3節 超古代の四つの謎(5)
「おもしろい考えだが、科学的ではないな。大スフィンクスにはたくさんの謎があって、簡単には解決できないだろう。ビデオカメラで撮ってきたものを、じっくり調べることにする。撮影した文字は、もしかしたら、一万年以上前に海中に消えたといわれるアトランティスの文字かもしれない」
先生が遠くを見るようにして言うと、ヒロが質問した。
「プラトンという古代ギリシャの哲学者が書いた本に出てくる、超古代の王国ですね」
「うん。一万年以上前に繁栄したアトランティスの中心地は、当時の海に近いところにあった。氷河期には大量の氷が陸上にあったから、二万年前の海面は今より百三十メートル低かったんだ。しかし、氷河期が終わると陸地の氷が融けだし、二万年前から五千年前にかけて今の高さまで海面が上昇した。だから、アトランティス文明は一万一千年前に海中に沈んだんだ」
スガワラ先生は自分が発見した事実のように説明したが、実はフランスの学者が十年前に発表した学説だった。
「超古代のアトランティス文明が一万一千年前に海中に沈んだというのは、超古代インドの文明と同じですね。原因は海面上昇だったのかあ」
ヒロは、超古代の謎が地球の気候変動と関係していることに気づいた自分に満足していた。
「さあ次は、超古代メソポタミアの謎を勉強するぞ。一日は二十四時間、一時間は六十分、一分は六十秒というルールを始めたのは古代メソポタミアのシュメール人だ。一ダースが十二個といった単位、占星術の黄道十二宮、ギリシャ神話の十二神も、シュメール文明が起源なんだ。シュメール人は六千年前に、六十進法の高度な数学を使っていたんだ。シュメール人が残した古い記録には、『高度な天文学や医学の知識、合金の技術を神々から授かった』という意味のことが書かれている。しかし、高度な知識や技術を神様に教えてもらったなんて、信じるわけにはいかない。だから、六千年前のシュメール人が高度な知識や技術をどうやって手に入れたかということが、超古代メソポタミアの謎なんだ」
スガワラ先生は、中学一年の生徒達が理解できるように簡単な言葉で話した。
「メソポタミアって、今のイラクですよね。シュメールの時代はどんな風景だったんですか?」
ミウは、地球の気候変動が関係しているのか、知りたかった。
「じゃあ、六千年前のメソポタミアに行ってみよう。全員で行くと多すぎるから、ミウ、ヒロ、マリ、ケンの四人だけが六千年前に行け!他の生徒は、ここに残って、四人が無事に帰ってくるように見守ってくれ」
スガワラ先生が幻PCのキーボードを凄い速さでたたくと、教室前方の奥の空間にシュメール人の古代都市らしい三次元映像が現れた。
「四人とも六千年前のシュメール人に変装しました。先生も変装してください」
古代ギリシャ人のような服を着たケンが、不安そうに言った。
「先生はここに残って、幻PCを操作しなければならない。心配しないで四人だけで行って来い!お前達はシュメール語を知らないが、うまくやれよ!」
先生が楽しそうに幻PCのキーボードをたたくと、四人の目の前に古代都市の道路が現れ、その先に高い塔が見えた。
ケンを先頭にミウ、マリ、ヒロの順で、まわりに気をつけて前に進んだ。
時々古代シュメール人らしい人達とすれ違うが、怪しまれることはなかった。
丁度昼食の時間帯らしく、人通りが少なく静かだ。
高い塔に近づくにつれ、それは縦横五十メートル、高さ三十メートルくらいの茶色いレンガ造りの建物だと分かった。
「あの長い階段を登れば、きっと塔の頂上から周りが見えるよ」
ヒロが、ゆっくりと階段を上り始めると、みんな静かについてきた。
頂上は平坦で広いが、中央に祭壇のような建物がある。
まわりを見渡すと、北の方角に大きな川、東の方角にかすかに海が見える。
この古代都市は、周囲十キロメートルくらいの城壁に囲まれていて、その外側には緑豊かな森や畑が広がっている。
「温暖な気候で、川にも海にも近い便利な場所だね」
ミウが、キラキラ光る川を見ながら言った。
「お前達は、ここで何をしている?」
突然、後から声をかけられた。
みんなが恐る恐る振返ると、目が大きくあご髭をはやした古代シュメール人の中年男性がゆっくりと近づいてきた。
ケンが身構えたが、古代シュメール人は優しい声で話しかけてきた。
「どこから来た研修生だ?研修会場はこちらだよ」
「あー・・・ ナラから来ました。道に迷ってしまって・・・」
なぜか言葉が通じたので、ヒロが注意深く答えた。
「ナラ?東の方にある小さな町だったかな? とにかく、研修会が始まるからついて来なさい」
古代シュメール人は四人を疑いもせず、先に歩いて階段を下りて行った。
研修会場は、すぐ近くにあるレンガ造りの大きな建物だった。
古代シュメール人の後について中に入ると、そこには三十人ほどの若い男女が立っていた。
この古代都市の進んだ技術や制度を学ぶために、まわりの都市から研修に来たエリート達だった。
「では、最も重要な宗教に関することから研修を始めよう。みんな、私の後からついて来なさい」
初老の神官が、壇上から研修生達を見渡して、大きな声で言った。
神官の後について研修会場を出ると、さっき登った高い建物と長い階段が見えた。
「我々の中心には、神様を祀るためのジッグラトが建てられている。目の前にあるジッグラトは、四階建てになっていて、最上階には神様に祈りを捧げるための神殿がある。神様は天から我々を見ておられる。天候が良ければ農作物も良くできるが、天候や季節は神様が支配しておられる。神様にお願いするには、天の法則を知らなければいけない。天の法則について説明するから、私について来なさい」
初老の神官は、ジッグラトの長い階段を登り、三階部分にある入口からジッグラトの中に入って行った。
研修生達が中に入ると、そこは大きな四角い部屋だった。
二十人ほどの神官達が、粘土板に何かを書き付けたり、互いに話し合ったりしている。
「ここにいるのは、天の法則を知るために必要な天文学と数学を修得した最高の神官達だ。研修生は、それぞれ神官の近くに行って、何をしているのか教えてもらいなさい」
初老の神官にうながされて、研修生達はそれぞれ詳しく教えてもらった。
ヒロは、シュメール人が何百もの天文用語を使っていることに驚いた。
さらに、六十進法の数学を使い、正確な暦を作って日食、月食の時期や、惑星の細かな動きまで詳細に予想できることに感動した。
「次は、この都市や君たちの町に住む民衆が平和に暮らせるようにするための制度や技術を説明するから、私について来なさい」
初老の神官は、階段を下りて二階の部屋に入って行った。
その部屋の先に、さらに四つの部屋があり、その手前に研修生達が集まると、初老の神官が説明を始めた。
「一つ目の部屋では、行政を行っている。我々は、労働者のための法律や、失業者を保護する法律を持っている。他にも民衆のための様々な法律があるので、この部屋の行政官達が様々な法律に従って行政を行っているのだ」
続けて、初老の神官は二つ目の部屋を指して説明した。
「この部屋では、法律を作るための議論をしている。昔は乱暴な決定をして民衆を苦しめたことがあった。それを反省して、一方的な決定をしないように、議会は上院と下院の二院制になった。隣にある三つ目の部屋では、裁判が行われる。専門の裁判官だけで偏った裁判をしないように、民衆の中から陪審員を選んで裁判に参加させている」
初老の神官は、三つ目の部屋の説明まで済ますと、ミウの方を向いて質問した。
「では、四つ目の部屋では何が行われているか、分かるかね?」
「民衆が平和に暮らせるためには、病気を治す技術と施設が必要でしょう・・・」
ミウが不安げに小さな声で答えると、初老の神官は満面の笑みを浮かべて大きく頷いた。
「そのとおりだよ。この部屋では、病気や怪我をした民衆のための医術が行われている。白内障に罹っても、この部屋の医師達が手術して治してくれる。頭を打って脳が傷ついても、頭蓋骨を開いて手術してくれる」
研修生達がこの部屋を覗くと、五台の手術台の一つに患者が横たわり、そのまわりに四人の医師達が立って手術をしていた。