91話 罪と罰
人を指導することもあるわけですが。小生、褒めるより叱る方が苦手ですねえ。せめて怒ることのないようにはしているんですが。
昨日の上機嫌さとは打って変わって帰りたくないと眼を真っ赤に泣き腫らした妹は、おふくろと駅馬車に乗って帰って行った。
兄も悲しくもないこともないが、数ヶ月したら会うしな。
ああ、そう言えば叔父も乗っていたな。
見送り終わって、館に帰ってきた。
一緒に東門へ行ったローザと、執務室に入る。
「ローザ! ご苦労だった」
「いえ……」
顔が強張っている。
「おふくろも、ローザは良くやってくれていると褒めていたぞ!」
「はあ……」
言葉少なだ。
「俺としても、日頃の働きぶりに加え、今回のことも感謝に堪えないが……」
ビクッと震えた。
それはそれだ。
ソフィーの転入の件。シュテルン村からだけでは手続きは済まない。1ヶ月以上前から、ローザはおふくろに命じられて、動いていたはずだ。
彼女の精神状態が、ややおかしくなっていた時期と合致する。
罪悪感に苛まれていたのか──
……仕方ない。楽にしてやろう。
「ローザは、俺を裏切ったな」
「もっ、申し訳ありません……」
信賞必罰。
それを行うは難い、特に罰するのは。
「それで、おふくろに頼まれたら、俺に黙ってまた何かするのか?」
昨夜、ソフィーが寝てから、おふくろにはローザに無理を言うな、何か頼むときは俺を通せと釘を刺したが。
「……そっ、それは……」
板挟みになったローザの苦境も分かる。
だから赦す水に流す……これまでならそうしていただろう。しかし、それでは真に赦したことにならない。
仕事上の失敗とは違うからな。
罰するべき時に罰しないのは、罰せられるべき者も罰するべき者にも禍根を残す。
「そうだな。断り切れないよな」
俯いたままだ。
「だから、迂闊な要求をされないようしてやろう」
ローザは、不安そうに眼を何度か瞬かせた。
俺は、自分の膝を叩く。
「ここに来て、俺の膝の上に俯せになれ!」
「えっ!」
「罰を与える! 早く!」
「はっ、はい」
怖ず怖ずと、右脚側から被さってきた。
大いなる丘陵の裾野が左太股に当たる。
「えっ、ラルフェウス様」
足首まであるスカートをたくし上げたので、慌ててジタバタする。
「大人しくしろ!」
「はぃ」
「行くぞ!」
手を振り上げ、臀部に叩きつけた。
小気味の良い打撃音が、執務室に響き渡る。
「ヒィッッッッッッ!」
ローザは衝撃に鳴いてぐいっと背筋を反らせる。
思い出した──
アリーがマルタさんに叩かれていた光景。
この薄衣の下。
手の跡が紅くなってるだろうなあ。
肌を見ながら叩いた方が、状況を掴みやすくて良いのだが、この下着まで捲ると丸見えになる。
「もう一発!」
「アッ、ァァァ……ハッッァアア」
何か艶めかしい。堪えるために、小刻みに腰が振るえている。
「ああ……お赦し下さい……おと……」
おと?
語尾が聞こえなかった。
見上げた真っ赤な顔、両目の端に涙が滲んでいる。
効いているようだ……。
「なっ、なっ、何やってるのよ!」
扉が開かれ、アリーが踏み込んできた。
気配を消して、中を窺っていたようだ。
【邪魔するな!】
「えっ!」
キッと睨むと、停まって固まった。
「最後だぁあ」
「ヒィィィ…………ウゥゥム」
「立て!」
ローザは、荒い息を吐いて立ち上がった。
顔が上気し切って、長い髪が少し乱れている。見たことない表情だ。
「これで赦してやる。俺に打擲されたことを、おふくろに手紙に書け」
「はっ……はい。ありがとう……ございました」
「はっ!」
アリーの強ばりが解けた。
「ちょっと、なんで……お姉ちゃんが叩かれるの? なんで、お礼言ったのよぅ? ああ、それより、回復魔術で」
「いいの、いいのよ、アリー! ラルフェウス様、失礼致します」
「うぅぅぅう、ラルちゃんの……バカァァア!」
大きな音を立てて、扉が閉まった。
†
少し動きがぎこちないローザが作ってくれた昼食を摂って、ギルドに出掛ける。
サラは朝から出掛けているし、アリーはそっぽを向いていたから俺1人で来ている。
「なんだ、今日もゆっくりだな。冬休みじゃないのか?」
ロビーで振り返ると、ギルマスが居た。
「ああ。来客がありまして」
「ふーん。1人か?」
「ええ」
「じゃあ、少し寄っていけ」
親指は上を向いている。執務室か。
「ふうーー」
秘書さんに出して貰ったお茶で温まる。
「流石に10月、寒いよなあ」
「そうでした! 所長、頼まれていた湿布が引き出しに入ってます」
「ああ、悪いな」
秘書さんも少し打ち解けたのか、俺が居ても仕事以外の話をするときもある。
湿布か……ギルマスが脚を摩ってる。
目の前に、情報枠が何枚か開きかけたが、無視して閉じる。
「んん? ああ。右膝がな。10年も前になるか……魔獣にやられてな。回復魔術でまあ治して貰ったんだが、寒くなるとどうもな……そんな話をしてる場合じゃなかった」
立ち上がると、机に行って紙を持ってきた。
「これなんだがな……」
「調査依頼?」
題目の下は、地図だ。
あれ?
王都から東方面、この前行ったばかりのエヴァトン村が描かれている。
その奥地の森林地区か。
想定所要期間、3日以上。
報酬(最低保障)、調査期間1日1人当たり1ミスト。移動費用補助あり。
ただし、討伐した魔結晶は別途買い取り可。
報酬はそれなりだな。
募集対象。上級冒険者が含まれるパーティ、もしくは過半数が中級冒険者であるパーティ。中級以上の冒険者が単独応募の場合は斡旋あり。
調査内容は、面談にて。
開始は、3日後か。
「面談にてとなっていますが」
「うむ。大雑把に言うと魔獣の調査だ!」
「はあ」
「まあ内容はあれだが、規模がな。大きいんだ」
「なるほど……しかし、なぜまた」
「うむ。今のところ、お前達が斃したヤツ並のは出ていないんだが、エヴァトン村の周辺の出現頻度が高くてな。しかも、斃して得られた魔結晶が、同じように濁っているんだ」
「濁って……」
何か有るのか?
「約100年前に魔獣発生頻度が上がったことが有ったんだが、その時も魔結晶に濁りがあったと記録が有ってな……」
それで調査か。
「つまり……今後、出現頻度が高い地区が広がっていくことを懸念していると?」
「ああ、話が早くて助かる。国も調査を始めているが、何せ人手不足だ」
「はあ」
「相変わらず、緋色連隊どころか典雅部隊も帰って来てねぇ……おっと、機密の情報だった。他言は止めてくれ。ああ……報酬は安いが、得られた魔結晶の買い取り金は別だから、それほど割りの悪い話ではない。頼めるか?」
下部はともかく、
ギルマスは少し困っている様子だ。
「森林で数日間となると、ウチのパーティは補給と言うか食事に問題があるんですがね」
「まあ新造パーティは、似たり寄ったりだが、みんな干し肉やら、硬パンやらで凌ぐんだがな」
「意思表示はいつまでに、必要なんですか?」
「3日後の昼以降、脇街道……エヴァトン村の先の宿場町パルヴァンに出張所を置く。現地に出頭してくれれば良い」
「分かりました」
「うぅむ……」
「なんですか?」
「うん、まあどうでも良いことだが、今回は東支部ではなく、西支部が仕切ることになってる。まあ、その辺は弁えてくれ」
なんで西担当なんだ?
「わかりました……ですが、エヴァトン村の方角は、王都から見て東ですよね? どうして西支部なんですか?」
ギルマスは、やや顔を顰めた。
あれ? なんか、悪いこと聞いたか?
「うーん。さっきも言ったが、応募してくれそうな冒険者が不足してる。それに最近ウチばかり派手な成果を出して居るからな」
「へえぇ」
「へえ……じゃねえ。ったく。まあいい、とにかく参加してくれ。頼むぞ」
どうやら、俺の所為らしい。
「はあ。調整してみます」
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
訂正履歴
2018/07/14 脱字(Knight2Kさん,ありがとうございます)
2021/08/23 誤字訂正(ID:800577さん ありがとうございます)
2022/01/29 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)




