89話 お気に召さない
小生、自由気ままに生きてきたつもりなんですが。
思い返すと人生の節目って、回りが固めたり、切っ掛け作ったりすることが意外と多いなあと。
当たり前と言えば当たり前ですけど、多いなあ親……ありがたくもあり。
おふくろが我が館に着いて1日経った。
ローザの準備が行き届いていて、大過なく過ごして貰っている。
彼女も2週間前はなんか疲れたというか落ち着かない感じだったが、大丈夫なような気がする。
ひとつ揉めたのは、眠る段になってソフィーが、『お兄ちゃんと一緒に寝る』と言って聞かなかったことだ。
おふくろの部屋の隣に、ソフィーの部屋を用意してあったのだが。結構執拗に強請られた。
まあ、ソフィーが4歳ぐらいまでは、そうしてやったこともあるし。俺が寝てるベッドは、無駄に大きいからな。いいでしょ、いいでしょと抱き付いて来る。上目遣いの余りのかわいさに、心が揺らいできた頃。
何バカなこと言っているの! そういうことを言うなら! そう、おふくろが一喝したら、なぜかあっさり思い留まった。
そういうことを言うなら……どうするというつもりだったのか? 余程ソフィーには看過し得ない交換条件なのだろう。少し気にはなったが、それほど重要なことでもないだろうと、この時は思っていた。
館を出て、足取り重く目的地へ向かう。冬ではあるが、降り注ぐ陽光で暖かい。
11時30分。申し合わせ通りの時間だ。
ダンケルク家の御館の門で、マーサさんに出迎えられた。
「いらっしゃいませ。ラングレン様」
他人の家を食事時に訪問するのは憚られるが、その時間に招かれれば致し方ない。本当に致し方ない。
庭を突っ切って館に入る。
おふくろさんは、喜色満面であれこれ調度を見ながら、マーサさんの案内に随っている。
来ているのは、その3人だ。今頃はアリーとサラで、ソフィーをどこかに連れ出しているはずだ。
おやっ?
思わずローザと顔を見合わせた。これまで案内されてきた、部屋を通り過ぎたからだ。 2つ扉を進み。
「こちらで、奥様がお待ちです」
開けてもらって、中に入る。
ほう。
壁の設えと言い、絨毯の感触と言い、魔石照明のクリスタルの細工もそうだ。この部屋の方が一段格調が高い。
そうか。この部屋こそ応接室であり、いつも通されている部屋は、この館では談話室扱いなのだろう。まだ格上の部屋があるかも知れないが……。
「ようこそ。ラングレン殿」
「これは、子爵夫人様。初めましてラルフェウスの母のルイーザ・ラングレンでございます」
「ドロテアです、まあ……」
おふくろと俺の顔を何度か見比べている。
「……よく似てらっしゃるわぁ。どうぞお掛けになって」
そうかなあ。親父を見たら見解が変わると思うけど。
おふくろと俺はソファに座る。
「本当に……お口と顎などそっくりだわ」
そう言われると……それで女装と……。
「はぁ……ああ、ラルフェウスには、もったいなくも御館をお貸し戴き、いつも目に掛けて下さっているとのこと。ありがとうございます」
「いえいえ。ちゃんと賃料を頂いているのですから、御礼を申すべきはこちらの方ですわ」
ふうむ。夫人は機嫌が良いように見えるな。
「まあ、かたい話はこれまでとして、ラルフさんの親御さんに会うことがあれば、訊きたいことがありました」
「なっ、なんでございましょう」
「こんな素晴らしいお子さんを、どうやって育てたか、是非ご教授願いたいと……」
「ああいえ……」
いや、おふくろ。10割外交辞令だから……真に受けないでくれ。
マーサさんが、お茶を持ってきてくれたが、それに手も付けず、夫人とおふくろが喋り続ける。茶葉が高級なこともあって結構おいしいのになあ。
「それで、一目見て、ラルフさんを気に入りまして。ちょうど一族に年齢が近い者が居りましてね……」
来たか!
「はあ」
「マーサさん」
「はい、奥様」
予め示し合わせていたのだろう、マーサさんは部屋を辞して行った。
「私の姪なのですが、親御さんにも引き合わせたいと思いましてね、今日は待たせておりますの」
「そうなんですね」
眼が泳いでるなあ……。
うーむ。おふくろ、このことは予見していたはずだし、この動揺っ振りは演技だな。
「失礼致します」
会釈して件の人が入ってきた。
俺は立ち上がって迎える。
「ディアナ・トルーエンと申します。よろしくお願い致します」
「こんにちは、母のルイーザです」
「我が分家、トルーエン家の長女です」
「ご長女……」
長々と俺の幼い頃の話が盛り上がり、12時を過ぎてからマーサさんが2回促して、ようやく昼食となった。
2時頃、館へ戻ってきた。
着替えてから、おふくろにまた話がありますと言われ、応接室で向かい合った。
ローザにお茶を運んで貰い下がっていった後、おふくろが切り出した。
「ふふふ……」
ん?
嬉しそうに笑っている。
「なんですか?」
「いえ。ラルフの困った顔が久しぶりに見られて、楽しかったわ」
どんな母親だよ!
「さて、私が王都にやって来た理由は縁談とは言いましたが、その趣旨はラルフ! あなたの被害者である、可愛そうなお嬢さんをこれ以上増やさないようにするためよ!」
「俺の被害者?」
「そうよ!」
おふくろから、さっきまでの笑みは消えている。
「いやいや! 俺が何したって言うんだ?」
「自覚ないわよね」
「なっ!」
「しかし、来てみれば、やっぱり間に合わなかったわ! ディアナさんも……」
「いや、彼女には何もしてないって! 縁談だって……」
「はっきり断った?」
「いっ、いいや、断っては居ないけど」
「そう、ラルフが悪いところは、はっきりしないことよ!」
「はっきりするも何も」
そもそも恋愛に発展してないぞ。
「じゃあ、訊くけど。ディアナさんと結婚する気あるの? 無いでしょ!」
おふくろ。何てこと訊くんだ。
「そりゃあ……ないけどさ! 今は」
「今は? あははは、よく言うわ! そんなこと微塵も思ったことない癖に」
何が言いたいんだ! だんだん腹が立ってきた。
「ソフィア、プリシラちゃん、バネッサちゃん、アリーちゃん、そして、ローザちゃん。私が知ってるだけでも、7人の被害者。まあ、バネッサちゃんは、お嫁に行ったから除いても良いかもしれないけどね。ああでも、サラちゃんは気を付けた方が良いわね」
「おふくろさあ」
「かわいそうよね、プリシラちゃんも、ソフィアも、その気にさせるだけさせて、あっちに置き去りだし」
むう。確かにプリシラちゃんからは、何度か手紙が来てるけど。
「いや、置き去りって。別に……何か約束したわけでもないし、好きだとか言ったこともないし。ソフィーには言ったような気もするけど、それも兄としてだし。大体ソフィー入れるのおかしいだろう!」
「じゃあ、勝手にその気になった女の子が悪いと言うのね!」
「いやあ……わからない」
「ああ、もちろん母の欲目かも知れないけど、あの子達も悪いわね」
はっ?
「恋愛事では詐欺でもなければ、一方的にどっちかが悪いってことはないわ! けどね、累積すれば、あなたの責任が重くなっていくって分かるわよね! それに、このまま放置すれば、これからもどんどん被害者は増えるとしか思えない」
むう。
「釈然としない顔ね。ラルフは、回りの女達に気を持たせるのにもかかわらず、決断をしないわ。誰も傷つけないようにしているつもりかも知れないけれど、それは結局全員を傷付けることになるのよ! なんとかしなさい!」
「なんとかって?!」
「決めれば良いのです。ラルフが自分の伴侶を!」
「決めると言っても、相手があることだから」
「そうよね。ローザさんは、すごく厳しいわよね。ラルフ以外なら」
「なっ! ローザって」
「あんたね、分かってないとでも思ってるの?」
「うううむ。でもローザの方は」
「ラルフが何に引っかかって居るか知らないけど。あんな綺麗な子が、19歳まで一人で居るって、なぜか分からないの? それにラルフは切り札を持って居るのだから。使える物は、全部使いなさい。それは卑怯でも何でもないわ」
だが……。
「それと、私は貴族に取り入って立身するなんて大嫌いだからね。憶えておきなさい」
おふくろの視線が、窓に動いた。
「帰って来たようね」
窓の外に、玄関へ向かうソフィーの後ろ姿が見えた。
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訂正履歴
2021/04/14 誤字訂正(ID:668038さん ありがとうございます)




