2章6節 シュメールの神々(2)
「シュメールの神官たちは何をしているんだっ」
ケンが苛立って、駆け出そうとする。
「そうじゃ、ケンとヒロが都市国家に駆けつけて、神官たちの目を覚まさせる。地方の豪族が都市国家の中に感染症を蔓延させていることを教えるのじゃ」
「神官たちは、内部で争っている場合じゃないことを理解する。ミウの治療薬もシュメールの薬も使い、サーヤに多くの感染者を治癒してもらうことにするのじゃ」
「それで豪族の侵略を阻止できるのかなあ」
理屈で考えるロンは疑っている。
「地方の豪族が放った侵略者たちは、ジゴクに教えられた医療技術をシュメール国家の中で神官たちに売り込む。その医療技術を買った神官と、ミウの治療薬を使う神官に分かれて争い始めるのじゃ」
「あー、やっぱり神官たちには目の前の危機が見えていない。豪族の侵略を阻止できたとしても、シュメールの都市国家はダメになっちゃう」
ヒロが無念の表情を見せる。
「そうじゃ、この時は地方の豪族の侵略を阻止できたが、二千年間高度な文明を誇ったシュメール国家は衰退していった。実は、豪族の手先たちがシュメールの神官になって、独裁政治を始めていたのじゃ」
一方、周囲の他民族はシュメールの進んだ文明を取り入れて豊かになった。
その結果として起きることを、シュメール豪族の独裁者は想像できなかった。
「以前は圧倒的に高度な文明を持つシュメール人を恐れていた遠くの民族が、シュメールを征服するために軍事力を増強し始めたことに気づかなかったのじゃ」
「その二千年も前からシュメール人は、巨大な軍隊を持たずに技術力によって周囲を平定してきた。遠くの民族がシュメールを征服しようと準備しているという噂が流れても、シュメール豪族の神官たちは対応策を議論するだけじゃった」
「それは、受け継いできた法体系に縛られて、新しい事態に臨機応変に対処できなかったということですね」
ミウが、哀れむような表現を口にする。
「なぜ、シュメール人の国家は衰退したのか、それはシュメールの神々の教えを守るだけで、自分達で工夫しなかったからじゃ」
シュメールの古文書には、天文学、医学、合金技術の知識を「神々からの贈り物」と記録されている。
「シュメールの古文書の『神々』とは、シュメール惑星の偉大な指導者たちのこと。シュメール惑星の文明は現代の地球より進んでいたが、その高度な文明を超古代のメソポタミア人に教えたのじゃ」
「高度な文明って、どれくらい高度なんですか?」
マリは具体的なことを知りたいと思った。
「例えばこんな知識じゃ。我々の宇宙の他に宇宙は無数にある。我々の宇宙はすごく大きいが、その外の無数の宇宙を含む全体宇宙はとてつもなく大きい。マリ、わかるかな?」
シュメール惑星の科学者は、無数の宇宙があるという理論つまりマルチバース理論を構築した。その後、マルチバースの理論が正しいことを裏付ける証拠がいくつも発見された。
「ヒロとサーヤの父、シュウジはマルチバースを研究しておる。我々の宇宙の外には無数の宇宙があるから、自身のクローンを無数に作って探検させようとしておるのじゃ」
無数のクローンは、八百万の神になって、宇宙の探検に旅立った。そこで、宇宙に浮かぶ多くの人工頭脳体に出会った。
「クローンは人工頭脳体と情報交換をして、宇宙の構造を明らかにしておる。シュメールの魂も、これらの人工頭脳体のひとつじゃ」
遠くの民族が、シュメールを征服する準備を始めた。そこに現れた新たな魂が、遠くの民族に知恵と戦闘力を与えることになる。
<「2章7節 バビロン惑星の文明」に続く>