81話 非常事態!
第6章の始まりです。
ラルフの家族が王都にやってくる……だけでない章になります。
人間関係も変わってくることでしょう。
時は足早に流れ、長期休暇前の登校最終日。
俺は修学院でも、文化に貢献し、院の名を高めたとして表彰された。
「ねえ、ラルフ君。冬休み中、お館に遊びに行っていい?」
帰り支度をしているところで、熊耳の少女に話しかけられた。
同じ学級のアネッサだ。手に新聞を持って居る。
「みんな、これに載っている新進気鋭の冒険者の家ってどんなとこなのか、興味があるのよ」
みんな?
後ろに女子2人がこちらを窺っている。この子達は、アネッサと予め談合しているのか、それともアネッサの後で私も私もと追い打ちを掛けるつもりか……。
新進気鋭……か。
ターセルの迷宮が、多くの冒険者でごった返しているとの記事だ。俺達の発見に触発されて、まだ他にもそういう区画があるのではとの目論見だろう。
それにしても、なんでこの子達は、ウチに来たがるのだろう?
単に外出したいと言うのがあるのだろうが、それだけか?
「悪いが前半は来客があり、後半は仕事だ。生憎だが断らせて貰う」
「えぇぇ。いやあ、そんな長居はしないし、ちょっとだけ!」
ああ。やはり、俺の住んでいる所にも興味はあるのだろうが、それを表向きの外出用件にして、本音では別のところに行きたいのだろう。
ん?
「ちょっと、そのスパイラス新報貸してくれ!」
「うっ、うん。いいけど……」
俺達のことを書いた記事の右下。
隣国と我が国の国境付近で、災厄級超獣が出現。一昨日、ネルガルドの上級魔術師部隊の尽力で討伐された。
しかし、同魔術師が発動した上級火焔魔術は、国境付近の森林2000レーカー余りを焼き、同火災により130人強の死傷者……。しかし、我が国は、軽微な被害だったとして、隣国へ謝意を……。
ああ……糞!
「ああ、ありがとう」
新聞を返しながら言う。
「あっ、ああ、うん。」
何か、少し脅えている。別件の怒りが表情に出ていたか。
「すまない」
少し離れたところに居たクルス君達と挨拶を交わして、外に出る。悪いが友人でもない人を館に招いている暇はないからな。
明後日には、おふくろさん達が来ることになっている。準備はローザが万端してくれているから遺漏はないだろう。
俺は少しでも稼がないとな。
†
館に戻って着替え、食事した後、3人と1頭でギルドに向かう。
昼過ぎだからだろう。事務所は閑散としている。
「ああ、ラルフ君、いいところに!」
「サーシャさん。こんにちは」
そう俺が言っている間に、窓口から飛び出してきた。
「緊急事態なの! みんな来て!」
相当慌てていることは切迫した相貌で分かる。
俺の腕を取って脇に挟んで引っ張る。胸が当たっているんですが。
それが見えて居るのだろう、後ろの女子2人の表情が、剥落して行く。
2階、ギルマスの部屋に入る。
「おお。ラルフにアリーにサラ……面倒だからパーティ名を決めてくれ。それよりもだ。緊急の討伐依頼だ!」
討伐指名依頼。中級者になったからな。実感が来た。
「ここから東南東に20ダーデン(18km)ばかり離れた村エヴァトンなんだが。複数の村人の証言に依れば、巨大な魔獣が近くの山に潜んでいるらしい」
「どんな魔獣なんですか?」
「なんでもハサミを持っていて、外骨格の脚が細くて長く、8ヤーデン(7m強)くらいある大きい虫というか蟹みたいな姿で……」
アリーだけでなく、サラの表情もあからさまに曇った。ウチの女性陣は、虫系はお気に召さないようだ。ああ、セレナは聞いてないが。蟹と呼ぶことにしよう。
「上級魔獣の一種と認め、国から討伐要請が来た。成功報酬で36ミストだ」
国から……36ミストか。
この前の、ターセル迷宮で300ミスト弱収入が有ったので金銭感覚が麻痺しているが、36ミストは大金だ。
いい話だが……。
「そういうのは、深緋連隊の下部が派遣されるんじゃないんですか?」
そう。インゴート村の超獣事件が気になって頭を離れなかったので、王都に来てからサカラートについて調べた。
もちろんサカラートは通称で、正式にはミストリア陸軍近衛師団所属対超獣・対上級魔獣魔術師特科連隊だ。誰も正式名で呼ばないわけだ。
所属員数は千人程度で、半数が魔術師。遠征が多いので、残り半数は輜重部隊になっている。指揮系統は大隊、中隊と別れているが、魔術師である戦闘部隊は横串に機能分化されている。一握りの上級魔術師が集う上部、通称典雅部隊は、本当に超獣しか相手にしない。しかし、大多数の魔術師で構成される下部は上級魔獣も討伐対象だ。
我が国、国単位でも、超獣は月に1体、多くても数体しか出現しない。
ある意味で暇、別の意味では演習ということもあるのだろう。
「そうなんだがな……知らないとは思うが、ネルガルド付近で超獣が出てな」
超獣対応優先ということか。
「数日前に斃されたっていう話でしたが」
「知ってたか。上部は帰っているだろうが。下部は調査もあるからな。都市間転送が使えると言っても、そう簡単には帰って来られない」
そう言えば、インゴート村の時もそうだった。
ちなみに、サカラートであれば、上級魔術師でなくとも、全国30カ所以上の間を一瞬で移動できる、都市間転送を使うことができる。
まあ、超獣を斃す、撃退するのは国家の大事と言われているからな、最優先事項だから当たり前だ。
「したがって、サカラートは来られない。それに東支部所属の上級冒険者達は、手持ちの仕事があってな、すぐには動けない」
「いいけど! 他の中級者は?」
アリーが気になったようで訊く。
「言っちゃあ何だが。お前達が見付けたターセル迷宮に、まだ他の隠された区画があるんじゃないかということでな……」
新聞に書いてあった通りだ。
「出払っていると……どうするの? ラルちゃん」
「もちろん行きたいが……そのエヴァトン村に駅馬車とか行っていますか?」
「無い」
だよな。
「「「うーん」」」
徒歩で行くと、3時間掛かる。しかも着いた時に疲労してたら、問題だ。明日中には帰ってこないとな。
「そこでですね!」
ん?
口を挟んだのは、ギルマスの秘書だ。
「皆さんに、ギルド備品の馬車をお貸しします」
それはいいな。
「御者は、できるか?」
「私、できます!」
サラが手を挙げる。
何かと特技持っているな。
「じゃあ、行ってくれ!」
「分かりました」
「私、厩舎へ!」
いやいや、サーシャさん。受付嬢だろう。仕事はいいのか?
「じゃあ、伝票を発行します」
「ラルフ君達は、玄関で待ってて!」
秘書とサーシャさんは出て行った。
「では、我々も!」
「ああ、気を付けてな」
「はい」
「嬢ちゃん達、サーシャはラルフを……」
「分かってます!」
ギルマスを遮ったアリーとサラは、大きく肯いた。
セレナをギルド前の厩舎から出し、ホールの玄関付近で待っていると、数分後。
「準備できたわ。行くわよ、ラルフ君!」
サーシャさんが、窓口の奥から出て来た。
それはいいのだが、アリーとサラはやや憮然としているし、周りの視線がもっと険悪だ。
お前だけ美人に囲まれやがってという、音のない怨嗟が聞こえてくる。
気にしても意味は無いので、無視して外に出る。
「急いで!」
その必要があるかどうか分からないが。
サーシャさんの走り方が良くないのか、とある部位が揺れまくる。
「牛か! 女の敵め!」
アリーの方から、呪詛が聞こえてきたが、気の所為だろう。
ハアハアとある意味、艶めかしい呼吸で、厩舎にたどり着くと、ここで待っていてと言い残して行って、サーシャさんは中に入っていった。
「一日座り仕事なんかしてるから、身体が鈍るのよ!」
「そうです! 大胸筋を鍛えれば揺れなくなります!」
「うぅ……それは嫌かも」
「えー。アリーさん」
「ああ、サラ、これで広場の脇にある露店で、腹に溜まりそうな物を、買ってきてくれ!」
大銀貨を渡す。
「はい!」
5分後。
バスゥーーー。
鼻息が聞こえて、厩舎脇の倉庫から馬車が引き出され来た。2頭立てだ。幌が張っている6人乗りだな。
屈強そうな厩務員の横に並んで、サーシャさんがにこやかにやって来た
「この馬車よ。できれば明々後日までに返して貰えると良いんだけど」
「明後日の朝までには、帰って来ますよ」
帰って来ないと、おふくろさんが悲しみそうだし。
「でも、あまり慌てないで、気を付けてがんばってね」
「ありがとうございます」
「もう、中級者なんだから、敬語なんて要らないわよ!」
御者台には、既にサラが昇っていて、無表情になっている。
「ああ、これ。手紙を投函しておいて貰えますか。ああ、家の者に今日は帰られないと書いてあります」
こういうことも有るかと、ローザから以前渡された物だ。
「分かったわ!」
「では、行ってきます!」
「うん! 行ってらっしゃい!」
背後の低気圧がこれ以上勢力拡大しないように、話を打ち切って馬車に乗り込む。
ハァ!
気合いと共に馬車が走り出した。
こっちに手を振っているので、振り返す。
横で珍しく、アリーが荷台の床に寝そべるセレナを撫でている。
「知ってる? お前のご主人様が浮気者ってこと」
セレナに嘘を吹き込むのは、やめろ!
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訂正履歴
2021/05/08 誤字訂正(ID:737891さん ありがとうございます)
2022/07/09 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)




