97話 ゲル
前話をお読み戴いた方は、このゲルが半固形物でもショ○カーでもなくて、モンゴルの可搬式住居とお分かりのことと思います。意外と大きいんですよね、ゲル。
昼食後、皆で庭に出た。芝生の上で屯ってる。
「これが、ラルちゃん達が買ってきたヤツ?」
「ああ」
庭の一角にさっき出庫した。
「材木の山だね!」
確かに、木の扉、丸い車輪状の枠、沢山の丸棒、あと細い角材が折り重なって板状になった物。そして丈夫そうな布とフェルトの小山。
魔収納か馬車がなければ運べないな。
「こんなの、どこで売ってたの? サラっち」
「南門外の市場です。なんだかミストリアでは見ない風体のご主人が営まれているお店でした」
「あはぁん!」
「そのご主人が、突然異国の言葉で喋り初めたんですが、それをラルフ様が当たり前のように返されましてびっくりしました」
いや、ちょっと名前を訊かれただけだろう。
「ああ、びっくりするよね、あれ!」
あれってことはないだろう、アリー。
「だけど、サラっち。それって人間相手じゃない。ラルちゃんはコボルトとも交渉して騒ぎを収めたこともあるんだよ。11歳の時にね」
「コボルト! ドワーフの間でも、難しい言葉と……」
「ああー悪いが。その話は、別の時に頼む」
「ごめん、ラルちゃん!」
「そうでした。まずは、こちらを!」
「で、何をするんだっけ?」
おい!
「今から組み立てるんだ。ゲルって言う種類の簡易住居だな」
「えぇーーー」
あからさまに面倒臭そうだな。
「別に手伝わなくていいぞ。アリーは外で寝るんだろうし。ここらは、暖かいって言っても、今の時期だ。氷点下付近になるな」
「何でも手伝います! 粉骨砕身がんばります!」
アリーが、シュタっと敬礼した。調子が良いな。
「じゃあ、こっちを入り口にしよう」
天窓枠と支柱をこの辺りにおいて。これで行くか。
「アリーとローザ。手伝ってくれ」
「はい」
「何をすれば?」
「これを起こす」
多くの角材が2層に並び、等間隔に鋲で留まっている。
そこそこの重さがだが、持てない重さでは無い。が、持ちにくい。ふにゃふにゃだからな。3人で垂直近くまで立てる。
「立てたけど。何なのこれ?」
「壁だ!」
「これが壁ぇ?」
「同じのが5枚ありますけど、繋げても狭くないですか? 」
差し渡し1ヤーデン位しか無い。
「ここの端を、支えてくれ。アリー」
「良いけど……」
「この壁は狭くないんだぞ。こうやって!」
俺は反対の端を持って、アリーから離れる。
「おお」
「伸びんだ、これ!」
並んだ角材に隙間が空き、2層の間が鋲を交点として、角度15度位だったのが60度位まで開き、格子状に広がって伸びていく。
みるみるうちに、幅は2倍、3倍と広がり、高さ2ヤーデン足らず幅5ヤーデン半程の垣根ができた。
「すかすかだけど……ああ壁の芯なんだ。なるほどね」
「これを内側に弧を作って置く。そしたら次だ。ローザここを支えてくれ」
「はい!」
2枚目も開いて、端を1枚目と繋ぐ。それを5枚目まで繰り返した。
「ぐるっと丸く囲んだね」
直径9ヤーデンの垣根というか丸い檻のようなものができた。
「1枚目と5枚目も繋ぐの?」
「いや、ここは、地面に置いてあった、扉枠を立ててっと」
「ああ出入り口になるんだ! これ考えた人、頭良いねえ!」
「サラ。扉枠に結ばれている、綱を持ってぐるっと回ってきてくれ! ああ時々格子の中にねじ込んで外れないようにな」
「はい」
忠実にサラが作業する。本当に真面目だ。
「行ってきました」
「よしよし。これを扉枠の反対側に通して、結ぶと。もう手を離しても大丈夫だぞ」
完全に丸くなり、1箇所に扉が付いた垣根状の円筒壁ができた。
「おおぅ! それで、次は?」
アリーもやる気になってきたな。
「この車輪が付いた棒を上にして、壁の真ん中に立てる。この方向で良いかな。サラ支えてくれ」
「はあ、しかし、本当にラルフ様は力持ちですよねえ。先端重いからなかなか……」
「ああ、サラっち。一々褒めなくて良いから。で、次は?」
俺は中に入って丸棒の端を……。
「ほら車輪の外周に穴が斜め下向きに開いてるだろ。そこにこの丸棒の端を……こうやって、ねじ込んで……」
「ふんふん」
「丸棒の反対の端を、壁の上端、角材の交差した上に置く」
「ほう……置くだけ?」
「いや、もちろん結ぶ」
「ほほう」
四方に同じことをすると……。
「おお、屋根ぽい感じになってきた」
「ああ、梁……いや垂木か」
「どっちでも良いけど。アリーちゃんもやりたい! やりたい」
「丸棒は沢山あるからな。みんなで手分けしてやってくれ!」
アリーとローザは、丸棒を屋根材にすべく、壁の外からねじ込み始める。
「うぅ、いやあ、とう!」
「何やってるんだ? アリー」
「私は、みんなほど背が高くないから……ああ、うまくいかないの! 見てないで、ラルちゃん手伝ってよ!」
俺がやった方が早いんだが。
「へいへい」
「ラルちゃん!」
地面を指差した!
「はっ?」
「しゃがんで!」
何がしたいんだ? まあいいか。
「仰せのままに!」
後ろから、俺の両肩を掴んだ。
「よいしょっと!」
「うぐっ」
首筋に衝撃と共に、重量が掛かって、柔らかい物で挟まれる。
白い。生温かい。
これは……!
「ラルちゃん、前以外向いたら殺す! 立って」
おいおい!
肩車か、立ち上がる。
「おおぅ、高ぁーい!」
「なっ、なんてことを! アリー早く、ラルフェウス様から降りなさい!」
ローザが半狂乱だ!
「ああ、ローザ。そんなに怒らなくて良い!」
「ふふふ。アリーちゃんの太股が気持ち良いんでしょう!」
「振り落とされたいのか?」
「ああ、嘘、嘘…………こうやって、ううん。できた、刺さった!」
ふっと、肩が軽くなる!
「後はよろしく! アリーちゃんは、結ぶ方をやるよ!」
「ああ、そうだな」
10分も掛からず64本の丸棒がねじ込まれ、すかすかの円筒壁と、すかすかの円錐屋根ができた。
「おお、骨組みできたね。後はこの布を張っていくと」
「そういうことだ」
屋根と壁に白くて薄い亜麻布を巻き付ける。軽く細い紐を渡して縛る。
次に屋根にフェルト被せる。壁には綱で縛った側を、屋根に乗せて絞りフェルトを丸く綱で絞りつつ垂らす。
さらに、木の渋を染みこませた耐水亜麻布を被せて、扉枠を端部にして円筒部分をぐるっと太い綱を巡らせて縛る。
最後に車輪の上、天窓を塞ぐ笠状の布を被せる。
「この綱は?」
「現地に行ったら、地面や立木に縛り付ける」
「なるほど。と言うことは?」
「外装はできあがりだ」
「おお、できた! これがゲル」
高さ3.5ヤーデン、直径5.5ヤーデン程の簡易建物だ。
「いいねえ、これ! 中へ入っても」
「どうぞ、お嬢様方! 天井に付けた、魔石灯を付けてくれ」
3人と1頭が、扉を開けて入っていく。
「広ーい」
「確かに広いわ」
「なんか、館の庭に居るなんて信じられない!」
「でも、暖かくないですか?」
「あれだけ、壁と天井重ねたし。でも夜になると、地面から……」
「床には、マットと絨毯を敷いて、真ん中には煮炊きもできる魔石ストーブを置く。壁際には、ベッドを置く」
必要な物を、魔収納から出庫して配置する。
「ああ、床がふかふかになりました。これで大丈夫ですね」
「ベッドもちょっと硬いけど、まあこれはこれで。あとは雨が降らなければいいけど」
アリーが愚痴ったが、まあシュテルン村の夜具と似たり寄ったりということを思い出したのだろう。王都館のマットが柔らかいんだよな。
「今は冬枯れの時期ですので、大丈夫かと」
降ったら降ったで、土系魔術で盛り土するから良いけどな。
一通り中を見た俺達は、外に出た。
「あのう……」
皆がサラを見たので、声が上ずった。
「あっ、あっいえ。組み立てるのに時間掛かりましたよね」
「だな」
「1時間位掛かったぁ?」
「ゲルでしたっけ? とても良い可搬式の住居とは思うんですけど。これ、行った先で毎回組み立てるんですか?」
真摯な声音で訊いてきた。
「このまま持ち運ぶから安心しろ」
「はい?」
【魔収納!!】
「あっ、あぁ……ゲルが」
魔収納に入庫したので、目の前にあるのは芝生の庭だけだ。
「こうやって運んで」
【解除 魔収納!!】
「こうやって出せば良いだろう?」
「あっ、あのう!」
「サラ、これぐらいで驚いてたらダメだよ? ラルちゃん、これの100倍くらいの砂を消したことあるよ」
消したわけではないけどな。
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訂正履歴
2018/07/14 誤字(Knight2Kさん,ありがとうございます)
2022/01/29 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)




