3節 超古代の四つの謎(1)
スガワラ先生に呼ばれたヒロが教室の外に出ると、先生が意外な質問をした。
「ヒロは、いつ十三歳になるんだ?」
「誕生日が十一月十一日ですから、明日です」
何故そんなことを訊くのだろうと思いながら、ヒロは先生の顔を見た。
「そうか、それならいいんだ。明日の授業を楽しみにしていろよ」
そう言って、先生はもじゃもじゃ頭を右手でかきまわしながら、職員室に帰って行った。
スガワラ先生は、ヒロの父親シュウジと同じ忍者学校の同級生で仲が良かった。ヒロとサーヤが生まれた後も、お互いの家に行っていろいろな話をしていた。
「ヒロが13歳になったら、これまでに話した超古代の四つの謎を生徒達に教えてくれ」
八年前、シュウジが行方不明になる前に会った時、シュウジから頼まれた。
だからスガワラ先生は、超古代の4つの謎を解けばシュウジの行方が分かるかも知れないと思っている。
次の日の歴史の授業の時間が来た。
スガワラ先生は昨日と同じ服を着て、もじゃもじゃ頭をかきまわしながら教室に入ってきた。
「歴史の授業を始めるぞー。みんな、この小さな四角いものが何だか分かるか?」
先生が、黒っぽい色をした縦横高さそれぞれ五センチメートルの物体を懐から出して、教壇の机の上に置いた。
よく見ると、二つの面に小さな窓があり、別の面にボタンがいくつか付いている。
「江戸時代の万華鏡じゃないですか?」
背の高いナオミが、その物体をよーく見ようと後方の席から身を乗り出しながら言った。
「残念ながら過去の物ではない。この物体は、昨日紹介した最新科学を使って作った装置なんだ。これから教室を立体シアターに変えて、三次元の映像を映し出すから、みんな席から離れるなよー」
先生がそう言って教室の壁のスイッチを押すと、教室前面の壁が静かに開いて奥に空間が現れた。
同時に、生徒達が座ったまま床と天井が傾いて、映画館のように後方の席が高くなった。
「この小さな四角い物体は幻PCといって、世界に一つしかない凄い装置だぞ」
そう言いながら先生は、教壇の机の上にある幻PCの一つの窓を前に向けて、横に付いているボタンを押した。
すると教室前方の奥の空間にぼんやりと三次元の映像が現れた。
続いて、先生が幻PCの別のボタンを押すと、もう一つの窓から机の上にパソコンのキーボードが映し出された。
幻PCは、キーボードを平面に投影して操作するように設計されている。
「今日は超古代の四つの謎を勉強する。超古代インドの謎、超古代エジプトの謎、超古代メソポタミアの謎、そして超古代南米の謎だ。四つの謎を解くために、情報収集術を実際に使うんだ。そうすれば、変装術、心理術、侵入術、幻術の総合力を修練することになる」
先生が説明しながらキーボードをもの凄い速さで叩くと、教室前方の奥の空間に生徒達の知らない遺跡がくっきりと現れた。
これは三次元の映像だが、本物の遺跡のようにリアルに見える。
「最初に勉強する謎は、前方に見えている超古代インドのモヘンジョ・ダロの遺跡に関する謎だ。これから現場に行くから、変装術を使って、みんな自分の親の姿に変身しろー」
そう言いながら、スガワラ先生はカーキ色の服を着た現地ガイドの姿に変身した。
「僕は両親の姿をよく憶えていないので、ばあちゃんの姿に変身しました」
ヒロは白髪頭のばあちゃんに変装して、ゆっくり歩いている。
すると、ジョウが太った大柄の女性の姿に変装して、恥ずかしそうに言った。
「俺のオヤジは痩せてるから、太ってるオフクロに変身しましたー」
「ハハハッ、気持ち悪いが上手く変装できてるぞ、ジョウ。よーし、全員変身したな。じゃあ、みんな、この指先を見ろ!」
スガワラ先生が突き出した左手の人差指を、生徒達が見た瞬間に、教室が消えて本物の遺跡が目の前に現れた。
遺跡の周りは、ぽつぽつと草木が生えている砂漠だ。
生徒達は先生の幻術にかかったのだ。
「では、皆さん、向こうの丘の上に見える丸い塔をみてくださーい。あの塔は、インダス文明時代の遺跡の上に造られた高さ十五メートルある仏教時代のストゥーパです。インダス文明は、仏教時代よりずうーっと古くて、今から四千五百年前が絶頂期だったと言われていまーす」
現地ガイドに変身したスガワラ先生が、訛りの強い日本語で説明した。生徒達三十人は変装して、日本人観光客グループになりきっている。
強い日差しに照らされて凄く暑いので、付近には他の観光客グループの姿は見えない。
大柄な母親に変身したミキが、汗を拭きながら質問した。
「ガイドさん、この水泳プールの跡みたいなものは何ですか?」
「この遺跡は沐浴場の跡で、縦七メートル、横十二メートル、深さ二メートル以上の大きさです。レンガを密着させて精巧に造られた壁には、タールを塗って防水していました。ここに水を溜めて、何らかの宗教的儀式が行われていたと考えられます」
現地ガイドが、何でも知ってるぞ、という顔をして説明すると、強い日差しを手で遮りながら、理知的な母親に変身したミウが言った。
「ガイドさん、暑いから大急ぎで遺跡全部を案内してください。早くしないと日焼けしてしまいます」
「まるで、クロイワ先生に叱られているみたいだなあ。分かりました。皆さん、この絨毯に乗ってください。さあ、出発しまーす」
現地ガイドが広げた布に皆が乗ると、魔法の絨毯のようにフワリと浮き上がった。
生徒達は座ったままで遺跡全体が見えるので、大喜びだ。
「あれは穀物倉の跡で、縦二十五メートル、横四十五メートルの広大な建物でした。この辺りは政治の中心地で、大きな建物や施設の跡が沢山あります。そちらの深い溝は、排水溝です。ここでは給排水システムが発達していて、整備された上下水道網が建物の間に張り巡らされていました」
現地ガイドの説明を聞いて、父親の姿に変身した身軽なヨウが、絨毯からサッと飛び降りた。
「俺は絨毯の上から見るより、地面を歩いて遺跡を見たいんです」
すると五百メートル離れた市街地跡に向かって、空飛ぶ絨毯がスーッと動き出した。慌ててヨウが絨毯に飛びついたが、失敗して悔しがった。
「この市街地跡を見てください、縦横に張り巡らされた道路は整然としています。住宅地の道幅やレンガの規格は統一されていて、主な道路はレンガで舗装されています。道路に沿って並んだ住宅跡は焼きレンガで造られていて、あちこちに残っている井戸も焼きレンガ造りです。あっ、その煙突のような筒が井戸の跡です。住宅地の給排水設備も完備していました。この都市には三万人が住んでいたと思われます」
現地ガイドの説明で、生徒達はモヘンジョ・ダロが緻密な都市計画のもとに建設された古代都市だったことを理解した。
「日本ではまだ縄文時代だった四千五百年前に、こんな凄い都市が造られてたなんて・・・」
ばあちゃんに変身していることを忘れて、ヒロが感激していた。
見渡すと周囲五キロほどの広さだ。
気がつくと、向こうからヨウが慌てて忍者走りで近づいてくる。
「たいへんだあー、警備員が空飛ぶ絨毯を見つけて、こっちに来るぞーっ」
絨毯に追いついたヨウが飛び乗ると、現地ガイドに変身している先生は落ち着いて説明を続けた。
「モヘンジョ・ダロは四千年前の遺跡ですが、その下にもっと古い時代の遺跡が何層か重なって埋もれています。つまり、最初の文明が廃虚になると、その遺跡の上に新しい文明が栄え、それが廃墟になると、またその遺跡の上に新しい時代の遺跡が覆うというように重なっています。最古の遺跡は七千年前のものと推測されていますが、その文明の起源は謎に包まれています」
警備員が二人、必死に走って近づいてくる。警備員達は訛った英語で何か叫んでいる。