74話 人間ダム
そう言えば、某マンガで壊れた城壁を、自分の身体で埋める武将がいましたが。
そう言う意味では無いです。
白いゲルが、際限なく滝のように降り注ぐ。
水よりは、少し粘性があるようだな。俺の足下にも際が近付いて来た。
────最終処分弁は開放された。よしなに頼むぞ!
「ああ!」
玄室を出る。
暗い通路を駆け抜け、玉座の間へ至る。
明るい。
第2の光膜は消滅していた。
停止した俺は、通路を振り返る。
5ヤーデン向こう。こちらに迫ってくる水面が見えてきた。
【光壁!!】
急いで障壁魔術を発動──
腕の先に垂直の壁が屹立する。
押し寄せるゲルの波頭を何とか堰き止め、障壁魔法の向こうでみるみる液位が上がっていく。あっという間に膝の高さまで来た。
だが完璧とは行かなかった。
数十リンチ余り間に合わず、床に薄く広がって止まった。
ふぅ、発動が遅くなってる。
ああ……視界の上端にステータスが表示がされていた。
下段の魔力バーが、黄色で随分短かくなってる。
ギリギリだったな、色んな意味で。
大して疲れるはずもないのに息が上がっているのも、疑似疲労ってヤツだ。
倦怠感と睡魔に蝕まれている。
いずれも、それ以上の無理をしないように防衛機制が発動し、感覚を制御するのだ。
右下の方に、薄い靄のような物が目に入る。
顔を向けると、漏れ出たゲルが、薄い白煙を上げていた。臭いはない。
なるほど。
反応熱か。化学反応すると熱を出す物があるが、これもそうらしい。
僅かながら魔力を感じる、触媒になっているようだ。固まり切る前に、魔収納に入れて置こう。誰かに見られるとこの壁が今できたということを疑われるかも知れないからな。
5分が経過し、胸の位置まで液位が上がってきた。
段々障壁魔法が重くなってきてる。
無論、障壁の荷重を手で支えているわけではないが、明らかに障壁を動かぬように、印加する魔圧を上昇させている。
丹田と呼ばれる下腹が熱くなってきた。
経絡と呼ばれる体内回路に魔力を循環させると、周囲の虚数魔力が励起振動し、実数魔力として吸収できる、これが魔力循環だ。循環速度に応じた魔力回復が図られるが、体力を消費すると共に、副作用として眠気が強くなる。そろそろ、回復魔法で……。
むっ!
「こんなことだと思った!」
振り返ったところに、アリーが姿を顕した。
「アリー! 広間に戻れと言っただろ!」
「いやねえ、戻ったわよ。それで、もう1回来たの!」
「帰ったらお仕置きだな!」
「無事に帰れたらねえ……あれ? ラルちゃん、魔力減ってない?」
「ちょっとばかし、大食らいなヤツが居てな……」
おそらく必要量の10倍以上は無駄に漏らしたに違いない。
「……分かるのか?」
「あははは。ラルちゃんのことは、お姉ちゃんのことよりよっぽど分かるよ! じゃあ、さぞや眠たくなってるわね。昨日しっかり寝てないし」
「そういうことだ。これから液の重さはどんどん重くなる。しくじったらアリーもただでは済まないぞ」
「もちろん分かってるわよ! ラルちゃん死んだら、アリーちゃんも生きてる意味ないし!」
さらっと、重大なこと言ったな。
「それに、1人だけ生きて帰ったら、お姉ちゃんに殺されるし、一緒だね」
「もう一度言う。広間に戻れ!」
「いやーだ! あははは。それ!」
「おい! 何だ? 痛てててててててて。尻を抓るな!」
「行くわよ!」
【快癒!!】
「痛い! 痛いって!」
何がしたいんだ? アリーは。
「二日酔いと同じで、睡魔は回復魔術で処置できるのよ! 知ってた?」
催眠状態とほぼ一緒だからな。アリーが来る前にやろうと思ってたって。
「でもね、気持ち良過ぎて、意識落ちたら困るから抓ってるの。ラルちゃん忙しそうだし、任せておいて」
うーん。口惜しいが、目が冴えてきた。
「もういい! 大丈夫だ」
「そう? まあ小康状態だね」
難しい言葉を覚えたな。
液面は、俺の背丈を超えた。天井まで、残り1ヤーデン半だ。
下の方は、やや黒っぽくなってきている。既に固まり始めているようだ。
「ふーん。この白い液を堰止めるの、ずーとやってるつもり? あと、上の方、天井に近いところ、何で開いてるの?」
今、訊かなくていいだろう、それ……いや。今だからこそ訊いてるのか?
俺の眠気を紛れさせるために。
「少し待てば液は固まる。障壁は開けておいた方が、空気が抜けて液が溜まり易いんだ」
ふーんと頷いている。
「段々障壁を上げていくんだろうけど。最後はどうするの?」
……やっぱり、興味本位で訊いてないか?
「天井。広間の方より、こっちの方が高くなってるだろ」
「えーー。そうなのかなぁ?」
アリー疑わしそうに見比べている。
「そうなんだよ! 最後は、奥の方に空気が抜けていくから、障壁付近に残ることはない」
「へぇぇ。賢いね」
「ここを造ったヤツがな」
おお、なんだか障壁に掛かる圧力が減ってきた。
下の方が固まってきているのだろう。液面も上がってきたので、障壁を天井の際まで引き上げる。
「でさぁ。さっきから、気になってることがあるんだけど」
「なんだ?」
「その依頼者はどこに居るの? 誰ともすれ違わなかったし。まさかと思うけど、この奥とか……?」
「ああ、この中だな」
「ちょ、ちょっと! 死んじゃうよ!」
「安心しろ、700年前に死んでる」
「はぁ? 嘘だぁ! ……えっ? 本当に?」
肯く。
「もう、その話は良いでーーす!」
相変わらず、その手の話は嫌いだなぁ、アリーは。
おお。ほぼ障壁への圧力がなくなった。
やってみるか……。
「えっ? なんかやるの?」
本当に俺のことが、よくわかるな。
「障壁を少し動かすぞ!」
「どんとこい!」
10リンチ程障壁を手前に動かした。
向こうにゲルが固まった、岩の壁が出来ている。崩れては来ない。
【解除:光壁!!】
光の障壁が消えた。
「へえぇ、縞模様ができて、本当の岩壁みたい。何だか温かいよ」
アリーは、手に入れた短剣で叩いている。硬い音が、玉座の間に響く。
終わったか……。
おっ……景色がガクッと下がる。気が抜けたのか、床に片膝を付いていた。
「ラルちゃん。大丈夫?」
「大丈夫じゃないって言ったら?」
「うーーん。10年前みたいに、添い寝してあげるよ!」
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訂正履歴
2018/04/25 誤字(Knight2Kさん,ありがとうございます)
2022/01/29 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)




