6話 洗礼と奇跡(序章本編終了)
序章まとめ投稿6話目です。
「こんにちは。エルディア司祭様」
礼拝堂に入ると、黒い服を着たお爺さんに挨拶する。
にっこり笑ってる。
「おぅ。ラルフ君また大きくなったね。こんにちは」
胸に両手を当てていると、大きな手で頭を撫でられた。
「それで、君は? 初めて会うね」
「こっ、こ、こんにちはアリシアです! 2歳です!」
隣に居るアリーもおっかなびっくり、しかし、元気よく挨拶した。
「そうかそうか。よく言えたね。こんにちは、アリシア君……おおラングレン殿、そして皆さん。ようこそ」
「こんにちは、司祭様。いや、早いものですね、この前、この子が生まれたと思っていましたが。もう洗礼の日になりました」
「はははは。そうでしょう。私もこの村に赴任して丸10年経ちましたが。初めてこの礼拝堂に入った日が、昨日のことのようです。何事も光神様のお導きです」
ん?
おとうさんと司祭様の話を聞いていると、服を引っ張られた。
「ラルちゃん!」
「なあに?」
「あそこ……綺麗!」
礼拝堂の前の方、円い窓から光が差し込んできている。
カーン!! カーーン!! …………
「わあ」
大きな音で鐘が鳴って、アリーが耳を押さえた。
10回響いた後、余韻がまだ続いている。
「では、早速始めましょう。皆さん、こちらへどうぞ」
両側に長椅子が幾つも並ぶ通路を、奥へ歩いて行く。
「さあさ、どうぞ、中へ」
長椅子の列が途切れると、少し段が有って柵があった。
黒い服と頭巾を着けた女性の助祭様が、柵を開けてくれたので、中へ入る。
演台の右側、床に敷物が敷いてあって、前に小さな台が置かれている。
「マリーヌ先生。こんにちは」
「あら、ローザンヌさん。こんにちは。学校以外で会うのは初めてかしら。ご家族が洗礼されるの?」
「はい。妹です」
助祭様とローザ姉が挨拶し合っている。
「そうですか。おめでとう。また後でね」
「それでは、洗礼の儀式を始めさせて戴きます」
「よろしくお願い致します」
おとうさんが答えた。
僕とアリーが並ぶ。
「ああ。ラルフェウス様から、お先に」
マルタさんが勧めてくれた。
「いえ。洗礼の儀は、その場に集った者で、先に生まれた者から行うのが習わしとなっております。故にそちらのアリシア殿から」
「そっ、そうですか」
マルタさんはビクッとなった。
「では、マルタ、アリー、遠慮なく先に」
「はい。旦那様」
「では、その緋色の敷物に、ああ、ここに膝をついてね」
「はっ、はい」
アリーが、顔を強張らせながら四つん這いになった。
「水、水……」
洗礼の説明を、ローザ姉から聞いていたのを思い出したみたいだ。
「光神よ聖絶を……」
司祭様は、鈍い金色の杯に向かい、指を動かして何事か呟いた。
知ってる。聖水を作ったんだ。
「銀盆を」
「はっ!」
助祭様が、平たい銀色のお皿をアリーの頭の下に動かした。
「光神よ! 貴方の御前に額ずきし シュテルン村アリシアを 新たな僕と認め 祝福を与え給え」
司祭様が杯を傾けると、満たしていた聖水がこぼれ落ちた。
……けっこう多い。
アリーの長い髪でも湛えきれず顔を伝う。
額、鼻先、顎から聖水が滴り、銀の盆に落ちた。
水音。叩く音が、跳ねる音に変わる。
丸窓を透った光が、盆に射した。
「おおぉ」
助祭様の声だ。
ん?
盆が緑色に輝いてる。
司祭様が杯を戻して、言われた。
「僕に幸多からんことを」
「はい、もう良いですよ。拭いて下さい。それにしても光ったのは初めて見ました」
助祭様が、興奮したように言った。
「あっ、あのう。光ると何かあるのでございましょうか?」
マルタさんが、怖々問い質す。
「いやなに、我が宗派には言い伝えがあってな。善き者が洗礼されるとき、光が満ちあふれると言われて居る」
「緑の光は慈母の光と聞き及んでおります」
へえー。そうなんだ。凄いな。
アリーは、きょとんとしているが、マルタさんもローザ姉も嬉しそうだ。
気のせいか、お母さんの顔が、強張っているような。
「では、ラルフェウス殿」
僕の番が来た。
「はい!」
アリーと入れ違いに、敷物の上に跪いた。
「光神よ! 貴方の御前に額ずきし シュテルン村ラルフェウスを 新たな僕と認め 祝福を与え給え」
冷た!
頭の後ろから、水が顔を滴って、銀の盆にこぼれ落ちた。
目を開いた。
ああ、水も盆も光ってないや。僕は善き者じゃないんだ。
おおぉ!
後ろが響めいた。
「こんなことが!」
「光神よ! ありがたき幸せ」
はっ?
もう一度、銀盆を見たが、光ってない。いや、むしろ敷物や床の方が明るくなっているような……。
じゃあ、何?
顔を上げると、みんな驚いてる。
「おかあさん?」
「ラルフ、頭!」
「輪が!」
頭? 輪?
顔を上げると、目に水が入った。何も見えない。
思わず手を伸ばす。
「ああぁ」
ベシャっと濡れた髪に触る。
「消えたぁ」
「あぁ消えちゃったぁ」
「皆様!」
「しっ、失礼しました!」
「僕に幸多からんことを」
「はい。ラルフェウス君の頭を拭ってやって下さい」
終わったらしい。
「ラルフ? 大丈夫?」
「なっ、何が?」
おかあさんが、頭を拭きながら、手で触る。何のことなのかさっぱり分からない。
「ラルフの頭の上に光の輪ができたのよ!」
「へっ?」
光の輪?
「奥様。聖堂内では、お静かに願います」
「すみません。取り乱しました」
「いや、無理もない。私も驚きました。ラルフェウス君の頭上に、光の輪が現れるなど」
「ええ、まるで壁画の天使様のようでした」
横に居たアリーとローザ姉を見ると、大きく肯いた。
「皆様。これは、稀に見る瑞兆に違いありません」
「司祭様」
「ですが、このことは口外なさらぬよう……」
†
「凄かったんだよ。ラルちゃんの頭に輪っかができてさ」
教会からの帰り道。
まだ、アリーが凄い凄いと言っている。
「天使様みたいだった」
「アリー! 司祭様と外では言わないって、約束したでしょう!」
「そっだった!」
「ローザ姉……」
「なんです。ラルフェウス様」
「僕って、なんか変なのかなあ」
ローザ姉が小走りで前に回り込んで、僕の両肩を掴んだ。
「ラルフェウス様は光神様に愛された方なのです。素晴らしいことなのです。決して変ではありません。ローザは前からそう思っておりました!」
「えっ?」
「だからこそ、ラルフェウス様は、皆の模範とならなければなりませんよ」
「うっ、うん」
ローザ姉の笑顔は、長く僕の中に残った。
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備考
2020/03/06 アリーの発言「そっだった」は日本語としては変ですが、幼児の舌足らずの表現として当初の通り残させて戴きます。ご指摘ありがとうございました。
2021/08/23 誤字訂正(ID:598501さん ありがとうございます)