73話 報酬
────受けてくれるか……ありがたい。
「では、早速」
────いや待て。依頼事項が履行されたら支払えなくなる。報酬を支払おう。
「ああ」
魔導具だけあって、律儀だな。
文机のような台が明るくなると、忽然と先の尖った6角柱が現れた。
やや褐色掛かった透明だったのが、青白く仄光り始める。
「なんだ、これは?」
────もう少し待て。約束の情報を記録中だ。これは知晶片という。
触ろうとしたら止められた。
知晶片……。 視覚に集中すると、虚空から魔術閃光のような、だが無明の筋が超高速に変位してる。それを受けて水晶が鈍く発光している。
「ほう、あれで記録しているのか」
────そうだ。玉座の間にある劣化品とは、違って有効期間が短いからな
有効期間?
10秒程待つと、輝きが失せた。記録が終わったらしい。
「これは、どうやって使うんだ」
────少し魔力を流すと、目録が表示されるから、それを触れば良い。
手に取って、魔力を流してみる。
おおぅ。
自分の周囲空間に、小さな四辺形の画像が無数に浮かぶ。
凄い。流石はエルフの技術力だ。こんなの初めて……初めてだよな?
なにやら見慣れた光景、いや使い慣れたシステムのような気がする。
さっき憶えた、システムと言う言葉がぴったりという気がする。
指を伸ばし触る。少し魔力を吸引すると、小さかった画像が拡大される。
────天国百合
おおう。何か頭の中がかき回される感覚が来た。
花が咲いた時の画像と情報が……流れ込んでくる。
────ほう。素晴らしい頭脳を持って居るようだな。記憶力がエルフ以上とは。
何か言われたが。頭の中がグルグル回る感覚で、聞き取れなかった。
10秒ほどで回復する。
アルフォデル───
情報が脳裏に浮かぶ。
【多年草。球根を乾燥させて作る粉末は、生ける屍の水薬の原料となる】
生ける屍の水薬──
【ਨਉਲਲਉਸ】
ん? ヌル? 空……情報がない。つまり取り込みが途上ということか。
────次は何にする?
「待ってくれ! このやり方では、時間が掛かり過ぎる。なんとかならないのか」
────ならば、まとめて譲渡する。
分散していた、画像が1つに集約された。
────それを触るのだ!
「ああ」
さっきの感覚が、大挙してくるのだろう。指で触れた後、覚悟を決めて魔力を流し込む。
うああああぁぁぁぁぁぁ────
あぁ……。
気が付くと、床に片膝を着いていた。予想通りの不快感だった。まだ辺りの景色が回っている。
酩酊を、首を回して振り払う。
────大丈夫かね?
「ああ、なんとかな」
立ち上がると、急速に意識が覚醒していく。
「消えた……」
文机の上にあったはずの、クオーツがなくなっている。
───貴公に吸収されたからな。もう貴公の知識になって居るぞ。
生ける屍の水薬──
【登録医薬品。薬効:睡眠導入、副作用:幻覚、半数致死量:1100mg/kg】
見たことのない単位だが。意味は分かる。
エリクサー───
【賢者の石と呼ばれる鉱石を用いて作られる薬と言われるが、材料自体確認されず、架空の薬品とされる。如何なる疾病、怪我、部位欠損をも治癒させるとの伝説もある】
架空……なのか。逆に知識としては信用できるとも言えるか。存在するなら、ここを造らせたガルガミシュも、そちらの方を追い求めていただろうしな。
上級回復魔術呪文!
【ਥਬਤਮਧਕਏਚ ਦਉਡਥਢ ਙਵਕਫ ਕਧਣਜਣਫਭਭਞਙਦ ਨਦਨਰ ਧਚਙਢਇਬਣਤ ਟਙਭ ਕਡਜਰਟਹਧਤਥਹ ਕਡਇਅਮਅਙ ਬਣ ਧਕਟਦਹਘਅ ਠਏਹਡਉ ਏਏਭਫਜਠਤਯਨਅਉਏ ਵਣਮਗਡਚ……】
おお、神代文字の奔流だ! 流石は上級魔術、呪文が長い。
今、中級魔術と同じフレーズがあった。
ふう。後でアリーに教え込もう。
「確かに受け取った……」
────ならば、依頼の履行を願う。
「わかった。準備をする。数分待て」
俺は玄室を出て、玉座の間に向かう。暗い通路を抜けると、緑の蛍光で仄明るい玉座の間に来た。
光の膜の向こうに、アリーが腰を下ろしていた。
祭壇の上の魔結晶を持ち上げると、光の膜は消え、再び背後には壁が出来た。玉座の間に初めて来た状態に戻ったわけだ。
「ラルちゃん!」
膜が消えて、俺に気が付いたようだ。立ち上がってこちらにやってくる。
「戻るぞ!」
「えっ……うん。ラルちゃん大丈夫なの?」
「ああ、問題ない」
玉座の間を出て、通路を歩く。
「ねえ、どうしたの?」
「依頼を受けた。アリーは広間まで戻れ」
こちらを窺うような表情だ。
「ラルちゃんは? 依頼って何?」
「すぐ終わる。手を!」
「うん」
通路にある第一光膜を通り抜ける。
「今から、何か有るかも知れないが、俺は大丈夫だ。もし危険だと思えば、サラとセレナと共に転層陣で上に飛ぶんだ。いいな」
「うっ、うん……分かった。本当に大丈夫なんだよね?」
「ああ。すぐ戻る」
振り返って手を振る。
「絶対だからね!」
†
「待たせたな」
玄室にとって返した。
────700年の時を待ったのだ。大したことはない。
「じゃあ、始めるとしよう」
天井に生えた取っ手に飛び付いてぶら下がる。
魔術を発動することなく、腕に魔力を集約し放射する。
セレナに魔力を与える要領だ。
────こちらから吸い出す必要もないか。流石だ。良い勢いだ。
「そうかい」
さらに魔力の流れを増していく。
────そのぐらいで良い。想定されたエルフ術者の流量の3倍を超えている。1分余りで一杯になる。
流量増加を止める。
ふう、魔力がそこそこな勢いで減りだした。
「広間に生えていたアスフォデル。お前が植えたのか?」
────我が娘が手向けたものが、数年前に発芽したものだ。
ふーん。
そうか、根が天井を破り土を落としたか、蔓草が腐葉土と化したかいずれかだな。
────むう。
「どうした?」
────分からない。魔力の蓄積が……どこかで漏れているか、魔石が劣化したか。
「おいおい……」
────駄目だ。中断しよう。これの蓄積速度では貴公の魔力が……。
「ふざけるな、今更止められるか! さっき魔力流入量を上げた時どうだった」
────蓄積速度は上がった。流入可速度よりも。
流入量を上げれば、蓄積速度が上がるのか。
「よし! 魔力流入量を目一杯上げてみるぞ!」
────待て! 貴公の生命が……
「命を懸けるのは戦闘でも、そうでなくても同じだ! 行くぞ!」
下腹に気合いを入れ、魔力を体内で循環させる。
瞼の裏に星が飛びまくる。
身体が熱い!
はぁぁぁぁぁああああ。
────5倍……7倍……。
まだ上げられる!
────9倍、10倍!!! やめろ! 死ぬぞ!
これぐらいで、死ぬわけないだろう!
「そ……れ……よりぃ、蓄積量ぅぁは!?」
────魔石が灼けそうだ! しかし、凄まじい勢いで溜まっていく……!
俺が灼けるか、魔石が灼けるのが先か……。
両手が赤熱していく。
そして天井の燐光が強くなっていく。
────もうすぐだ!
ダン!
ぶらさがっていた部分が天井から抜け、数十リンチも下がった。
「うわっ」
そこから奔流が迸った。
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2018/04/24 誤字訂正(Knight2Kさん,ありがとうございます)
2021/05/08 誤字訂正(ID:737891さん ありがとうございます)
2022/07/09 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2022/09/24 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)




