82話 急行中?
ちょっとした知り合い程度の人と、乗り物に同乗してした時、結構喋り初めが苦手です。
何て言うか、何か話題を!と脅迫感あるんですよね。
一度喋ってしまえば、そうでも無いんですが。
貰った地図を見る。
道はわかりやすい。幹線の街道をこのまま10ダーデン(9km)程進んで、小さい村落で右に折れ、その脇街道をひたすら進めば、目的地のエヴァトン村に着く。
距離は王都から大体ギルマスの言った通り、道なりで20ダーデン強(19km)。幸い高低差はあまりなさそうだ。
馬車は2頭立てにしては、そこそこ高速の時速10ダーデンで進んでいる。
王都周辺の街道ということで舗装もしっかりしているのもあるが揺れも少ない。屋根はないが、板バネと魔導器の緩衝器が付いているお陰で、乗り心地が良い。
サーシャさんが、良い馬車を回してくれたようだ。
「サラ!」
「はい」
「このままの速度で行くとして、何時間休憩なしで進める?」
「うーむ。そうですね。速歩で進んでいますので、2時間ってところかと」
「じゃあ、目的地までそのまま着けるか」
今は、午後2時少し前だ。
「だと良いのですが。脇街道に入ると、道が悪くなるかも知れないので、なんとも」
冷静だな。それに手綱捌きも堂に入ったものだ。
「御者というか馬車の操縦は、誰に習ったんだ?」
「父親に。鍛冶屋でしたので、色々運ぶ物が有って」
「ほう……あぁ立ち入ったことを聞いても良いか?」
「はい」
「サラのご両親は、ドワーフ族なんだよな?」
「はい。ですが母方の祖母は人族なので、完全なドワーフ族ではありませんが」
アリーも言っていたが、やや細面で優しい感じだと思ったけど、その所為かも知れないな。
「聞いても良かったのか?」
「ええ、特に。師匠にも申し上げましたし」
「うん。そうか実家は鍛冶業なんだな。でも薬師志望
なんだよな」
「家業は兄達が継ぎますし、刀鍛冶に女はどうしても……」
普通の鍛冶師はそうでもないが、刀鍛冶は女性は忌避される風習があるよな……。
「そうか。それにしても。サラは多才だな、剣技、薬師、それにこうして馬を御している」
「はあ……」
ん? 褒めたつもりだったか……。
「多才と言えば聞こえが良いかも知れませんが、どれひとつとして極めたものがありません」
「ふーむ。年下の俺が言うのは気が引けるが。若くして物事を極めるなんて簡単なことではないだろう」
「師匠は、どうですか?」
「ローザか?」
「ええ、最近料理や家事、裁縫とかも教えて貰っているですが」
「へえ、剣技だけじゃないんだ……」
「はあ、剣技……」
ん?
†
その後も話しを続けながら、午後4時少し前、エヴァトン村に着いた。
日はまだ暮れては居ないが、かなり低くなっている。天気が良いので、もうすぐ夕焼けになるだろう。
「あの村落ですかね?」
「多分な」
現地の窓口となるのは、村長のテクサンという人だ。居る場所は村落らしいが、地図上の村落は、脇街道沿いに1つしか無いので、500ヤーデン先に見えるところで間違いないだろう。
「何々? 着いた?」
後ろの幌付き荷台から声がした、アリーだ。
「ああ、もうちょっと掛かります」
御者台からギロッと睨むと。
「寝てない、寝てないよ」
ばつの悪い顔で言い添えた。
アリーは慌てると自白するよな。
あったかーいって、セレナに包まっていた癖に。
別に寝てても良いけれども……。
「それより、サラ。ずっと御者を任せて悪かったな」
「いえ。できることは何でもやらせて戴きます。丈夫だけが取り柄なので気にしないで下さい」
サラは、アリーと対照的だ。
サラは、生真面目でコツコツと努力を絶やさない。
午前中だけでなく夜も、作業部屋にした屋根裏で、薬を造っているし。がんばるよな。
剣技も強くなりたいようで、俺のガキの頃のように、早朝からローザに剣術を教練して貰っているのは知ってた。徐々にだが剣筋が際立ってきている。まだまだ強くなるだろう。しかし、家事も習っているとはな。
アリーはざっくり言えば怠惰だ。言動や平時の行動は、容姿の端正さからは想像できない、まあ、がさつと言わざるを得ない。しかし、感覚は鋭敏で意外にも繊細だ。俺のことが好きなことは間違いないが、物をねだる時以外はベタ付いては来ないし。色んな矛盾を孕んだ人間だ。生まれてこの方一緒に居るが、掴めそうで掴みきれない。
俺はガキの頃神童と呼ばれたが、アリーの方こそ天才なんじゃないかと思う。
この前も、何かの言い合いをした時、『アリーちゃんだって料理ぐらいできる』と大見得を切ったので、やってみろと返したら、意外にも旨いポトフを作ったのだ。
かなり得意そうにしていたが。
『はあ。最初に教えた料理で、満足して止めるところが駄目なところよね』
『ちょっと! お姉ちゃん、ばらさないでよ!』
しかし、こんな回想ができると言うことは。
「この道、脇街道の割には、整っているな」
揺れが少ないということだ。
「そうですねえ、幹線と余り変わりませんでしたね。お陰で休憩を入れなくてもなんとか着けました」
「御者だが、見ていて大体分かった気にはなっている。帰りは少しやらせてくれ」
「はっ、はい。いや、でも」
「サラの負担を減らすこともあるけど、俺もやれるようになりたいからな」
「では、しっかり仕込ませて戴きます。でも必要あるかなぁ」
「ん?」
「セレナもそうですけど。ラルフ様は、馬や動物の気持ちが分かるみたいなとこないですか?」
「ああ」
「仲良いねえ」
後ろから声が掛かる。
「アリーも習うと良いぞ!」
「その内に」
サラがクスッと笑った。
村落の前に若い男が2人立っている。背が高い1人と、低い1人だ。
どう! 手綱を絞って、馬車は徐行に移り、男達の前で止まった。
どちらも、農民なのだろう。野良着で、足下は泥に汚れている。
「ああ、オラ達は村の者だが、なんでこの村へ来たんだ? この先にでっけー魔獣が居るって、脇街道に入るダーマ郷に立て札が有ったろう。街道の周りを彷徨いてるから、とてもじゃないが通れねえ」
「ああ、悪いことは言わねえ。娘さん達、5ダーデンばかり戻って迂回してくれ!」
確かに立て札はあった。さらにこの2人は、親切にも通行者を止めていてくれるのだ。
俺は、御者台から降りる。
「その件で、王都のギルドから派遣されてきた。俺達は冒険者だ」
「俺……達?」
「あぁぁ、なんだぁ、あんた男かぇ。でけーが綺麗な娘さん2人かと思ったが」
帰ったら、もっと髪を短く刈ろう。きっとそれで解決だ。
「村長は、兵隊さんが来るって言ってたよな」
「だな。しかも2人だけだしな」
「奥にもう1人と、従魔がいる。とにかく、村長のテクサンさんに会わせてくれ!」
「ううーむ分かった。折角来てくれたんだしな」
脇街道からやや逸れた場所に有る、大きな屋敷に連れて行かれた。
「へえ。村長のテクサンです」
しわしわの顔に、背が俺の肩ほど、1.5ヤーデンしかない。珍しいホビットの村長のようだ。
「冒険者ギルド王都東支部所属のラルフェウス・ラングレンだ」
「こっ、これは、貴族様でしたか。失礼致しました」
村長が胸に掌を当て敬礼する。
「田舎ですので、お茶などご用意できませんが……」
「ああ、いや。お構いなく。こちらは、同じパーティのアリーとサラだ」
2人は会釈した。
「それで……私どもは、街道支配のお役人に軍隊のお出ましをお願いしたのですが……」
うん。そうだよな。俺達に早く斃しに行ってくれと頼まないわけだ。
「ああ。それについては、軍からの依頼状を見て欲しい」
ギルマスから貰った、紙を渡す。
1分程目を通していたが。
「分かりました。軍隊の代わりにあなた方を派遣されたということですな」
「そうだ」
世慣れしているようで、表情には出さないが、落胆しているようだ。無理もない。
「確認だが。依頼内容は蟹に似た魔獣を斃すで、合っているか?」
「はい……お願い致します」
「ああ。それで、その魔獣は人間を襲うの?」
アリーが訊く。
「へえ。どうなんでしょう……取って喰おうとはしないようです。ですが、畑や村の貴重な財産である森を荒らしてしまして。なんとも」
確かにここに来る間にも、貯木場が何カ所か有った。この脇街道にしては立派な道自体も、ここらや、さらに奥地の材木を運ぶために敷いたのだろう。それをやられるのは辛いな。
「わかった。ついては、馬車を操れる人間を1人貸して欲しい。ああ、無論戦闘はさせる気は無い。魔獣の近くまで行ったら、乗って帰って欲しいのだ」
「へえ。造作も無いことで、」
「では早速、仕事に掛からせて貰う」
「よろしくお願い致します」
屋敷の長屋門を出る。
御者をしてくれる、道で番をしていた者達とは違う、若い男も一緒だ。
「あのう!」
女性の声に振り返る。
男のような装束でスカートではなく、トラウザーというズボンを穿いて、その上からブーツを履いている。動きやすそうだ。
「私は、スパイラス新報社の記者です。冒険者のパーティとお見受けしますが、エヴァトンはどのような用件で?」
新聞記者だ。凛々しい造作で、鋭い目をしている。
「キシャ? キシャって何? 知ってる?」
横でサラも首を傾げてる。
「新聞に印刷される内容を調べて、文章を書く人だ」
「おー、さっすがラ……」
名前を呼びそうになったのでアリーを睨むと、すんでの所で止まった。
「見たらわかるだろう。魔獣を斃す為に来た。悪いが、あんたに付き合っている暇はない。行くぞ!」
「じゃ、じゃあ、そこまで乗せて行って! あなた達の闘い振りを見させて」
「断る! 死ぬか生きるかになるぞ!」
「元から覚悟してるわ!」
「良いじゃない。覚悟してるんでしょ! 死んだって私達の責任じゃないし」
「ありがとう。恩に着ます」
俺を無視して、後ろに回っていった。
「アリーさん。リーダーの意思を無視するとは! 後でよく言っておきます」
「そうだな」
なんか、少しサラが怒っている。
「うわっ! これ何? 何が乗ってるのよ!」
女記者が、セレナに驚いたようだ。
「ははは! 従魔よ、従魔! みんな乗ったわ、出してぇ!」
「はい」
サラが手綱で促して馬車が走り始めた。
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訂正履歴
2019/06/29 誤字訂正(ID:496160 さん ありがとうございます)
2020/07/26 誤字訂正(ID:360121さん ありがとうございます)
2022/03/30 馬を促したのが誰か紛らわしいので加筆(MILさん ありがとうございます)
2022/07/09 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2022/09/24 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2022/10/07 誤字訂正(ID:1119008さん ありがとうございます)
2025/11/14 誤字訂正 (日出処転子さん ありがとうございます)




