60話 お告げと骸骨
骸骨。理科室とかにあった骨格標本のイメージが……
魔導鞄から移してあった魔収納から、丸めてあった敷物を出して通路の一角に広げる。座布団に水筒と茶器を出す。
「お茶は、アリーちゃんがやるし」
「ああ、頼む」
俺は、館から持ってきた、深めの皿と別の水筒を出して水を注ぐ。
セレナが、ゆっくり寄ってきて、顔を埋めて飲み始めた。
頭を撫でてやると、グルグルっと喉を鳴らした。
本来魔獣は水がなくとも死なないようだが、飲みたいだろうからな。
「はい!」
「ああ、ありがとう」
皿に乗ったカップを受け取る。
「注いだだけだけどね」
3時間前に館で作った、淹れ立てのお茶を喫する。
美味い。
さすが、ローザ。絶妙だ。
「このカップとか。どこから出したの? さっき、鞄から出さなかったよね」
目敏いヤツ。
「魔術で同じことができるようになったんだ。鞄はローザに渡した」
「まぁた、お姉ちゃんか。ぶう」
ご不満のようだが、無視する。
「そうだ! ラルちゃん。このままお昼にしない?」
「まだ、11時過ぎたところだぞ」
「いいじゃん。お腹空いたぁ」
朝、俺の倍は食っていただろう。
「……あと今食べておけってお告げが!」
お告げって。
最近ギルドの研修に行ってるそうだからな。それに食い物のことで機嫌損ねると長引くんだよな、アリーは。
「仕方ない」
少し早いが昼食にした。
長い黒パンに縦に切れ目を入れ、肉の燻製やら葉野菜を挟んだサンデルス風、略してハムサンドを食べた。辛子バターが効いていてなかなか美味かった。
セレナに魔力を補給するか。
手招きして、呼び寄せる。
毛足の長い背を撫でたり梳いたりしながら、魔力を注ぎ込む。
セレナの目が細くなって心地よさそうだ。
休憩の後、迷宮探索を再開した。
野獣系魔獣はセレナが斃し、スペクターは俺が始末した。
昼過ぎに2階層を終わり、長い階段を降りて地下3階層へ達した。
「うわっ、人が一杯居るね」
「そうだな」
転層陣の周りは、広間ぽくなっていて天井も高い。そこに敷物を敷いて座っている者が、20人程。4パーティーが休んでいるようだ。時刻も有るのだろう、炊さんしながら食事をしている者が多い。まあここなら、煙も気にならないしな。
「良かったねえ。お告げの通り、さっき食べておいて」
「はっ?」
「だって、ここで食べたら、今みたいに美少女アリーちゃんに注目が集まって、ラルちゃんも食べ辛いよ」
確かに、こちらへ向けられた視線が多い。
俺はフードを目深に被っているし、見られているのはアリーだろう。
「どこまで本気で言ってるのかわからんが、偶然だ」
「お告げを信じなさい!」
うーむ。食事を早めた言い訳にしか聞こえない。あと、それに周りの冒険者達、その視線の先は、概ね別のところにあるようだけど。
とは、口にせず、広間と転送門を後にする。
100ヤーデン程進むと分岐に差し掛かった。
「そっちで良いのか?」
何の迷いもなく、アリーが左に曲がったので、気になった。
「えっ、間違ってる?」
「間違っては居ないが……お告げか?」
どちらに行っても、第4階層に続く階段がある。だから、あの地図だけでは、どっちが合っているかはわからない。まあ、左の方が大分暗いけどな。
「勘よ、勘! 女の勘!? そう都合良くお告げは来ないって」
「今まで通り勘か……」
長い付き合いだ。アリーが勘や閃きを重視することは良く分かっている。
「勘なら訊きたいことがある。アリーの勘はどう言う基準なんだ?」
「はあ? 勘に基準?」
「要するにアリーにとってどういう道が、選びたい道なんだ?」
「ああ、そういうこと?! 進んだら直ぐに行き止まりとか論外だけど、それ以外は、行ったら面白そうな道かな」
「やっぱりな」
「ぇぇええ! じゃあ、右に行く?」
「いや。左で良い。任せた以上、明らかに間違っていることが分かっているとき以外は、アリーの選択に従うことにする」
ギルドが推奨しない道が、間違った道とは限らない。
「ふんだ!」
アリーは斜め後ろから見てもふくれっ面で左にそのまま進んでいく。
石の壁が、白い石灰岩から、黒っぽい玄武岩に変わった。
5分も経った頃。
「なんか臭うよね」
ぼそっとアリーが呟く。セレナも、落ち着かないのか、絶えず首を回している。
饐えた匂いは……。
「奥の方が強いな」
うんと頷くと。前方に壁が見えてきた。
右への曲がり角。
何か灯りが揺れている。カシャカシャと鎧が擦れるような音が、聞こえてくる。
人間?
いや魔獣だ。
感知魔術に依れば、生命反応の薄い魔獣の中でも、かなり低い。
「うわぁ、嫌いなヤツだ。消えまーす」
アリーはすうっと薄くなっていき、姿が見えなくなった。
どんどんと騒がしくなり、角を曲がって現れた。
兜に付け、盾と剣を構えた歩兵──
だが、鎧は着けていない、不自然さ。第一肉もなく、全身白骨だ。
初めて見る、確か……骸骨戦士。
顎をかち鳴らして、2体が突進してきた。
俺の前に音も無くセレナが回り込んだ。
そして素晴らしい瞬発で襲いかかる。
寸前に跳躍、腕の一閃で頭蓋を飛ばし、残る1体には盾の上から体当たりだ。脆くも全身バラバラになった。
「グォッーーーーッフ」
勝ち誇った。
しかし、おぞましい光景が
まるで時間が戻るように骨格が組み上がり、最後に頭蓋が乗った。
虚ろな眼窩に燐光が甦り、再び剣を振り上げる。
それに角の向こうから、またもや耳障りな音がやってくる。増援だ。
10体程に増えた。
「セレナ、下がれ!」
喉を鳴らしていた、セレナが口角を憎々しく上げながら、俺の言に従う。
一斉に突進が始まる。こちらへと。
腕を構え──
【萬礫!!】
構えの先。
虚空が一面に白く煙った刹那、轟音と共に幾万の散弾が対壁を穿つ。
俺に殺到したスパルトイの姿はなく、悉く打ち砕かれた骨片を晒していた。数瞬遅れて床一面が、金粉に覆われるように綺羅光って、瞬くように消えた。
後方に居たアリーが姿を現し、前へと歩いて行く。
「うわぁ、凶悪……。見て見てラルちゃん。壁の石が蜂の巣みたい」
指で触っている。
氷礫の互換中級魔術。閉空間ゆえ、さほど魔力を込めなかったが、この威力。なかなか使えそうな魔術だ。
「先へ行くぞ」
通路の角を曲がり、しばらく行くと、壁に白い部分がある。
そこだけ、周りの岩と感触が違う。一辺が2ヤーデンもある艶やかな三角の曲面が象られている。
「どうしたの? ラルちゃん」
「牙? いや骨か……」
そう言う感触だ。深奥から、魔力が染み出して来る。
「骨? 気持ち悪いよ」
無視だ。
指先で触ると、微かな凹凸を感じた。
縦、そして放射状の溝。
目立たないが紋章だ。
その間に、呪文が刻まれている。
ほう……。
「どうやら、ここから、さっきの骸骨戦士が生まれるようだ」
それにしても。この大きさは何の骨だ?
魔獣ではないし、巨大な海獣がいると聞いたことがあるが……しかし、この魔力は……もしや!
聞いたことがある、超獣は稀に死骸を遺すと。古にはそれを魔導器に加工して使われることがあったと。
「はあ?」
「大丈夫だ。魔力が満ちるまで、しばらく時間が掛かる」
「いや、そういうことじゃ、ないんだけど」
一瞬、これを打ち壊すべきかと思ったが……。
「やめておこう」
「はあ?」
まあ何かの役に立つかも知れない。
手で触って、紋章の形と呪文を憶えた。宿に泊まったら、何かに書き写しておこう。
「まだぁ、もう行こうよ……」
「そうだな」
さらにしばらく進むと、下へ伸びる階段があった。
未知の第4階層だ。
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2018/03/25 冒頭部分の表現を変更




