71話 真の探検開始!
子供の頃。家の近くに、どでかい廃工場があって、誰も居ないそこを歩き回るのが好きでした。
饐えた匂いとか、今でも思い出すと臭ってくる感じがします。
床に開いた階段を進む。
10ヤーデン降りると階下に行き着いた。
フンババの魔結晶は、やや重いが持ったままだ。魔収納に戻すと何か起こるかも知れないからな。
広間の白色とは違って、通路の天井は緑に仄光っている。蛍のような光だ。さして明るくはないが、歩くには問題ない。
床は切石でできているのは変わりないが、表面の粗度が全然違う。
広間までの通路は、ざらつきがあり歩きやすかった。が、ここはツルツルでかえって歩きづらい。俺の姿がぼんやり映っているのが見える程だ。
空気も淀みは感じられず、息苦しくはない。それに、まったく埃が積もっていない。まるでローザが念入りに掃除した直後のようだ。閉塞した通路にしては、不自然すぎる。
「なんか気味悪いね、ここ」
「うーん」
「もう、ラルちゃんのニブチン! あっ、あそこ」
少し先に明るい場所が見えてきた。
振り返ると、入り口は100ヤーデンも前、小さくなっていた。
警戒しながらも進むと、不思議な光に阻まれた。
「なぁに、これ? さっきラルちゃんが使った魔術みたい」
光壁程ではないが、魔力を感じる。
「確かに似てるな」
「この光の……なんか紛らわしいから名前付けてよ!」
「光の膜で光膜かな」
「何かベタだけど……ってことは、この先は通れないってこと」
緑に薄く光って見えるが、鑑定魔術は、ただ光としか告げてこない。
「どうかな?」
魔結晶を小脇に抱え、怖ず怖ずと空いた手を突き出す。
「ラルちゃん、気を付けて!」
「ああ」
しかし。呆気なく、手は光の膜を通り抜けた。
「なんだぁ! 脅かさないでよ! もう!」
警戒していたのだろう、猫背になっていたアリーは、しゃんと身体を伸ばすと、揚々と光膜を通り……。
「痛ったぁぁあ!」
ドンと音がして、アリーは跳ね返された。数歩後ずさって頭を抑える。
唸りながら額を抑え、回復魔術を掛けて居る。
俺は通れてアリーは通れない。
どういうことだ?
俺は再び腕を差し出すと、何の抵抗もなく通り抜ける。
「むう」
「もう訳わかんない!」
そうか。
「アリー、手を!」
「は?」
アリーと手を繋ぐ。
「これで光膜を通り抜けられるのじゃないかと……」
「おおおぅ……」
俺とアリーは、今度は弾かれることなく、通り抜けることができた。
「なに、これ! 嫌がらせ?」
かなり怒っている。
「これの所為だろう!」
「魔結晶?」
「ああ、関門の守護のな」
「はあ? それ持ってるかどうかで、光膜を通れるかどうか変わるの?」
ああと肯くと。アリーは魔結晶を両手で引ったくった。
「本当だ!」
アリーの腕が通り抜けた。次に魔結晶を床に置くと拳で壁を叩いた。ドンドンと跳ね返される。
「もう! 魔結晶をお持ちでない方は通り抜けられませんって、書いておいてよ! ったく! 目の前に星が出たんだからね」
書いてあっても読めないだろう。ここを造った人達は、エスパルダ文字を使ってないはずだからな。
「重たい……はい!」
魔結晶を、押し付けられた。
「もう行こう! あっ、ラルちゃん先に行って!」
痛かったのが堪えたのだろう。
さらに歩くこと、数十ヤーデン。
ずっと一本道を直進した突き当たり。少し開けた空間がある。
明るい。
白い大理石で、麗々しい装飾で設えられた部屋。
ここが玉座の間……かぁ。中央に2脚の椅子らしきものが並んでいる。床から生えた感じで動かせそうにはない。
「うわぁ! 綺麗な部屋!」
壁面は数多くの浮き彫りが掘られている。人物、動物、魔獣か。見たこともない精巧さだ。
なにやら絵巻物のようだな。
神代文字が鏤められていて、年代記のようだ。
しかも、人族でなく、エルフのようだ。
そして、左と右の壁。目の高さに、高さ30リンチ程の幅で溝が一筋ずつ掘られてある。そしてその中には、黄褐色にくすんだ6角柱の水晶柱が何本も並んでいる。
これは……?
「ねえねえ。ラルちゃん!」
ああ。
「ラルちゃんたら!」
こっちは後にするか。
「見て見て! すんごい豪華な椅子があるよ! 金だよ金?」
さっき見た。
「ああ」
アリーがしげしげと眺める椅子は、翡翠やら瑠璃で飾られたおり、一番目を引く煌びやかな背もたれは、黄金に輝いている。
残念ながら金無垢ではなくて金箔だが。
アリーは、わーーと叫びながら、椅子の元まで走って行って、座っている。
「うーん。なんか、硬い」
座面は石造りだしな。おそらく座らなくなって何百年も経っているし、布やら革やらでは持たなかったのだろうけど。
「ラルちゃん。何か全然嬉しそうじゃないよね。これ結構なお宝だよね」
「お宝だな。だけど、床やら壁にくっついている物は俺達の物にはならないぞ」
「はぁああ? なんでよ?」
「こう言うのは、ギルド管轄の迷宮内では設備扱いだ。見付けた者には何の権利もないぞ」
「ええ? 本当に?!」
「ああ!」
「嘘でしょう! なんでよー……」
がっくり肩を落とした。
そりゃ、そう決めておかないと、通路にくっついてるような物まで引っぺがして持って行く、不心得者が居たからだろう
「まあ、謝礼ぐらいはくれるだろうけどな」
「はあぁぁ……」
俺も金は欲しい……欲しいが、盗掘者に成る気はない。
それよりも。あれは……
2脚の椅子の奥に腰高の段がある。
上面は滑らかな銀の金属板が張られている。ミスリルだ。
祭壇──
選ばれし者よ 玉座の間にて 我を祭壇へ捧げよ さらば 道を開かん
文章が脳裏に甦る。
「あぁぁ、アリー」
「その顔! 何かする気でしょ?!」
「よく、わかるな」
「付き合い長いんだから分かるわよ!」
ふむ。まあ良しとするか。
バルログの魔結晶を近づけると、再び鈍く光り始めた。
祭壇に置く。
魔結晶が一際目映く輝いたかと思う間もなく、周囲の光を奪うように集束し、部屋ごと薄暗くなった。
ダン!
何かの打撃音が聞こえた途端。すぐ前方の壁が突然消え失せた。
向こうに空間が透けて、光の膜が取って代わった。
祭壇が輝いて、文字が表示される。
ਜਇਚਇਏਭਫ ਚਙਲਛਙਟਹਤ
触れ! 証に
光膜が、こっちへ向かってくる。
やばっ!
気が付いたときには、1ヤーデンもない。
訳していた分、反応が遅れた。
左手で目の前にある、魔結晶に触れ、右手でアリーの手を握った。
「いやぁぁあああーーーーー」
何ぃ!
アリーの手ごと引っ張られたので、俺は反射的に手を離す。
俺は通り抜けたが、手を繋いでいたのにも拘わらず、アリーは膜に押されて、部屋の口の方へ押しやられていく。
このぉぉ!
【衝……
発動途中──数ヤーデン進んだところで、膜の移動が止まった。
仕掛け自体をぶっ潰す気で、衝撃を発動しかけたが、すんでの所で思い留まった。この遺跡をなんとか壊さずに済んだ。
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