87話 おふくろ襲来!
いやあ、実家から出て住んでるところに、親が訪ねて来るってのは……辛い思い出しかないですねえ(遠い目)
翌日の朝。
大聖堂の鐘が鳴ってから15分ほど過ぎたが、駅馬車は見えて来ない。時刻通り着く方が珍しい。前後30分は定刻到着とされている。
それはともかく、俺が来たときは、この街道を来たよな。
王都東門外の広場の片隅に居る。ローザと一緒に出迎えだ。
通行人の大半は、こちらをちらちら眺めて通っていく。
ローザは、恐ろしく美女だからなあ、仕方ない……と思っていたのだが。どうして俺を見ていくんだ……。今日はローブ姿でもない男子の軽装だ。体型も顔も見えてる。
「良家の女子が城外へ外出するときは、基本男装ですから」
「そうなのか?」
つまり、俺を男装女子と思っているのか?
「って、なんで分かった?」
「それは、誰か通る度に、眉が動いて、さぞかしご不快なのだろうと。でも髪を短くされるのは却下です」
「どうしてだ!」
「今の長さが美しいからです!」
断言しやがった!
「そんなことはない。そもそも男が美しくてもさして意味はないだろう」
「いいえ、重要です! それと、女が曝されている不快さもご理解戴けますれば……」
「ちょっと待て!」
振り返って、街道の先を見る。変化がないが……感知魔術に反応があった。
蹄の2拍子と車輪の軋りが聞こえてきた。
芦毛と青鹿毛の2頭立てが見えてきた。
みるみる大きくなり、5分足らずで目の前に停まった。
馬車の扉が開くと、何かが飛び出した。
「お兄ちゃぁあぁん!!」
がっちり受け止める。
「ソフィーー」
首っ玉が結構な力で締め付けられているんだけど……7歳児恐るべし。
「ソフィー、ちょっと離れて、可愛い顔を見せておくれ!」
おお、少し嫌われたかと思ったけど、思い過ごしだったようだ。
「許してくれるって言ったら離すぅ」
「何をだ?」
「お兄ちゃんとお別れするのが嫌で、お見送りしなかったこと!」
「ああ、そうか。俺もソフィーにちゃんと言ってなかったからな。最初から怒ってないぞ、俺も許してくれ」
「ああん。お兄ちゃん」
「ソフィー」
「ソフィア。もっとお淑やかにしないと駄目でしょう! リノンさん、荷物お願いよ」
あっ、おふくろさんが降りてきた。で、リノン……叔父さん?
「ソフィー。ちょっと降りてくれ」
「あぁん」
平板な声で頼むと、やっと放してくれた。
「おふくろ、久しぶり!」
「あら? 母には抱擁はないの?」
「はあ……」
いや、家出てから3ヶ月しか経ってないし。感動な対面をするには短すぎる。
「奥様、ご無沙汰しております」
「まあ、ローザさん。一段と綺麗になって」
うんうん。
「ああ、ラルフ君、悪いがこれ持ってくれるか」
「ああ、済みません」
馬車から、デカい鞄を降ろすのを手伝う。
「ふう。ありがとう」
「お久しぶりです。リノン叔父さん」
片足を引いて礼をする。
おふくろの一番下の弟だ。
「やあ、ラルフ君。随分立派になったな。前に会ったのは、まだ基礎学校の頃だから……」
「3年ちょっと前です」
「そうかあ。そうだ、修学院に入学したんだって? やっぱり子供の頃から賢かったからなあ」
「いえいえ。あれ? まさか。おふくろに無理矢理連れてこられたんですか?」
「ああ、いやあ。女2人で旅行は物騒だしね。それもあるけど。この近くにベステックって町があってね。そこで丁度発掘会があるんだ」
そう、この叔父さんは、考古学者をやっている。
「それから、ターセルって町も行ってみたいが」
げっ!
「凄い発見があったって聞いた。が、今は人が一杯らしいから……またにするけど。ああ、ラルフ君。ベステックへ行く駅馬車の乗り場を知ってるかな?」
ベステックって町自体を知らない。
東門前から出てるなら、客車の上の表示板に行き先だけでなく経由の場所も書いてあるから、見たことあるはずだが。
「いや、聞いたことないですけど。このまま行かれるんですか?」
この叔父の王都滞在申請は出してない。
「ああ、城内に入ると時間が掛かるしな。11時15分発なんだ」
「むう。あと45分位しかないですね」
手続きしてると、食事してる暇がないな。
「では、乗り場を聞いて来ます。ああローザ、おふくろと列に並んでいてくれ」
「畏まりました」
御者の休憩所に向かうと、数人が屯って、茶か何か飲んでいた。
「ああ、すみません。ベステックって町に行きたい人が居るんですが」
「へえ、旦那。ベステック……ですかい?」
首を捻った。俺の出で立ちを見て、貴族と察したのだろう。
別の年配の男が、カップを置いた。
「あっしゃあ……ここ長いんで、大体の路線に乗ってますが……多分東門前からは出てませんぜ」
「じゃあ、西門の方かな?」
王都の駅馬車は、ここ東門前広場か、城壁をぐるっと回り込んだ西門前広場を発着する。
「うーむ、西門の方は、別の元締めが仕切ってるので、詳しくはないですが」
「そうだ! この壁の裏側に、王都周辺の駅馬車路線図がありますぜ」
「ありがとう。見てみます」
小走りで外に回る。
有った、これか。単純な線図だが、西門から停まる場所が多すぎる。
全体を見るために、2歩下がって見つめ。眼を閉じる。
路線図上に色が宿る。
有った!
「旦那ぁ、どうです?」
心配したのか、御者の1人が見に来てくれた。
「ああ、見付けました」
「そうですか、驚いたなぁ。もう見つかりやしたか。ご一緒に探そうと思って来てみたんですが」
「ザルベス伯爵領へ向かう路線の途中、ここにベステックって書いてあります」
「確かに。旦那、こりゃ、西門発ですぜ。そちらに向かわれるなら。もうすぐ周回馬車が出ますぜ!」
「ありがとう! 助かったよ。これを」
1シリング銀貨を渡す。
「こりゃ、どうも!」
「叔父さん」
「ああ、ラルフ君どうだった?」
「わかりました。東門ではなく西門前から出発でした」
「西門……そうなんだ」
「で、そこへ回り込む周回馬車が、ああ、あれです。もうすぐ出るそうですが、30分ちょっとかかるんで、乗って下さい」
「そうか。乗るよ」
「じゃあ、これ持って行って下さい。軽食とお茶が入っています」
「ああ、悪いねえ。でも、さっき、この籠を持ってったけ?」
ピーっと笛が鳴った。
「ああ、もう出るみたいです」
「ラルフ君、ありがとうね。じゃあ、姉さんによろしく。3日後の昼に、またここでと」
叔父さんが駆け寄り、乗った直後に、周回馬車が出て行った。
†
着いた。
入城審査は30分程で終わった。辻馬車に乗りましょうと言ったら、おふくろに睨まれたので歩いてきた。まあ重たい荷物は入城してから、魔収納に入れたから大したことないけど。
おふくろは、何度か観光で王都には来たことが有るようで平静だったが、ソフィーは感動しきりだった。
敷地に入る。
「まあ、随分立派なお館ねえ」
おふくろさんと、ソフィーは館を見上げてる。
「ええ、子爵様の別邸を借りまして」
「ふーん。そうなの?」
「うわぁ……お兄ちゃん、ここに住んでるの?」
「そうだよ」
「すぐ入りたい!」
「いいぞ!」
中にはアリーが待ち構えていた。
「アリーお姉ちゃん。こんにちは! 後でね!」
ソフィーは、その横を擦り抜けていった。俺も続く。
玄関ホールの天井を見上げた。
「お兄ちゃん、教会みたいなところに住んでるのね!」
そう言うと、またぎゅっと抱き付かれた。
後ろで、アリーはおふくろに挨拶してる。
「ソフィーねぇ、お兄ちゃんの部屋が見たいの」
「ああ部屋か。その階段を昇って、あそこを回り込んで。ほら、あの右の扉の奥が俺の寝室だよ!」
「見に行っても良い?」
「いいよ!」
「わーーい。行って来る」
ソフィーが駆け出した。階段に向かう。
「すぐ、お昼にするぞ!」
「はーーい!」
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訂正履歴
2021/07/31 誤字訂正(ID:209927さん ありがとうございます)
2021/08/23 定刻到着の定義の単位誤りを訂正:時間→分(ID:800577さん ありがとうございます)
2022/09/24 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)




