92話 退行催眠
過去の出来事って無意識だけど、引っ張っていることが多いなあと思います。
某マンガに書いてあったけど、確かに褒められたことですかねえ。
書いて居る間に、長くなったので2つに分けます。後半も今夜投稿します。
狩りに出る気が起きなかったので、王立図書館へ行った。
暇になったら調べたいなと思っていた魔術の分野の本はそこそこ有ったが、最近興味を持った医学・薬学分野は余り良い蔵書がなかった。まあ、俺が入れる範囲のことだが。館へ引き上げてきた。もう夕方だ。
玄関ホールにアリーが居た。俺を待ち構えていたようだ。出掛ける前の攻撃性が霧散している。
「どうした?」
「話があるんだけど……」
応接室の扉を指すと素直に付いて来た。
結構深刻な顔だ。
「話とは?」
ソファで向かい合う。
「お姉ちゃんのこと」
「うん」
「ごめんね。お姉ちゃんは、叩かれて嬉しかったんだって」
赦してではなく、叩かれて……か。
「ソフィーちゃん、春からここに住むんだってね。聞いた。ラルちゃんに黙って、お姉ちゃんが手続きしていたって」
「ああ」
「そりゃあ。流石にラルちゃんでも、怒るよね」
「まあな。ここ1ヶ月ほど。なんか変だったろう、ローザ」
「うん。確かに、お姉ちゃんらしくない感じなことが……いや、前の話は置いておいて、問題は今のことなのよ!」
「今?」
アリーは微妙な表情で、視線を巡らせる。
「なんかね。時々うっとりしたような顔してるし。なんか、ラルちゃんの洗濯物を取り込むときとかも変な感じだったし」
「ずっと見てたのか?」
「見てるわよ! 自慢の姉がなんかおかしいんだよ!」
「わかった。いずれにしても、元凶は俺だろう。なんとかする!」
「うぅ……うん。お願いよ」
†
次の日。
やはり、アリーが言った通り、ローザはふわふわと落ち着かない様子だった。
俺を裏切ったことを赦したのだから、平時に戻ってくれるかもという期待もあったのだが。そうはならなかった。どうやら理由はそれだけではないようだ。
やってみるか……。
朝食後にアリーとサラが出掛けるのを待った。そして、ローザを応接室に呼び出した。
「ラルフェウス様、ご用でしょうか?」
「まあ、掛けてくれ」
俺を見る目が潤んだようで、普段と違う気もするが、素直に座った。
「ああ、少し相談したくてな」
「はい」
魔収納から、ハンカチを取り出す。
「ああ……この香りは」
【催眠!】
精神状態の所為か、注意がそこに向いていたのが奏功したのか、普段は術に掛かり難いローザの瞳から光が消えた。
「そのまま、背もたれに身を委ねて」
「……はい」
意識の水準が低下し、微睡みと覚醒の間、外部からの誘導に従順な状態だ。古代エルフの遺産で見つけた催眠療法を試している。
ここまでが難しいと書いてあったが……。
あとは、問題の真因を探るとあったが。まずが手順通りやってみよう。
「少し過去のことだ。シュテルン村のルイーザ奥様から手紙が届いた。今、お前の手にその封筒がある。開けてみろ」
ローザは、徒手で封筒を持った格好をした。が、震え出して、開けようとしない。
「どうした。なぜ開けない」
「……恐いのです、開けられません」
【何が書かれているか、知らない! 開けろ!】
「奥様からだわ! 何の御用かしら?」
封書を開いた動作だ。
彼女の頭の中では、便箋を解いているのだろう、そして読み始める。
左手が再び震えだし、右手を口へ持って行った。
「なんと、書いてあった?」
「あぅ、うぅ……」
唇が震え、言葉が紡ぐことができないでいる。
「額を触られたら、恐くなくなる! 心を閉ざす物はなくなる……はい! 何と書いてあった?」
「……ソフィア様を王都に留学させることをお決めになった。10月になったら、こちらにお越しなるとのことで、別途送る手紙の手順で、手続きを進めること。なお、本件はラルフェウス様に決して打ち明けないことと書かれていました」
「どうするつもりだ?」
「大恩ある奥様に逆らうことはできません……」
「ラルフェウスに言わないつもりか?」
「一生掛けてお仕えするラルフェウス様に何てことを……ああ、罪深い私に何とぞ、罰をお与え下さい」
罰?
もしかして俺は、誘われた? いや昨日の件と考えるのは早計か。
「罰は、誰に与えて欲しい?」
俺か?
「誰? 今は居ないです……」
居ないのか……。ん? 今は? と言うことは俺ではないな。誰だ?
「そうか。じゃあ、その人が居る時まで戻ってみよう! 3つ数えたら戻るぞ。1、2、3、はい!
「誰に、罰を与えて欲しいのだ?」
「……おとうさん」
お父さん?
「ボースンさんか」
「ちがうの! ボースンさんは、おとうさんのなかまなの」
ローザは、勢いよく、まるで幼子のように首を横に何度も振った。
「ラーケンさん?」
「うん! そう」
ローザは、嬉しそうな顔で肯いた。
うーむ、表情と言い、動作と言い、明らかに子供の頃に戻っている。
幼児退行──
それだ!
思ったより根深い話のようだな。
「お父さん、好き?」
「うん。だいすき! ……でも、かえってこないの。さびしいの……」
ふむ。
「ローザちゃん、何歳?」
指を3本立てた。
「みっつ!」
「ふーん、みっつなんだ」
アリーが生まれる前、もちろん俺もだ。
「お父さんは優しいか?」
「うん! すんごくやさしいの……ときどきこわい……」
「お父さん、どう恐いの?
「ローザがねえ、わるいことすると、おしりをパンパンたたかれちゃうの!」
げっ! そうなのか。
ローザが、”おと”と言ったのは、”おとうさん”だったのか……
俺に叩かれて思い出したのか。
無論俺が生まれる前のことだ。知っているはずもない。昨日ローザを打擲したのは偶然だ。
彼女の母がアリーを叱っていたところの記憶が強かったからだ。
そういうことだったのか!
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