94話 ゼロサム
他人は幸福、私の不幸つまりゼロサム。よく見えないこともあるけど、そういう関係ばかりではないんですよねえ。
求婚した後、ローザは数秒呆け、一筋涙を零した。
「ラルフェウス様の妻として……お仕え致します」
俺は、ゆっくりと肯いた。
「ああラルフェウス様……」
抱き締めて口付けする。
舌を差し込むと、それを吸い上げ狂おしく応えてくる。俺達は堰を切ったように貪り合った。
はぁぁ……。
名残惜しくも、顔を離す。
「我が儘を言って、申し訳ありませんでした」
ローザは、自分から歩み寄ることができなかった。退行催眠を掛けて心の枷を外しても、難攻不落。おふくろが気付いていたことが切り札、主人としての命令こそが翻意させる唯一のものだったのだ。
ローザの涙が止まらなくなった。
何年か振りで見たが、その姿まで美しい。
肩を抱いて宥める。
数分泣き続けて顔を上げた。
今一度、抱き締めて口付けをする。
「でも、側室として下さい」
「いや、側室って……」
正妻でない妻だ。
「ラングレン家は、准男爵のお家柄。可能ですよね」
准男爵で側室を持って居るなんてことは聞いたことはない。
可能かどうかと言えば、一応貴族なので法的にできなくはない。その点は、子爵のダンケルク家と同じなのだが……。あとは経済的な問題だ。准男爵は国や領主から領地を与えられない。無論ばらつきはあるが、裕福な家は少なく、平民とさほど変わらない場合がほとんどだ。
ウチは、断絶男爵の分家だったこともあり、財産もそれなりにあるが親父も爺さんも一夫一婦だ。
「可能だが……」
「ラルフェウス様は、今後高い身分の方との婚姻もあるかと思いますので、そのような場合の支障にならないようにしなければなりません」
「そんな気は無い。ディアナ嬢のことも断るつもりだ」
「ディアナ様のことだけを申し上げているわけではありません……」
「それに、私はメイドの仕事に誇りを持っておりますが、世間ではそうではありません。正妻がメイドでは外聞がよろしくはありません」
「メイドは続けるのか?」
「だめですか?」
なんか俺に対する感じが、幼くなった。甘えが出て来たのか。少しアリーに近付いてる。
「いいけど」
それにしても側室。妻の方から言い出すか? そう思ったが決心は固いようだ。
段階的にローザの意識を変えていくことを決心した俺は、長々と口付けと抱擁を交わし、愛を誓った。
†
「そういうことになった。アリー、お前にも伝えておく」
昼過ぎに帰ってきたアリーを、応接間に呼んで告げた。
「そっ、そうなんだ……」
そう答えた彼女は、顔を伏せ黙り込んだ。
残酷だよな俺。
アリーが、俺のことをどれだけ好きなのか、知らないわけもない。
長い沈黙の後、うっすらと笑みさえ浮かべ、擦れた声でしゃべり出した。
「ラルちゃんが、お姉ちゃんのことを好きなのを知ってたし、遅かれ早かれ切り出すとは思っていたけど……お姉ちゃんが受けると思ってなかった……側室かぁ、そこはお姉ちゃんらしい」
アリーは天井を見上げた。
「それで! アリーちゃんはどうしたら良い?」
そう来るか。
「これまで通りで、居てくれないか?」
「うわぁぁ。本当にえげつないよね」
まあ、恋敵の姉の住む館に同居しろと言っているわけだからな。
「だめか……?」
「だめじゃないよ。それなら、希望も残るってことだし」
「ん? 希望?」
「だって。正妻は空いてるわけでしょ?」
「それは……」
「じゃあ、アリーちゃんにも、その余地がないことも無いじゃない」
無いと言うのは、簡単だが。そう斬って捨てたくない俺も居た。
結局のところ、俺はアリーのことを好きなのだ。
ローザと違って、妻としたい……までは行っていないのも事実だが。
「なんとも言えん」
「よかった! 無いって言われたらどうしようかと思ってた……じゃあ、今は……そういうことにしておこうよ。ああ、でも、お義兄ちゃんとは呼ばないからね」
すくっと立ち上がると、足取りも軽やかに笑顔で応接を出て行った。
俺も応接を出る。
ホールの階段を、サラが降りてきていた。いつの間にか帰って来ていたようだ。
何だか首を捻っている。
「どうした?」
「ああ、いえ。アリーさんとお部屋の前ですれ違ったんですが、凄く恐い顔をされていたんで……どうされたんで……すっ、すみません。私、立ち入ったことを」
俺と何かあったことを途中で感付いたようだ。
「構わない。アリーは見た目ほど子供じゃないからな」
そう。子供なのは俺の方だ。
「はあ」
サラは会釈して、玄関を出て行った。
さて、次は……親父とおふくろ、それにマルタさんにも手紙を書かないとな。
許可を求めるわけではなく、報告だが
もうひとつも有るが、それは……。
†
夕食。
ローザは、憑きものが落ちたように、落ち着きを取り戻した。
アリーも内心は分からないが、何事もなかったように席に着いた。
サラは、食堂に入ってきたときに、俺とアリーの間で視線を行き来させていたが、ほっとしたように少し微笑んで座った。
アリーとサラが食べ終わって立ち上がる。厨房に運ぼうと、使った食器を持ったとき。
「ああ、仕事の件で話がある、居間に居てくれ」
「はぁーい」
「分かりました」
「ローザもな」
「はい」
夕食を食べ終わったあと、俺は調査依頼の件を切り出した。
†
「それで、もう一度エヴァトン村へ行くわけですか?」
サラが問い返してきた。
「俺はそうしたいが。どうだ?」
昨日ギルマスに提示された内容や報酬等の条件を説明した。
「私は、賛成します。昨日今日と、薬師の仕事が結構進んだので、時間が取れます」
「アリーは?」
真顔だった、アリーがこちらを向く。
「うん。この前沢山お酒を飲まして貰ったし、あの村の人達の為になることなんでしょう。だから良いよ!」
軽い。
「それはいいんだけど、お姉ちゃん呼んだのは?」
「今回の依頼は、数日掛かる。しかも林の中だ、宿屋などは当然ない」
「なるほど!」
アリーは察したようだ。
「私に野営炊さんせよということですか?」
黙って聞いていたローザが聞き返す。
「いいじゃない、お姉ちゃん。折角ラルちゃんと番いになったんだし!」
おい!
「師匠が番い……はっ!」
サラが反応しかけて止まる。
「そうね、1泊ぐらいならともかく。数泊もご不自由をお掛けるするのも、心苦しいわね」
「それ! アリーちゃんに嫌み言ってない?」
「ああ、わたしは、少しは料理できますから、今度から……もちろん師匠ほどではないですけど」
いいぞ、サラ!
「ええ、サラちゃん。よろしくね。でも、アリーはね、料理上手いのよ」
「ぇぇええ!!」
「どういう、ぇぇええよ? サラ、失礼ね!」
確かに。アリーの料理は美味いよな。基本を外してるようで、辛うじて破綻せず踏みとどまり、見た目はおざなりで、なんの料理かはよく分からないのに、旨い。まあ生まれてから3回しか食べたことがないが。
「では、依頼を受けるということで、いいな!?」
皆が肯く。
「出発は、明後日7時に東門前だ。セレナも頼むぞ!」
「ワフッ!」
「ああ、でも。野宿かあ……この時期寒いよね。王都付近は雪降らないらしいからいいけど。いや、よっぽどの時はかまくら作った方が暖かいのかな?」
「その点は、考えてる。明日手伝ってくれ!」
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訂正履歴
2018/07/14 正妻にされては外聞が→正妻がメイドでは外聞が(Knight2Kさん,ありがとうございます)
2022/02/14 誤字訂正(ID:1907347さん ありがとうございます)




