83話 黄昏の決闘!
執筆が調子よかったので、投稿します。
本文にも書きましたけど。記憶って如何に思い出すかが、肝なんですよね。
クイズや問題の解答を見て、ああ……そうだったって、思うってことは一応憶えては居るんですよね。
2ダーデン余り(約2km)進むと、敵の姿が見えてきた。脇街道の側だ。
葡萄のような黒褐色の巨大な節足動物が見えた。
なんだ、あれは!
そう疑問を思い浮かべると。
────巨甲蝦
目の前に、半透明の四辺枠が見えた。
古代エルフの遺産──
薬物、薬学、医学に関する情報集積体のはずだが、相当な項目が収録されているようで、結構な確率で応えてくれる。記憶とは憶えるより、如何に思い出せるかが問題だ。
遺産は理路整然と、しかも高速に思い出させてくれる。
この魔獣についても、何か関係あるのか?
椰子蟹の遠胤と推定される魔獣。巨大な鋏脚を持つ。大量分泌される泡は強酸性であり、乾燥後精製により胃薬として使用できる。生体状態で脚を切断した場合、キチン質を抽出できる。また、魔結晶を処理した魔石では…………。
「うわぁ、なんか気持ち悪い」
御者台の俺とサラの間に、顔を突っ込んだアリーがとても嫌そうに漏らす。
「サラ、停めてくれ!」
「えぇぇ。まだ、300ヤーデン位あるよぅ」
アリーの言葉は無視されて、馬車が止まる。
俺が降りると、真っ先にセレナが後から飛び降り、俺の傍らに寄ってくる。
「サラ、御者を代わって、戻って貰え」
「はい。あっ、お願い致します」
俺の声が聞こえたのか、村人が後から御者台に上がって来た。サラは彼に手綱を渡すと、ひらりと地面に降りた。
残りのアリーと記者も、後から出て来た。
「気を付けて下せぇ。お嬢さん達!」
馬車は回頭して戻っていった。
その”達”に、俺は入っているのか……? 俺の方を向いて言っていたが。
脇街道に、4人と1頭が残される。
そう。寄ってきたアリーの横に、ちゃっかりと女性記者もいる。
どこまでも付いてくる気だな……仕方ない。親父との約束……破らせて貰うか。
【催眠!】
記者の目が大きく見開かれる!
【あなたは、後退はできても、前進はできない!!】
声なき声を聞き、記者は何度か瞬きした。
「行くぞ!」
「「おーー」」「ワフ!」
「えっ、ちょっ! あっ、あれ? 脚が、脚が動かないわ!ちょっと! なんでーー!」
絶叫が木霊するが、無視だ。
150ヤーデン前進──
敵の全体像が見えてきた。
デカい!
殻は全体的に黒いが、関節に近い部分には青みがかったところもある。それが冬の寒々とした夕焼けに、紅く照り返す様は荘厳と言える域だ。
意外にもワキワキと素早く動く脚達が、不気味さを倍増させている
森を荒らすか……今は、街道脇の貯木場に積まれた丸太を鋏脚で持ち上げては、バリバリ食い散らしている。草食? いや木食か?
「蟹……じゃないな」
「えっ、どう見ても、蟹でしょ!蟹じゃなかったら、何だって言うのよ」
「ヤドカリとかのエビの仲間だな」
「エビィ??? エビなら尻尾があるでしょうよ!」
「尻尾なら、胸の下に折り曲げている」
「そっ、そうなの?」
尻尾じゃなくて、実際は腹だが。
「触角を見てみろ」
「はあ、確かに蟹にしては長過ぎますね」
サラが気が付いた。数ヤーデンもある。
「紛らわしぃぃ!」
「では、ラルフ様。方針の説明をお願いします」
前に居たパーティではそうしていたのか?
確かに、これ以上近付くと、皆でまともに話せなくなるか……
「戦いの方針だが、ヤツをあそこから遠ざける必要がある。例の陣形で時間を稼いでくれ。後は俺がなんとかする」
「陣形、あれかぁぁぁ……」
アリーが声を落とした。あからさまに嫌そうだ。
「私は良いと思います!」
「えぇぇ。サラっちぃ!」
「リーダーは、ラルフ様です」
さっきと言い、今と言い。サラは、アリーに批判的になったなあ。
まあ、新しい崇拝対象ができたからなあ。普段、仲は良いのだが……冒険者の活動に関しては、対象に成り代わっているつもりなのだろう。
「ワフッ!」
アリーの足下に擦り寄る。
「分かったぁ、分かったよ。セレナ! ラルちゃんの言う通りやるからぁ」
さらに50ヤーデン進み陣形を整える。
横列陣形、左にセレナ、真ん中にサラ、右にアリーに並ぶ。
俺はその後ろに立つ。
「あぁあ。女ばっかり前に立たせて、良い身分だよねえ」
確かに、前列は女ばかりだ。左翼は女じゃなくて牝だが。次は男を入れるか……
夕日が、山の端で最後の頑張りを見せ、なだらかな丘陵地を紅く染めて居る。
「そろそろ行くぞ。展開準備!」
「「了解!」」「ワフッ!」
【氷礫!!】
いつもより斜線を高めに射出。
甲蝦に、無数に直撃した。ヤツの回りが白く煙る
「当たった!」
しかし。夕方の風が白い靄を剥ぎ取ると。
「無傷……無傷だわ!」
極厚のキチン質の殻は、低級魔術で破られるほどか弱くはない。
殻に護られた魔獣は大きい触角を動かして、辺りを探っている。
まだこちらに気付いていない。
【氷礫!!】
再び直撃し、ようやく、この方位を向いた。
「来るぞ!」
【……マヅダーの名に依りて命ず アリーちゃんに……もとい……我に何者も突き通すこと適わぬ盾を与え給え── 光壁!!】
障壁魔術を張ると、続いてサラもセレナも光の盾を展開した。
アリーには魔術を伝授し、後の者には術式を刻んだ魔石を、サラの鉄盾とセレナの首輪に装着してある。それに、ここに来るまでに、何度か実戦で訓練も積んだ。
俺達を認めたのだろう。
敵は8本の脚を器用に動かし、こちらに向かってきた。
馬の常足ほどの勢いだ。
数秒で指呼の距離──
人より大きい鋏脚を振り上げ、うなりを上げて叩きつけた。
ガッギーー。甲高い音が響き渡る。
弾いた! これまで岩をも砕いてきたであろう一撃を、皆が張った光属性魔術が防ぎ切った。が、敵は怯むことなく、逆の鋏脚を叩きつける。
「ラルちゃん!! そう何発も持たないって!」
「分かっている! アリーはサラを支援!」
「やってるって!」
命じながら眼を閉じる。
【深瞑】
闇より深き無明の次元に降りる。深く息を吸い、全て吐き去る。
思考を一時的に高速化する魔術。感覚的には時間の歩みが遅れる。
副作用2つ。感覚が途切れ、全く外乱に対応できなくなる。
俺がここ、ヤツはそこ!
蒼と紅の光球が現れる。彼我は32ヤーデン──
[光壁!][光壁!][光壁!]
紅き珠の周り、3条の皓き光帯が生まれた。
三方より水平に集い、帯同士がぶつかった。
失敗──やり直し!
[光壁!][光壁!][光壁!]
やや捩りを加え……またもや失敗…………失策の連鎖!
7度やり直し、コツが掴めた。
生成した光の帯は、集約するも円筒面に漸近──ぶつかる寸前、進路を上と転じ、捻れながら3条の螺旋を描く。互いに重なり天に尖る逆漏斗を象った。
刮目!
幻は消え去り、現実が目に入る。仲間の障壁は軋みを上げている。
敵は今も健在──しきりに泡を吹き掛かける。
【光壁!】【光壁!】【光壁!】
脳裏に確固と描いた疑似魔術が現実へ変わる!
虹色に輝く光が渦巻き、脳裏にある通り構築された漏斗は、王都大聖堂主塔を凌ぐ高さで聳え、その懐へ巨甲蝦を虜囚とした。
「退避!」
前列の皆は光壁を解除して振り返り、俺とすれ違って後方へ散っていく。
ヤツは何が起こった理解しているだろうか? いずれにしても、自らを閉じ込める壁を本能が叩かせる。
「どうにかできるとでも思っているのか!」
言葉を吐いて気付く、俺は躁状態だと。
アリー達が100ヤーデン離れたことを、感知魔術が伝えてきた。
「燃えろ!」
【劫火──幽弾!!】
伸ばした腕の前で、ひとたび実体化した火球は掠れるように消失し、50ヤーデンも離れた漏斗の中で灯った。
焔は灯芯たる虜囚を赫赫と滅ぼしていく。
やがて七色の漏斗の先端から、数百ヤーデンもの目映き火柱を吹き上げた。
魔術の虚熱が上昇気流を生み、俺の周りを風が戦ぐ。
火力は王都の側で死にかけた時の幾十倍。
初めて標準量の魔力を劫火魔術へ印加することができた。
光壁魔術が熱や輻射を遮っていなければ、俺自身を死するまで焙っていたことだろう。今も陽に灼けるほどの、熱さを刺してくる
剣呑な魔術だ。
数百ヤーデン離れなければ撃つこともできんとは。
しかも、その障壁とて魔力を継続して印加せねば支えきれない。3重の光帯を以てしても。
魔獣を斃したところで、辺りを焼き尽くせば、村人はどちらを憎むか。
灼かれた魔獣か? 行使した魔術師か?
甲蝦の影は消え、夕焼け空を照らす地上の灯火は、一際輝きを増す。
尽きたか──
【解除:劫火】
後に残る障壁も魔力印加を滞らせると、極光の如く淡く消え去った。
ああ、もうひとつの副作用は忘れてませんよ。
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訂正履歴
2018/05/22 誤用訂正:知識巣→情報集積体,一旋→一撃(Knight2Kさん ありがとうございます)
2021/07/31 脱字訂正(ID:209927さん ありがとうございます)




