75話 通報
然るべき時に、然るべき通報ってのは簡単なようで、結構難しい場合がありますよね。
幸せなことに110番も119番も掛けたことないです……ああ、昔、架空請求をウェブかメールで警察に報告したことはあったかなあ。今となっては日常茶飯事ですが。
不要になったバルログの魔結晶を祭壇から持ち上げると、部屋の灯りが消えた。通路の灯りが差し込んで、ようやく見通せる程度の明るさに目の中で落ち着く。
玉座の間に現れた第2光膜はなくなっていたが、通路を戻ったところの第1光膜は存在していた。
「アリー。戻ってきた時も、この光の膜は無かったんだよな?」
「ラルちゃんにしては、非論理的だね。無かったから通られたんでしょ!」
ニヤッと相好崩している。
俺にもっと論理的に話せと普段言われている意趣返しだな。どっちかというと、命令通り広間まで戻ったのかと、疑い半分だったのだが。
「そうか。なら良い」
アリーの手を取り、光膜を通り抜け、廃墟と呼ばれた広間に戻った。
「サラっち! ただいま」
床に座って項垂れていたサラと、直ぐ横に寝そべっていたセレナがこっちを向いた。
間髪容れず立ち上がり、駆け寄って来る。
「ラルフ様、アリーさん。よくご無事で……お帰りなさい。良かった。本当に良かった!」
「ああ悪い。心配掛けたようだな」
アリーはともかく、なぜサラまで心配してるんだ? 何かアリーが言ったのか。
「ワフ、ワフ……」
「あぁ、セレナにも心配掛けたな。もう大丈夫だ!」
喉元を弄ると、嬉しそうに眼を細めた……が。
「グルルゥゥゥゥゥ……」
セレナは眼を開き唸った!
「どうしたのセレナ?」
アリーが訊く。まもなく再び地響きがして、床が揺れて動き出す。
「いやあ、やっぱり恐いね。どうやって動いてるんだろう」
「そうですねぇ」
そう言いつつも動く範囲は分かっているので、その外に出て見守っていると、10秒程で、玉座の間に通じる秘密通路の扉が閉まった。
「これ、見たら何が起きたか分かっちゃうね」
「アリーもそう思うか?」
蔓草は引き千切られ、瓦礫も全体的に扉が動いた先へずらされ、積もった土砂には引き摺らされた痕跡がありありと残っている。
「どうする? このままにしておくの?」
「ああ、俺達が偽装しても仕方ない」
「ラルちゃんがそう言うなら……そうだ! アリーちゃんだけ、お礼言われてないよ!」
びっと指を突きつける。
「そうだったか?」
「そうだよ!」
「ラルフ様!」
「ああ、サラ。なんだ?」
「差し出がましいことかも知れませんが。アリーさんにきちんとお礼を仰って下さい!」
「どうしたの? サラっち」
確かにサラの顔が強張っている。
「アリーさんが。この穴から1度出て来た時の表情は、それはもう悲壮でした。眉に皺を寄せ、眼は落ち着きなく動いていて」
「ちょっと!」
「いいえ、言わせて下さい。小さい声で、ラルちゃんに何か有ったら、生きていられないって、仰った時の頬の痙攣。短いお付き合いですが、胸が塞がる思いでした。穴から大きな音がして、震える脚でまた戻って行かれて……」
さっき言ったことは、本気だったのか。
「もういい! もういいよ。サラ!」
「すっ、済みません。言い過ぎました」
「心配かけて、済まなかった。アリー」
俺は、左胸に掌を当てた。
「かっ、勘違いしないで。お姉ちゃんが何時も言っているでしょ。男の子は皆に心配を掛ける位活発じゃないとって。だからね、ラルちゃんは悪くない。次に……そう次に何か有ったら、ありがとうって言えば良いの!」
「ああ。ありがとう!」
「うん! いっ、いや。次って言ったのに……はっ、はい……おしまい。何時までもウジウジしているの、アリーちゃんは嫌いなんだからね……ああぁ。お腹空いた!」
「ああ、そうですね」
もう1時を回ったか。
敷物と持たせて貰った食料を出して昼食にした。
†
少し食休みしてから、転層陣で地下第1層に戻り、迷宮を出る。もう探す物はなくなったからな。
「ラルちゃん。まだ日は高いけど、宿に戻る?」
「ああ、悪いが、ギルドの出張所に行くぞ」
「ギルド?」
「さっきの発見を黙っておく訳にはいかないからな」
街道を西に向かい、出張所の前まで来た。俺はセレナを厩に繋ぎに横手の厩舎に向かう。
「悪いが。ここで待っていてくれ」
「ワフッ!」
セレナの声に驚いたのか、奥から嘶きが聞こえる。そっちを見ると2頭の駿馬が繋がれていた。まだ駐まって間もないのか、白い汗を掻き湯気を上げている。
跳ね扉を押して中に入る。
「あれ? ギルマスにバルサムさん……こんにちは」
どんな偶然なのか、壮年男性2人が、アリーとサラと一緒に居た。
「ぎっ、ギルマス?」
サラが、高い声で聞き返す。
「ああ、冒険者ギルド王都東支部所長のジョルジだ」
あっ、名前は初めて聞いたなって、俺が来るまでに紹介しておけよ、アリー。
「じゃあ、上へ行くぞ!」
何だか恐い顔をしている。まあ、こちらとしても都合が良いが。どう切り出すか。
出張所の2階。特別応接と書かれた部屋に入る。
「まあ座れ!」
それっきり黙り込んだ。ソファの奥を勧められる。アリーと俺は遠慮なく座るが、恐縮しながらサラが続いた。
ギルマスの横にバルサムさん。対面にアリー、俺、サラの順だ。
女性がお茶を持って来てくれて、下がっていくとようやくギルマスが口火を切る。
「この戦士を、パーティに入れたのか?」
「ああ、い……」
「はい。サラスヴァーダ嬢です」
サラを遮って俺が答える。
「そうか。それは良い。冒険者登録はしてあるんだろうな?」
「はっ、はい! 王都東支部所属です!」
「知ってるか?」
バルサムさんの方を向いたが。
「いえ。私は、魔術師担当なので」
2人とも知らないのか。まあ数多い戦士でかつ初級者だしな。
「それで、本題だが。今日、4階層の関門の間に入ったろう」
確信を持っている口ぶりだ。まあ隠す必要もない。
「はい」
「そうか、やっぱりな。ここの迷宮には……ああいや。で、何を斃した?」
ギルマスは何か言い淀んだ。
あれを見せるか。だけどこのテーブル高そうなだな。
敷物を出すと、ギルマスが眉を顰める。
「なんだ?」
フンババの魔結晶をその上に出庫して、敷物の上に置く。
「どうやって出したかも気になるが……これは何の魔結晶だ」
「フンババだよ! あとは、ミノタウルス2頭もあるよ」
「フンババだと」
バルサムさんが、前傾して手を翳した。
鑑定魔術か。
「確かに、フンババ──これなら、紋章が反応するはずだ」
紋章?
あれか。関門の間を出たところで感じた、魔術の気配。
「まさかと思いますが。その紋章の魔術が発報して、このターセルまで来られたとか?」
「そう言うことだ。それでだ。その後、何かなかったか?」
「何か……とは? まあ、ありましたが」
ギルマスとバルサムさんが顔を見合わせる。
「何があった!」
「ある場所。多分百年以上は、誰も入ったことがないであろう場所を見付けました」
「うーむ……ターセルだったとはな」
なにやら事前に情報を持って居たようだ。
「と、言うと?」
「機密だが。まあいい。古文書で、王都付近の迷宮のどこかに、隠し部屋あると書かれてあってな」
「そうですか。確かに見事な部屋でしたよ」
「よし!」
ギルマスが、小太りの体躯ながら、すっくと立ち上がる。
「今すぐ行くぞ!!」
「ああ、それなんですが」
「なんだ?」
ギルマスがうずうずしている。
「俺達、3人で見付けました。それを、この場で認定して戴き、2人は宿へ返したいと思いますが」
「ラルちゃん!」
「ローザに誰が知らせるんだ?」
「そうだけどさぁ……わかったわよ。そんな恐い顔しないでよ」
「私は……助かります」
サラは薬の下処理をやりたいと言ってたからな。
「しかし。そうなると。今回に限ってだが、君達の全権利をこのラルフに委任して貰うことになるが、いいのか?」
「私は構いません」
サラは即答した。それを見たアリーが少し驚いている。
「ああ、私は。もちろんラルちゃんを信頼してます!」
ギルマスは肯いた。
「わかった。こちらとしても少人数の方が都合が良いからな」
皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
訂正履歴
2022/07/09 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)




