8話 初めての呪文
今日の投稿2つめです。
では改めて。
えーと。魔術入門……魔術入門。
本棚は天井まであって、びっしりと本が詰まっている。まずはローザ姉の手が届く、下から3段目位の範囲を捜してみるが無い。
ないなぁ。
少し焦りつつ、もう少し上を捜すと……。
あった! あれだ。
でも僕の背丈では届かない。何か台になる物は……この梯子か。接地部分に車輪が付いているから、僕でも動かせた。
サクサクッと登って、本に手を掛ける。重い!……3ダパルダ(約2kg)位の重さがある。無理だな、抱えて降りるのは。どうするかな……。
あれだ!
僕は一旦ハシゴを降りて、ソファに敷いてあったクッションを……この辺で良いかな。
ハシゴの袂に持っていく。再びハシゴに登って、
そぅれっと。本をズリ落とした。
バッス、ドッドドン。
狙い違わず、本はクッションに命中したが、勢い余って跳ね、軽く床に激突した。まあいいか。大した音もしなかったから、マルタさんも気が付かなかっただろう。僕はハシゴを降りて、そのままクッションに座る。胡座をかいて、足の間に本の背表紙を挟む。
よしよし。これが読みたかったんだよね。
この間読んだところは飛ばして。
魔術は、先人が切り拓いた至高の知恵である! かっ……格好いいなあ。
魔術を発動せんと欲する者は、呪文を詠唱し、魔力を言霊に預けよ。無論脳裏で考えるのみでも、発動は不可能ではないが、それができるのは上級者のみと知れ。
なるほど。それで肝心の……呪文、呪文、あれっ? 呪文は?
無い!
敬虔に神に祈るようにとか、心掛けが沢山書かれているが、肝心な呪文が書いてない。
おいおいと思いながら、どんどんめくっていくと。変なページにぶち当たった。
このページだけ、他より紙が厚い。っていうか紙じゃなくて、何かの動物の革だ。
しかも……。
中央に、おどろおどろしい字体で書かれてある文章は。
この先を読まんと欲する者は、精進潔斎の上、懸命なる覚悟を持って開くこと!
何だ、この脅し文句。入門だろ? こんなのでビビるる訳ないって!
「ううぅぅん!」
驚いて振り向くと、アリーが小さく唸りながら寝返りを打った。
ふうぅぅぅ。
脅かすなよ。
結構ビビったが、それで思い留まったりはしない。勢い良くページをめくる。
その瞬間、後ろ向きに身を捻ってみたが、特段何も起こらなかった。
「まあ、起こるわけないけどね」
誰に言っているんだ?
初級編……ね。はいはい。
この通り唱えよ。
おおぅ!
あった!
あったよ、呪文!
ਖਨਗਏਡਕਛ ਠਛਞਗਙ ……
何だ、これ……。
大体文字なのか? それとも記号?
でも、眺めてると、なんだか懐かしい気持ちがする。
見たことがあるはずがないのに、あるような。何か引っかかっている感じだ。
これが呪文なのか……。
ਖਨਗਏਡਕਛ ਠਛਞਗਙ ਅਮਅਡਢ ਠਏਚਕਠਤਧਟਘਙ ………
唱えろって言っても、これじゃあ、唱えようが……ん?
よく見ると、変な文字の羅列の上に、見慣れた極々小さいエスパルダ文字が並んでいる。
なぁんだ! 脅かさないでよ!
えーと。
「ドゥッガ デムス……」
……なんなの、これは。
発音はわかったけど……意味が分からない。
まあいい。とにかく、この通り唱えよと書いてある。
その通りにしてみよう。たかだか数行だ。
「ドゥッガ デムス アマダー クメーリュ………サチュルテスト ルーメン」
唱え終わった。
えーーと…………何にも起きない。
ちぇ!
そりゃそうか。
修行もしていないのに、そんな簡単に魔術が使える訳なんかないよな。
絵本に出て来る大魔術師だって、お爺さんばっかりだもの。
でも、なんだか、できるような気がしてたんだけどなあ。
がっくりときて、首が垂れる。でっかい本の下の方が見えた
あれ?
なんだ?
この本、左の方が微かに光ってないか?
表紙だ。
そのページに右手を挟んだまま、左手でドサッと──おおぅ!!
本は光っていなかった。
光っていたのは僕の指だ。左の人差し指が、ぼうと光っていた。
おおぉぉう、スゲー!
指を色んな方向から見てみる。
うーーむ。大して明るくない。これでちゃんと魔術ができているの?
右手でページを戻し、呪文の下を読む。
この呪文は、左手を光らせる初歩的魔術であるが、入門者は光らなくともおかしくはない。できたとしても、さほど誰でも最初から魔術を使えるはずはない。光らせるには、信じて、何度も唱えることが肝腎である。使いこなせば、洞窟の探検などで、術者を大いに助けるだろう。先ずは1ヶ月は続けてみよ、か。
いや、光ったけど……洞窟を照らせるかなあ?
それとも、本当はもっと光るのか? この魔術。呪文に目が行く。
その時──
ਲਉਮਏਙ……ルーメン……輝き……変な文字の羅列が、意味を成して頭に浮かんだ
【光輝!!】
うわっ!!
「眼がぁ、眼がぁぁぁ……」
指が、僕の指が──
眼も眩むほどに輝いた。
目を閉じても、瞼の外から光が押し寄せて来る。まるで、そこに小さな太陽が生まれたようだ。
マズイ! マズイ! マズイ!
とにかく止めなきゃ。
止まれ! 止まれ!
うぁぁ、止め方が判らない。
慌てて、手を振ってみる……変化無し。
やばいよ、やばいよ!
どうしよ、どうしよ。
お袋さんの言うことを聞かなかった罰なのか!
待てよ。
左手は……特に痛くもないし、右手で押さえてみても、熱いわけでもないな。
落ち着け、落ち着け、僕!
深呼吸、深呼吸。
とにかく、問題なのは眩しいことだけだ。
それ以外は……大丈夫だ。
じゃあ、まずは眩しいのを何とかしよう。
そうしないと目も開かない
あっ! そうか。
左腕を、背中に持って行く。
はあ……暗くなった。目が開けられない程ではなくなった。
しばらく待っていたら、麻痺していた網膜も回復してきた。
思い切って眼を開ける。
おおぉう。
まずは良かった。取りあえず。落ち着いた。
しかし、混乱して居るとそんな簡単なことに気が付かない。肝に銘じておかないと。
でも、まだ左手が光ってる……目の前の本棚に僕の影がくっきりできているし。
「うぅぅぅ」
やばい。アリーの目が覚めかけてる。眩しいようだ。あっちに手が向いてるし。
僕は本を右手で掴み、足を床に突いて、ぐりっとクッションごと回転した。
よしよし、アリーの顔に僕の影が掛かった。これで時間稼ぎできる。
落ち着け。流石に魔術の止め方ぐらい、本に書いてあるだろう。
呪文の行の下を読んでいく。
「あった!」
【解除:光輝】
おっ、本棚に掛かっていた影がなくなって、部屋がカーテン越しに差し込む、午前中の明るさに戻った。
恐々、背中に回した左手を前に……はあ、良かった。光ってない。
「はぁぁぁーーーー」
なんだか少し疲れたな。
それはともかく。この呪文の最後。ルーメン、光輝って意味が判った。光り輝けってことだ。
何で分かるんだ?
魔術入門の呪文を慎重に見直してみた。
「なんだ、これ!!」
※1
ダパルダ:ミストリア付近の諸国で通用している重量単位。
1ダパルダは,1000立法リンチ(1リーリンチ)の水の重さ。
1ダパルダ=1000パルダ。
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訂正履歴
2018/01/20 重量の単位(設定)を修正