2節 忍者学校の厳しい訓練(6)
ケンの家を出て、すぐに周りを見回しながら、ヒロが言った。
「小さい頃のことだから、夢か現実かはっきりしないんだけど、思い出したことがあるんだ。夏休みに家族みんなで、じいちゃんの家に来ていた時のことだよ。僕とサーヤが四歳の時だったと思うけど、志能備神社の裏山で父さんが忍者の服装をして、子供用の忍術を僕とサーヤに教えてくれたんだ。その後、三人で神社の裏の洞に入ったら、風の渦に巻き込まれて何も見えなくなった。そして気がつくと、僕達は竜に乗って高く高く舞い上がっていたんだ」
「それでその後、どうなったの?」
現実とは思えない話なのに全く疑わず、マリが急いでヒロに訊いた。
「その後の記憶は無いんだ。やっぱり夢だったのかなあ・・・ でも、その時、父さんが『ここは影宇宙の中だよ』って言ったような気がする。だけど、今でも意味が分からないよ」
ヒロが頭を振りながら答えると、ケンが目を輝かせて言った。
「じゃあ、これから神社の裏の洞に行ってみようよ」
ケンとコタロウを先頭に、みんなは志能備神社の裏に向かって歩いて行った。
神社の裏の洞に着くと、ヒロが中に入って言った。
「今、洞の中に入っても何も起こらないよ。あの時は、父さんが何か忍術をかけたんじゃないかなあ・・・」
その時、サスケが洞の奥に向かって走った。
すぐヒロが後に続いた。
マリは口を開けたまま動けなかったが、ケンとミウがヒロの後を追った。
しかし、サスケとヒロの姿は、洞の奥に消えてしまった。
洞の奥を突き抜けたサスケとヒロは、強い風に巻き上げられた。
あっと言う間もなく竜が現れ、サスケとヒロを乗せて大仏殿の上空を旋回した。
よく見ると、この竜は頭の割に体が小さい。
まだ子供のようだ。
サスケがワンと吠えたら強い風が吹いて、竜がこの洞の入り口にサスケとヒロを降ろした。
ヒロが一歩踏み出すと、目の前にケンとミウが驚いた表情で立っていた。
「ヒロ、何が起こったの?サスケと一緒に洞の奥に消えてたんだよ」
ミウに言われて、ヒロがたった今サスケと一緒に経験したことを話した。
「そりゃあ、凄いや!そんな忍術は、誰も知らないよ。どうやったら竜が現れるの?」
ケンが興奮を抑えきれず、ヒロの顔に近づいて訊いた。
「僕もそんな忍術は知らないよ。ただ、サスケの後を追っかけただけだから・・・」
ヒロがサスケを抱き上げて答えると、ミウが空を見ながら言った。
「ヒロのお父さんは、宇宙の始まりを研究してたんでしょ?だったら、この洞から影宇宙っていう世界に入って行ったんじゃないの?」
—— そうかも知れないけど・・・
ヒロが、そう言おうとした時、カゲマルがさっと走り出した。
同時にヒショウがバサバサと飛び立ち、コタロウがスルスルと木の上に登った。ケンは正義感が強く武道に優れているので、とっさに身構えて、みんなを守ろうとした。
しばらく緊迫した時間が流れたが、何も起きなかった。
そして動物達も帰ってきた。
「周りに気をつけなくちゃいけないみたいだね。今日はいろんなことが分かったけど、まだまだ分からないことだらけだなあ。みんな、今日はありがとう」
家に向かって帰りながら、ヒロが言った。
次の月曜日の朝、教室では生徒達がザワザワしていた。
一時間目は、武術の時間だと思ったら変更されていたからだ。
「みんな、席に着けー!情報収集術の授業をはじめるぞー!」
スガワラ先生の声がしたが、姿が見えない。
「そこだ!エイッ」
大柄で太っているジョウが、教室の前壁に設置されている黒板に向かって手裏剣を投げた。
ジョウは、先週の薬学の授業で毒草をかじって苦しんだが、もう回復している。
「違うよ!あれだっ!ヤッ!」
叫ぶと同時にケンが、教室の隅の高い所にあるスピーカーに向かって消しゴムを投げた。
「イテッ、よく分かったな、ケン。もっと五感と頭を使えよ、ジョウ」
小さなスピーカーの形が大きくなって、スガワラ先生の姿が現れた。
「情報収集術として、これまで変装術、心理術、侵入術、野戦術の基本を教えてきたが、今日からはもっと難しい術や最新科学を使った術を教えてやろう」
そう言いながらスガワラ先生は、教室の高い所から下りた時に、ドスンと尻餅をついてしまった。
先生は、スガワラミチザネという立派な名前の四十一歳の忍者だ。
八百万の神の一人で、学問の神として崇められる菅原道真と同じ名前だということが、先生の自慢だ。
「じゃあ先生がやったような、体を小さくする忍術と大きくする忍術を教えてください」
マリは、ガリバーのように大きくなって、乱暴者のジョウや悪戯者のヨウを懲らしめてやりたいと思っていた。
「よーし、教えてやろう。最初は小さくなる術だが、単に小さくなろうと思ってもダメだ。例えば小さなスピーカーのような、自分がなりたい形を思い描いて一心不乱に念じるのだ!心のエネルギーを集中させることができれば小さくなれる。しかし初心者には難しいから、印を結んで呪文を唱える方法を教えよう・・・ 『スピーカー、スピーカー、アリチリミクロ』と繰り返し唱えて、心のエネルギーを集中するんだ」
古ぼけた袴姿のスガワラ先生が、生徒達の間を歩きながらかすれ声で説明すると、みんなは口々に 「スピーカー、スピーカー、アリチリミクロ」と繰り返し始めた。
・・・しかし、誰もスピーカーのように小さくなれない。