84話 闘い済んで日が暮れて
思えば、スーパヒーローと敵の戦いって傍迷惑ですよね。
そりゃあ、敵は斃して欲しいけど、できればビルとか家とか壊すなよとか、ガスタンク爆発させるなよーとか。正直敵を斃しても喜べないよなあ。まあ架空のは良いけれど、ウチの田んぼで合戦するなよーとか、うわー屍体放置しないでくれよーってことは、戦国時代はあったろうなあ……
巨甲蝦が蠢いていたはずの地面で、追い抜かしていったセレナが、四肢を踏ん張って待っている。
その足下には、魔結晶が落ちていた。
「良くやってくれた!」
頭を撫でてやるとグルグルと喉を鳴らす。
しかし。
ううっう……。反射で腹を押さえ、身体を折る。
魔術、深瞑のもうひとつの副作用が、これだ! 猛烈な嘔吐感がしばらくするとやってくる。
【治癒!!】
予期していたので、すぐさま発動する。
うっ……ふう。一息吐いた。
回復系魔術。アリーは得意だが、俺は苦手だ。
例外はある。俺自身には、よく効く。何かに攻撃されれば、独りでに発動されるしな。しかし、他人には効き難い。俺には聖属性が足らないようだ。
「ワッァフ!」
セレナが心配そうな目をするので、再び頭を撫でる。
ああ、大丈夫だとも。
さて魔結晶を格納しよう。
結構重そうだ、両腕を伸ばして持ち上げる。やはり、15ダパルダ(11kg)ぐらいある。空の残光に透かすと、魔獣の外殻の色と同じ黒曜石のような色。だが。
「ふむ、なんだか少し濁ってるな」
これまで見たことがない感じだ。よく分からないが。魔収納へ入庫する。
昏いな……。
西を向くと先程まで主光源としての座を奪われていた太陽は、既に山の向こうに逃げていた。だが、まだ夕焼けが空を染めていて、駆け寄る仲間の顔は認知できる。
他の仲間も駆け付けてきた。
「ラルちゃん、どうしたの? 大丈夫? 気分悪いの? それとも火傷? けっこう後ろに居たのに、熱かったもの。とっ、とにかく治癒魔術を!」
オロオロするな、アリー!
「ああ、だい……いや。ありがとう。なんともない」
「……そう! はあぁぁ、よかった!」
血相が変わっていたアリーの相貌に、余裕が戻ってくる。
「ラルフ様の頭……環が」
誰彼時──薄暗闇だったな。
サラが驚いて見ている。
ふうーー。
深く息を吐き、額の奥に意識を集める。強力な魔術を使うと、頭上の光輪の輝度が上がってしまう。まだまだ未熟だな。
「消えた……」
サラは俺の頭上を見ている。
アリーに依れば、完全には消えず普段でもぼんやり明るいそうだ。
「ああ、ラルちゃんはね……」
「天使様なのですね!」
「え?」
「ああ、いや。ただの特異体質だ」
「そう、そう。少しばっかり、いや、相当かな? 光神様に愛されている特異体質!」
「流石は、師匠が崇拝される御方! 恐ろしく強い魔術師というだけではありませんね」
「師匠……ねえ」
「俺のことは、追々話をするとして……依頼を終わらせるとしよう」
「戻る? ああ……村落まで2ダーデンもあるのか、馬車引き返して来ないかなあ。来ないよな。そだっ! セレナ乗せてよ!」
「ワッフ!」
「だめぇぇ」
鳴き声を聞き分けたわけではなく、首を横に振ったのを見て判断したらしい。
「で。あれどうするの?」
前方に立ち尽くす人影があった。
「俺が解除すると悟られる……」
「アリーちゃんに任せて」
記者に近付いて、すれ違う。
「ちょっと、あなた達! えっ? 待ってよ! ……あれ? 脚が動く。現場へって動かないし」
「どしたの? なんで道の真ん中で踊ってるの?」
「踊ってなんか居ません!」
「おうおう、恐い恐い」
「すみません。信じられないと思いますが。私、こっちには歩けるのに、あっちには行けないんです!」
「ああぁ。さっきの魔獣の気に当てられたのね」
「気?」
「ああ、偶にあるのよ。毒と同じ状態異常だから、治して上げるわ! 無料で」
「えっ?」
【治癒!!】
アリーの掌から、零れ落ちる金色の微粒子が薄闇に映える。
【解除:催眠!】
アリーが、キッとこちらを睨むが、女性記者に向き直る。
「はい、終わり! ほらっ! 歩いてみて」
「はっ、はあ……」
恐る恐る足を持ち上げ、一歩二歩と進んだ。
「あっ、歩けます。ありがとうございます。巫女様!」
「うん。じゃあねえ」
村へと脇街道を歩き出す。
「ちょっと,置いてかないで下さい!」
†
20分掛かって、村落へ帰ってきた。記者も一緒だ。
手に手に松明を持った、人々が辻に集まっている。
夕焼けも消え、とっぷりと暗くなった辺りで、照明魔術の灯りに気が付いたのか、人垣が身構える。
「我々は、冒険者だ! 村長のテクサン殿は」
「村長ぅぉお!!」
野太い男の声が響くと、人々の奥から、小柄な男が出て来た。
「これは、ラングレン様。……おっ、お帰りなさいませ」
ちっ!
記者が後ろで、ラングレンと復唱しながら手帳に書き込んでいる。
「魔獣、巨甲蝦は斃した
「まっ、真にございますか? まだ一時間と経っておりませんが!?」
「これを見てくれ」
アリーを手招きして、持って居た魔導鞄へ手を突っ込むと、魔収納から取り出す。
「魔獣の魔結晶だ!」
松明の明かりに照らされて、黒曜色に輝く。
おおおおと響めきが起きた。
時折、でけーとかすげーとかの声も混じる。
「疑うわけではございませんが、俄には……」
信じられないのも無理はないか。
「ああ、私も遠目ですけど、斃したところは、この目ではっきり見ました!」
「あなたは、どなたで? 冒険者様ではなさそうですが……」
「はい、違います。申し遅れました。私は、スパイラス新報の記者で、カタリナと申します」
カタリナ、人族、22歳……感知魔術はこの辺にしておこう。他人の内情を見ても余り良いことはない。
「分かりました。魔獣は確かに討たれたようでございます。大変ありがとうございました」
ありがとうございます、ありがとうございますと感謝の辞を受ける。
が、余り心がこもっているようには感じられない。
「そっ、それで、なにやら東の空に大きな火柱が上がっておりましたが。大事ございませんか?」
我々のこと……よりは、この村の財物のことを言っているのだろう。
火を使って斃した、えらいことになったと不安がっている。
「あなた方が懸念している、貯木場は燃えては居ない」
あの魔獣が食い散らかした分は、責任持てないが。
「はっ、はあ……」
「心配ならば、その目で見てくると良かろう」
村人は、顔を見合わせると、俺達の馬車を取って返してくれた男が、走って行った。村の馬に乗って、走って行く。襲歩だ。
「それで、冒険者様方は、これから如何されまするか? お要り用とあれば我が家で……」
灯りを点けたセレナに先導させれば、夜道も往けるが……。
「悪いが、そうさせてもらえるか」
皆疲れているだろうしな。おふくろさん達の対応も、馬車の借り受け期限も明日帰れば問題ない。
「では、参りましょう」
†
「ううぅ。さぶっ!」
母屋から出て、井戸場で水を汲み顔を洗う。
生活魔術でも十分綺麗にできるが、流石に爽やかさが違う。
「おはようございます」
「ああ、おはよう!」
当然ながらサラだ!
振り返ると、薄着というか肌着しか身に着けていない上体から、走り終わった馬のように、もうもうと湯気を上げている。日課にしている、朝稽古をやっていたのだろう。
見事すぎる起伏が露わで、目のやり場に困る。
屋敷の周りは、納屋や蔵が長屋となって囲っている。周囲の目は気にならなかったのだろう。
「あの……」
「ん?」
「ああ、いえ。アリーさんは?」
何か誤魔化したな。
「ああ、セレナに包まってまだ寝てる」
「そっ、そうですか……」
「昨夜は随分遅くまで飲んでいたようだが」
「えっ、ええ」
結局、貯木場の材木が焼けておらず、半分強は残っており、念のため魔獣が本当に居ないか、見回って帰って来た者が知らせ、村長の屋敷で酒盛りが始まった。
幸いにも人家への被害は、ほんの軽微で済んだことが幸いだった。
ようやく、真の感謝が示されて、歓待を受けたというわけだ。
俺も飲んだが、真夜中には寝た。その少し前に魔導鞄から、ダンケルク夫人から貰ったワインを出して再び飲み始めたようだ。俺が寝る頃には村の者も大半が潰れていたが数人と、アリーとサラは残っていた。そう言えば、一度起こされた。2時過ぎに、酔ったと言って俺のすぐ横に寝そべっていた、セレナに抱き付いていたが。
ん?
決心したように、サラは眦を上げた。
「ラルフ様。昨日お願いした件。一手、ご教授願いますか?」
「いいだろう」
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訂正履歴
2022/07/09 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2022/10/07 誤字訂正(ID:1119008さん ありがとうございます)




