72話 姿なき依頼人
お化け、幽霊、疑わしいのすら、その類いは見たことないですね。いや見たいわけではないんですが。
辺りを確認しながら、光膜の際まで歩み寄る。
アリーは向こう側だ。触ってみると硬質のガラスのようだ。
バルログの魔結晶は置いてきたから、俺も通り抜けることはできない。
「大丈夫か? アリー」
「うん。大丈夫! どこも痛くない」
まずは良かった。
「もう! 早く開けてよ。これ!」
ダンダンと光の壁を叩く。やはり通れないようだ。
────同行者の生命は保証する!
「誰だ!」
振り返ってみたが、人影も反応もない。
「えっ、何? 誰か居たの?」
「ああ、声は聞こえたが、姿は見えないな」
俺の頭の中に響いた声らしい。
「ちょーーっと! やめてよ」
半泣きだ。だけど、いつものアリーって、それだろう。
「ああ……アリー、そこで見てろ」
「はっ?」
「そこなら安全らしい」
「はぁぁあああ! らしいって何よ! ラルちゃん、後でひどいからね!!」
いやいや、俺のせいじゃないだろ。
透過した光の壁が、普通の石壁に変わった。
どうやら声の主は、俺1人に奥へ来て欲しいようだ。
祭壇を通り抜け、壁があったところも問題なく通った。
ここからは灯りがない。
20ヤーデンも通路を進むと部屋があった。
大分暗くなったなあ。
【光輝!!】
うわっ。
天井から、樹の根が貫いていて、床までその先を張っている。
部屋の中央に、箱が2つ並んでいる。長手方向は2ヤーデンと少し(2m)。
棺──
一方はどこも壊れていないが、もう一方は箱に根が取り付き蔓延っている。ああ、一部割れて大きく穴が開いてしまっている
────待っていたぞ 選ばれし者よ。
頭の中に直接、声が響いた。
「お前は誰だ!」
────我が名はガルガミシュ9世、君から見て左の棺に葬られし者の現し身だ!
左……根が蔓延っていない方の棺だ。
名前の感じと、これほどの科学力から考えて、千年程過去にこの地に栄えたという、古代エルフ部族か。突然この地を去ったと歴史書にはあったが。
「エルフの亡者が、どうやって俺と話す?」
もっと聞くべきことがあるはずだが。
────魔術だ。我が思考体系と記憶を一部格納してある。
ほう……そこまで高等なことが魔導具でできるのか。
あと、エルフだったことは否定しなかったな。
「道具と話すほど暇ではないが。一応聞こうか。なんの用だ!」
────頼みがある。貴公にしかできないことだ。
「俺しか?」
────高魔力保持者の選抜結果だ。貴公は試練魔獣を高い魔力を用いて斃した。
「バルログとフンババのことか?」
────そうだ。前者の試練では手違いがあったが、特段問題はなかった。
やはり、そうか。
俺達が闘うべきバルログと、先にサラが闘ってしまったということか。
大した魔獣が出ないと言われていた第4階層終わりの関門でも、かなり強力なフンババが出現したのはそういうことか。先にバルログで試しておいて、駄目押しにさらに強力な魔獣をぶつけてきたわけだ。
俺達をずーと監視していたわけだ。
むかつく……が、まあ実害はない。いや、なければ良いという物でもないが。
いくつか魔術の手掛かりも貰ったしな。
「俺は、冒険者だ。仕事の中身と報酬が見合えば考えなくもない」
────報酬は……
先に報酬か。まあいいが。
────エルフの秘術ではどうか?
秘術……。
どちらかというと。現金は流石に無理だろうが、換金性の高い貴金属とかが良いんだが。
「どういったものだ。魔術か?」
────回復・治癒系の知識だ。薬学と、魔術もある。
希望とは遠いが、知識ならば使い方次第だな。
「報酬は理解したが、受けるかどうかは、依頼の内容を聞いてから判断させてもらえないか?」
────依頼内容は、この迷宮の破壊だ。
「破壊?」
────貴公の頭上にある最終処分弁を解放することで破壊される。
なにやら、ぶら下がられる位の取っ手が、天井から生えている。
変だ。
難度が高いとは思えない。
「自分でやれば良いだろう。ご大層に人間を選抜する必要もない」
────理由は2つある。1つは、弁が機構とは連動していない。
「もう1つは?」
────弁の解放には、大量の魔力を短期間に投入する必要がある。
そういうことか。
ガルガミシュとやらは、余程疑い深い人物だったようだな
選抜の必要性は分かったが。
「えらく面倒臭い手順にしたものだな。ならば廃棄は、創造主とやらの最も意に反することではないのか?
────その通り、禁忌と設定されている。だが、現在の状況は、唯一の例外事項に合致する。
もう一度足下を見遣る。
「右の棺が例外事項か?」
────正解だ!
ガルガミシュの物ではない棺。
樹の根が真上から伸びてきており、蓋が壊されている。
よく見ると、なぜか棺なのに床から生えた管が複数刺さっている。
それを見たとき、例の現象が起きた。
人工冬眠──
知り得るはずのない記憶。もたらされる概念の理解。本来驚愕すべきことなのだろうが、慣れた。
「仮死状態で保存させていたのか。しかし、この様子だと……」
────とこしえの眠りに移行した。この樹の根の所為でな。
人工冬眠が継続できなくなった。死んだ……のだな。
「要するに、迷宮を維持していく動機が、喪われたということか」
────生還が叶わぬならば、妃の骸を衆目に晒すわけには行かぬ。貴公もそちらを見ないでくれ。
それで破壊か。
「創造主は所有権を持っていると思っているだろうが。この迷宮は、現時点では冒険者ギルドの物ということになっている。勝手に破壊する訳はいかないな」
────不承知か?!
「断るとは言ってない。要はこの部屋を余人に見られなければ、良いのだろう?」
俺だって、近しい人の屍を他人に見せたくはない。気持ちはわからないでもない。
────その通りだ。
「俺としては、この部屋以外をこれまで通り、迷宮の機能を……そうだな、できれば10年程は変わらぬようにして貰いたい」
────玄室が隠されるのであれば、システムの一部を活かしても良い。
システム?
初めて聞いた言葉だが、一瞬で意味が通じた。
「では……例えば、俺が跡形残さず、この部屋……玄室を焼き尽くすと言うのはどうだ? それならば、ギルドとも折り合いを付けさせる」
────その手段では貴公の意向は実現されぬ。玄室を燃やし尽くすような焔ならば、すぐ上にある中枢部は持たぬ。それでは迷宮機能は途絶される。
「駄目か……」
一応訊いてみるか、何か手掛かりが有るかも知れない。
「元々の破壊方法……弁を解放すると、どうやって迷宮を破壊する?」
────弁を開くと、とあるゲルが、玄室に流れ込むが……。
要約しよう。
そのゲルは、広間からの下、つまり、今、俺が居る第6階層を満たす。
弁を通る段階で、ゲルは魔力により活性化されて止まった段階で石化が始まる。
石化は数分で完了する。
術者は、広間まで退避すれば害は無い。
「それでは、迷宮全体が破壊されるような気はしないが?」
────複数の経路から、流れ込むゲルが魔力導波管を塞ぎ、魔力で支える耐力構造体が数週間を経て構造崩壊する。
ふむ。
迷宮とは、やはり魔力によって動作する装置だったか。
思い当たることがいくつかある。
それはそれとして……。
「ゲルが流れて行く複数の経路とは、どこにある?」
────それを訊いてどうする?
「良いから、教えろ!」
────その情報は持ち合わせていないが……玉座の間より下流だ。
「なぜそう言える」
────魔力を印加する弁が、玄室のすぐ上にあるからだ。間には何も無い。そして玄室から流出する経路は、玉座の間に通じる経路しかない。
そういうことか。
「いいだろう。依頼を受けよう!」
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