69話 樹の根
実は、この話から5章の後半になります!
「バルサムさん! 入会志願者をいびるのはやめて下さいって、何度も申し上げてますよね! いくらギルドって言ってもやって駄目なことがあるって」
先程魔術師の試験したばかりだが、受付嬢のサーシャ君が怒鳴り込んできた。少し垂れ気味な眦を懸命に吊り上げて捲し立てる。
「死んでいないが……」
「当たり前です! 痣だらけになっていたから医務室に連れて行って、サボー先生に回復してもらったんですからね」
土で作ったオーク兵に、コテンパンにやられていたからな。
「ならば、良いじゃないか」
「全然良くないです! 変な評判が流れたら、このギルドに有望な魔法師が加入しなくなっちゃいますよ!」
「仕方ないな」
試験を突破できないようなら、有望とは言えない。
「もう! 志願者は、ラルフ君みたいな子ばっかりじゃないんですからね!」
「ラルフ君?」
突然、サーシャ君は顔を真っ赤にした。そして、何かを期して息を吸い込んだ時──
棚の上のベルが、けたたましく鳴った。
口を大きく開けた彼女を、手で制する。
「なっ、なんです? バルサムさん」
「非常事態だ」
ベル──魔導具についた針は、文字盤の1を指している。
ターセル! あの迷宮か!
「サーシャ君。支部長は?」
「えっ! あっ、ああ、なんかお役人と面談されていますが……いやそれよりもですね……」
それからも何かキャンキャン叫んでいるが、まったく頭に入ってこなかった。
† † †
地下第4階層の関門の間を突破した俺達は、下に続く階段を見付けた。
「下に行ったら、少し休憩しない……って、ラルちゃん。振り向いてどうしたの?」
「ああ、何か後ろで動いたような……」
「ちょ、ちょっとやめてよ!」
いや、その手の者じゃなくて、魔術のような気がしたが。
感知魔術には引っかからない。思い過ごしか。
「早く行こうよ!」
「ああ」
地下第5階層に降りると、やはり通路が広くなったところがあり、そこに転層陣もある。
周りには、冒険者が20人弱たむろっていた。
まだ昼には時間があるが、何人かは既に食事してたりする。俺達が休めそうな余地は、なくもないと言う混み具合だ。まあ、まだ先はあるし、ここに拘る必要はない。
「むう」
「どうしたの? ラルちゃん」
「この地下第5階層は、明るいなあと思って」
この区画も、通路はずっと明るく見透しが効く。
「そうだね。ここだけじゃないけど」
ここも天井が光っているおかげで、魔石灯がない。
広間が特別な部屋だと思っていたが。そうでもないらしい。地下深い場所は、迷宮がまだ機能しているということか……まあ良い。
「とりあえず、サラの用を済ませよう」
「あっ、あの……」
「ラルちゃん、やさしぃー」
その内、パーティーを組む仲間だからな。
「おお、嬢ちゃん達。やっぱり突破できたか。おめでとう」
「誰?(ボソ)」
中年のおじさんに話しかけられて、訝しそうな表情のアリーに小声で聞かれる。
「お前が居ないときに情報を聞いた人だ」
「ああ。どうも」
「で、守護魔獣は何だった? ワーベアーか? オーガか? バジリスクか? それ以外だったら教えてくれると助かる」
言うべきなのか?
「ミノタウロス……」
アリーがいつものように、無邪気に答えた。
「おお、ミノタウロスか。あれは、滅多に出ないんだ! 3頭で出てきて力押ししてくる厄介なやつららしいが」
「……とフンババ!」
周りに居た2、3人がこちらを見る。
「フンババ……はっははは。そんな、強い魔獣が……ここに出るはずが……」
「別に信じなくてもいいけどぉ」
そのまま、アリーは歩み去る。
サラが話を引き取る。
「あのう。この5階層も、よくご存じなんですよね?」
「あっ、ああ」
「この階層で、草が生えているような所はありますか」
「草? ん……どっかで見たような……おぉーい! この階層で草が生えてるところ、どこにあったっけ?」
「バシルス。あそこじゃないか? 廃墟。長い行き止まりの通路の先にある」
「あっ、ああ。そうだ、あそこだ! しばらく行ってないから、忘れてた」
心当たりがありそうだ。
バシルスと呼ばれた親切な男が振り返る。
「えーと、この先を200ヤーデンくらい行ったところで三叉路が有って、そこを右に道なりに行くと、次の辻を真っ直ぐ、うーーんと、その先は……そうだ左だ。……その先を左に曲がると、後は道なりだったはずだ! たぶん」
たぶんって。
「ああ、意外と面倒臭いとこにあるよな。ああ、ごめん。今ので憶えられないよ」
「ええ。済みません。もう1度言って戴けますか。紙に書きますので」
はあ……割り込もう。
「200ヤーデン先を右、真っ直ぐ、左……左、あとは道なりですね」
バシルスとサラが、俺を見返した。
「おお、憶えたのか……凄いな。あんた。じゃあ、もう戻ってもいいな」
「ああ、はい。お手間を取らせました。ありがとうございました」
「良いってことよ! だけど、この5階層は奥は深いが、特に何も無いぞ。魔獣もほとんど出ないからな。だから、みんなここから引き返すんだ、第1階層か第4階層かに。まあ、初めて来たなら回ってみるのも良いかも……知れないがな。じゃあな」
手を振って分かれ、先に行っていたアリーに追い付く。
「アリー。情報が入ったな。そっちに行ってよう」
「ああやっぱり。皆さんに薬草探しまで手伝って戴くわけには!」
「何言ってるのよ。もうサラも仲間なんだから!」
「ありがとうございます」
「ありがとうだけで良いよ!」
サラは満面の笑顔で肯いた。
道順をアリーとサラに教えて、先に進む。
確かに、魔獣は出てこない。迷宮が好きとか、薬草探しの用がなければ、あの男が言ったように、この階層に留まるのは時間の無駄だろう。
歩くこと30分。
バシルスが道なりにと言っていた、一本道に差し掛かった。
「ん? 何これ。根?」
先行したアリーが、奇矯な声を挙げる。
樹の根だな。
通路の壁や天井の継ぎ目などから、根が張り出してきている。
「まあ地下だし。木の根ぐらい有るかぁ」
アリーは独りごちて、また歩き出す。
言う通りではあるが……少し気になる。この迷宮の形を立体的に脳裏に構築する。
ギルドの地図と重ね合わすと。
「北東の端か……」
「はっ? ラルちゃん、何か言った?」
「いや、独り言だ! 気にするな」
多層の迷宮で、上と言えば上の階層だ。そこから根が来ているなら、上の階層にもあって然るべきだが、見た記憶はないので不審に思ったのだ。
迷宮の入り口から見て、ここは丘の向こう側に張り出していた。この直上には、階層はない。
それぐらいしか分からないが。
いや。ローザが迷宮の丘と湖の間に、林があると言っていた。恐らく、その樹の根だ。
「あっ! 部屋っぽい」
数秒後、言った通り広間に出た。
結構広いな。差し渡し40ヤーデン程の丸い広間だ。
「なんだ、あれ?」
部屋の中央に、抱えきれぬ程の太い樹の根だろう、何十と天井と床を突き破り、縦に貫いている。節くれ立った根の内、いくつかは床をうねうねと這って広がり、広間の2割方を埋めていた。これだけの根だ、地上はさぞかし大樹になっていることだろう。
どうやらこの根は、この広間ができた時からあったものではなく、成長するにしたがって、ここに進入してきた物と見える。
あちこち天井や壁が壊れているのは、その所為だ。
また床や壁の一部が蔓草が生い茂り、一部の壁を含めて黒く覆っている。彼らが言っていた廃墟とは、ここのことらしい。
ぐるっと見渡したが、俺達以外は誰も居ない。ここに来るときも誰にも会わなかったしな。
「うわーー。大丈夫かな? 崩れないと良いけど」
「まあ、この広間ができてから、少なくとも数百年は経っている。今日壊れたら、俺達は余程運がないと言うことになるな」
「じゃあ、大丈夫か」
大した自信家だな。
「あちらの方……草が生えています」
ああ、そうだった。薬草を探しに来たんだったな。
「サラが探してるのは、この蔓草じゃないよね」
「ええ、違います……ああぁ!!」
初めて聞いた歓声を上げながら、サラが走って行った。
俺とアリーも顔を見合わせ、後を追う。
蔓草とは違う植生だ。
天井か床が崩れて、踏んだ感じ、ここには土がある。その一角には、細く平たい葉の草が生い茂っている
サラが見ているのは、そこから頭ひとつ高く70リンチ弱(60cm)も茎が伸びた草だ。
間隔を空けていくつか似たような株が生えている。
「ありました。私が探していたアスフォデルです!」
アスフォデル──。
鑑定魔術が、別名天国百合、多年草と知らせてきた。墓の横に植えられることが多いか……。
※アスフォデル:日本語の別名は極楽百合です
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訂正履歴
2018/04/14 廃墟となった広間が無人だったことを強調する記述を追加(まあ文脈で分かるとはあ思いますが)
2018/04/24 誤字脱字(Knight2Kさん,ありがとうございます)
2025/05/03 誤字訂正 (ferouさん ありがとうございます)




