59話 光魔術は聖属性
女性の方が、怖い物見たさの傾向が強いよなあ。お化け屋敷とかジェットコースターとか……
少し進むと、人の列ができていた。
転層陣だ。
床に腰高の円い柱、その周りの床に、直径6ヤーデン程の丸い紋章が描かれている。
実物は初めて見たが、本の挿絵によく似ている。階層型の迷宮には良くある物らしい。
その陣の中に冒険者5人が入ると、1人が行くぞと声を掛けた。さっき買った物と同じ転層石を、柱の頂きにある丸い水晶に翳すと、2つの石が蒼く輝きだし、続いて陣内の人間がうっすらと青く光り出す。
5秒程の間があって──
「消えたあぁ! 消えたよ、ラルちゃん」
アリーの言う通り、後に残ったのは、明かりが滅した転層陣だけ。消えた人達は、願った別の階層へと一瞬で飛ばされたのだ。
アリーは満面の笑みで俺の手を持ち、ブンブンと振ってる。頭では理解していても、初めて見れば結構興奮するのはわかるが、はしゃぎ過ぎだろ。
すぐ後、今度は水晶が赤く輝いて明滅した。
「おおっと、待て待て!」
陣に入りかけた後続が、叫んで止める
数秒後。
「今度は人が出てきた!」
6人だ。金鱗鎧と革鎧半々の戦士達。
無論さっき飛んでいったパーティとは違う人達だ。何だか足取りが重いが、俺達と擦れ違う。
「ああ、終わった終わったぁ、エールでも飲んで寝るか」
出口のすぐ側まで戻ってきたからだろう、表情が緩んでいる。
「でもよう、夜通し戦うてのはどうなんだぁ。会敵率は少しは良いのかも知れないが、疲れるぜ」
「何を言う、地下迷宮に昼も夜もあるか」
「ちげーねえ、あはっはは、おわっ! で、でけー犬」
「首輪がある、従魔だよ。なーに、ビビってんだ、あはっはは……」
3代目の首輪は濃紺だ。セレナの青白い体毛に埋まっても結構目立つ。
別階層に行ったことない俺達は、転層できないので列には並ばず、横を通り過ぎる。
その時、転層石が輝いた。どうやれば良いのかと思っていたが、これで戻ってこれるようになったらしい。
「さて、見てないで、俺達は進むぞ」
「ワフッ」
「行こう行こう、ラルちゃん! わくわくするねえ」
地下迷宮を歩き始めたが、別にどうと言うことない。
ところどころ瓦礫が転がっているが、床は平らで歩きやすいし、通路も分岐が少ない。
おまけでもらったギルド公認地図は、概ね正確で迷うことはない。
しかも、魔石灯はさっきよりまばらにはなったが、通行に困らない程度には明るい。
あと気が付いたが、袋小路になっている方は、あからさまに暗くなっていて、初めて来る冒険者を誘導しているようだ。
「ちょっと拍子抜け?」
歩き出して1時間足らず、アリーがこぼす。
まあ出て来る魔獣は、下級ゴブリンやワーハウンドぐらいだし。それも、瞬く間にセレナが始末するからな。気持ちも分からなくはない。
いつもならアリーちゃん疲れたとか言うが、今日は言ってない。
「まだ第1階層だぞ、アリー」
「そうだった。でも、村の川原の方が強い魔獣が居るね」
「その角を曲がれば、下への階段があるし。少しは期待できるだろ」
「そだね……って、ラルちゃん。地図は私が持ってるんですけど!」
そんなもの、一度見れば憶えるだろう。
特に魔獣もおらず、罠もなく。難なく地下第2階層へ降り立つ。
「誰か居る」
30ヤーデンほど先に、うっすらと人影がある。
進んでいくと、軽装の男がいた。その向こうに転層陣が見える。
「やあ。お嬢さん達、迷宮は初めてかな?」
先に歩くアリーは無言で睨み付けた。
「ああいや。怪しい者じゃねえ、転層屋だ」
「転層屋?」
「ああ知らないか? どうだい。4階層まで、1人3スリングで運んでやるぜ」
アリーは、顔を顰めた。
「そういうことね。折角迷宮が楽しいのに、ズルなんか要らないわ」
男は指を2本立てて居たが引っ込めた。2スリングまで値引きする気だったのだろうが、無駄を悟ったようだ。
「……あっ、ああ。そうか。じゃあ、アマダー神の悪霊系魔獣避けの護符なんかどうだ」
この男なかなか商売っ気があるな。しかし……。
「護符?」
「ああ、第2階層はな。出るんだよ。斬ったり叩いたりしても効かない魔獣が!」
「例えば、あれか?」
俺の声に男が振り向く。
「げっ! 出やがった!」
前方20ヤーデンに、もやっとした黒い霧が浮かんでいる。うねくりながら、切石の通路をこちらに向かってくる。
「悪霊だ! 護符、護符を!」
「商品を売る以外に使うのは感心しない」
【閃光】
眉間の前方から、幾条もの直線が迸る。毛より細き多数の光跡が霧を貫くと、薄らと透けていた悪霊が不透明に顕現し、瞬く前に紅く燃え上がった。
すうと湧き出た魔結晶が、ゴツっと床に落ちる。
「ひっ、光魔術……。あんたぁ……何者だ。なんで2階層なんかに居る」
光魔術は高い聖属性を持っている。護符もアマダー神と言っているから光魔術か、共通点が有るな。不定型魔獣や霊的魔獣には使えそうだ。
アリーが、黒褐色の結晶を拾うと振り返った。
「ああ悪いけど、護符も要らないみたい。行こう、ラルちゃん!」
50ヤーデン余り進んで、角を曲がる。人影はない。
「セレナ!」
「ワフッ」
暗くてもよく目立つ、艶やかな毛並みだ。思わず後頭部から首筋を撫でる。
「さっきは、賢かったな。あれは、周りを取り囲んで生気を吸い上げるヤツだ、これからも無闇に突っ込むじゃないぞ」
「ワフッ!」
「そうかそうか」
わかっているらしい。
「ラルちゃぁぁん!」
こっちを振り向いた。
「ん?」
「アリーちゃんにも言うことないの? ほら、私も突っ込まなかったし」
なぜ張り合う。
「そうだな。ちゃんと道を間違えないし、暗くても臆せず進むし、良いんじゃないか」
「でぇへ! でしょう……うふふ。もっとないかしらぁ!」
自分の胸を抱いてクネクネ身を揉んでいる。相変わらず、褒められ耐性がないな。
「少しは部屋を片付けなさい! 洗濯物を溜めない! とか、ローザならそう言うかな」
「って、ラルちゃん! 似てたからちょっとビビったでしょ……って前方に、わっ、きも! 大芋虫がいっぱい!」
ザッとかすかな気配と共にセレナが疾走する。
幾つもの単眼が青白き影を映すと、顎門が開き粘液を吐き出した。
飛来する毒液を右に左に避ける。芋虫達は業を煮やしたのか一斉に吐出。
セレナは身を翻し──
「壁を走ってる!」
そのまま捻れて、三本の爪が螺旋に閃く。
擦れ違った芋虫達が緑の体液を撒き散らせたが、地に墜ちる前に光粒へと散華した。
「やるぅ! セレナ。芋虫の時は頼んだわよ」
珍しくアリーが、セレナの頭を撫でている。
「それにしても……」
念を込めつつセレナを視る。
鑑定魔術が、ギザギザの星形と中央に77とうっすら視界に重ねてくる。
数字は総合戦闘級のことだ。
2年前の魔術改造にハマっていたときに、人物鑑定の水晶に刻まれた術式を改変して作った鑑定魔術だ。
レベルは戦闘中に一々細々と数値を把握するのが面倒だったので、代表値として設定した。ちなみに六脚巨猪の値を100として基準にしてる。
体力、魔力、素早さなどの指標に独断と偏見で非線形重み値を乗して合計し、正規化したものだ。
正確性は、かなり適当ではあるけど、僕の肌感覚には合っている。
チャートは、それぞれの中心からの距離が、個別の指標の値を示している。
尖っていれば、特定項目に秀で、丸ければ総合力が高いと言うことになる。
これで、敵魔獣の強さを一瞬で評価できると、作った直ぐは喜んだのだけど。
日々出てくる魔獣はほとんど30以下だし、50を越えることなど1月に一回あれば良い方ということで、常時発動ではあるが100を超える魔獣が現れたら表示するようにして、普段は隠蔽させた。それゆえ最近この魔術の存在を忘れかけてた。
それは良いけど、セレナ。攻撃力がもう一つだなあ。
爪が立たない硬い殻を持つような敵は苦手だし、得手不得手がはっきりしてるからか。体力、頑強さ、素早さは良いけど……。
魔術攻撃はないし、何かで破壊力を伸ばしてやればぐっと良くなるとは思うけど。どうしたものだろう。
その横を歩くアリーは、レベル69だけど、すごく尖った形状。隠遁性の指標が一点突破して稼いでる。仮にこれを省くと37とか並の魔獣に落ちる。
ただ、この魔術、対象が人間だと欠陥が有る。武装による強さが反映されないのだ。大きく補正を掛けなければならない。
「何、アリーちゃんをじっと見て! おっぱい? おっぱいなの?」
半笑いだ。
最近薄着が多いと思っていたが、何でそんなに強調したいのか……たぶん大きくなっているのだろう。
「アリーに持たせるとしたら、どんな武器かなと思ってさ」
「ほうほう。お茶でも飲みながら、じっくり話を聞きましょうかな」
その言葉で小休止になった。
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訂正履歴
2018/03/23 細々訂正(済みません)
2019/06/29 誤字訂正(ID:496160さん ありがとうございます)
2020/03/20 誤字訂正(ID:881838さん ありがとうございます)
2021/04/17 誤字訂正(ID:209927さん ありがとうございます)
2025/05/20 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




