2章8節 母はヒマラヤ山麓に(2)
ヒロはサーヤと一緒に空を飛んで、ふわっと地上に降り立った。
「あっ、ヒロ、サーヤ、無事に到着できたね。薬師如来が二人を連れて行くって、父さんが教えてくれたのよ」
母のエミリは、二人をしっかりと抱き寄せた。
マリ、ミウ、ケン、ロン、サスケ、カゲマル、コタロウ、ヒショウ、ハンゾウも影宇宙から飛び出して、エミリの前に現れた。
エミリは、以前意識不明になったマリが元気になったことを特に喜んだ。
エミリは、ブッダの二人の娘の家に暮らしている。二人の娘はエミリより少し若い。
ブッダは悟りを開いて、六十歳くらいになっていた。
ブッダが生まれた頃のインド北部の社会は、バラモン教という宗教に支配されていた。
「バラモン教は、祭司階級のバラモンを最上位、次にクシャトリヤ(王侯・武士)、ヴァイシャ(庶民)、シュ―ドラ(隷民)という身分制度を定めた宗教じゃ」
校長の声が、聞こえる。
「この身分制度はカースト制度というものじゃ。カースト制度に支配されて苦しんでいた下層階級は、ブッダの教えに興味を持ち、信者になっていった」
「今ブッダが説いている教えを、わかりやすく説明するわ」
エミリがヒロたちに語りかける。
「諸行無常、つまり、諸現象は無常で変化して止まない、ということ」
「一切皆苦、これは、そのために苦をもたらす、という意味」
「諸法無我、すなわち、諸現象はすべて無常・無我であり、それを認めないと苦が生じる、と理解する」
「涅槃寂静、この意味は、苦悩を引き起こす欲望つまり執着心を鎮めれば寂静になる、ということ」
「理屈としては、簡単な教えですね。バラモン教に苦しめられていた人たちの救いになったんだろうな」
理屈の通ったことの好きなロンは、ブッダの教えが気に入った。
「俺には少しわかりにくい教えです。だって、強くなりたいという執着心を鎮めたら強くなれないじゃないですか」
ケンは、納得できないようだ。
エミリは、ほほ笑みながら説明する。
「ブッダが亡くなる前に説く教えは、自帰依自灯明・法帰依法灯明、という教えなのよ。それは、自分が真理と一つになり、その自己をよりどころとし灯明として生きなさい、という意味よ」
マリが明るい笑顔になった。
「真理と一つになれるかわからないけど、自分が灯明になれば楽しく生きて行けそう」
「真理と一つになった自分って、諸行無常、一切皆苦、諸法無我、涅槃寂静を身につけた自分ということだから、難しいよ」
ミウがマリとケンの顔を見る。
「バラモン教や他の宗教は絶対的な神が存在すると教えるけど、ブッダは自己が真理と一つになるように生きなさいって教えたのよ」
エミリが話をまとめると、ヒロが忍者学校で習った知識を披露した。
「中国の孔子が言ったことだけど、学びて思わざれば即ち罔し、思いて学ばざれば即ち殆うしって、真理と一つになる極意かもしれないね」
ヒロの話に満足したような声で、校長が言った。
「さて、ブッダの教えに導かれて精神的に強くなったヒロたちは、エミリと一緒に現代の奈良に帰って行くのじゃ」
<3章 に続く>