勉強しよう。南米のアマゾン川上流に、モホス大平原という地域がある。この地域に古代モホス文明という一万年以上前に始まった古代文明があった。この古代モホス文明は、インドやメソポタミアのような都市文明ではない、独特な文明なんだ」
スガワラ先生が、急いで幻PCを操作して教室前方に三次元映像を映し出した。
「古代モホス文明の痕跡を空から見てみよう・・・。日本の本州と同じくらい広い大平原に、四角い形をした大きな湖が何千個もある。そして、ものすごい数の楕円型をした緑の丘、湖や丘を結ぶ無数の直線が見える。湖も楕円形の丘も直線も、ここに住んでいた人達が長い年月をかけて造った人工物だ。これは全部、超古代に発展した巨大文明の痕跡なんだ。」
「そう言われても、どんな風に独特な文明だったのか分かりません」
背の高いナオミが、後方から立ち上がって言うと、まわりの生徒達も同じ意見を言った。
「じゃあ今度は、みんなで一万年前の現地に行ってみよう。この大平原には乾期と雨期があるが、乾期と雨期では風景が全く違うんだ。最初は乾期に行って、その後雨期に行ってみよう」
そう言いながら、スガワラ先生が幻PCを操作すると、みんなの目の前に、地平線まで続く大平原が現れた。
「近くにも遠くにも丘が見えます。丘から丘へまっすぐな堤防みたいな道路が続いています」
ケンが遠くまで見ようと背伸びをしながら、先生に話しかけた。