52話 災い転じて
ある集団に入り込まないといけないとき、緊張しましたねえ。
大人になってから、そうでも無くなりましたが。なんだったんでしょうか。
バナージ先生の説明が続く。
「じゃあ、これから基礎課程について説明するぞ。知ってると言わず、よく聞くように」
基礎課程は──
1。神学の基礎を知って、来年からの2年間の専攻内容を決めることを目指す。
2。教養科目と神学専門科目を履修する。午前2限の授業、午後は自主研究とする。
3。自主研究については、バナージ先生の内容承認を受け、自習とする。
やり方と実施場所は問わないが、3ヶ月ごと、年4回の進捗報告を実施する。
俺の場合。
午後は、冒険者を実施しようとしている。自主研究との両立は精査が必要だ。
それから、今後3年間の神学科の大まかな予定、1年間の基礎課程の展望などを説明があって、1時間余りが経過した頃。
朝、生徒を捌いていた上級生が入ってきた。
バナージ先生は、目で確認してこう言った。
「私からの説明は以上だ。それでは、知っているとは思うが、レスター君から生活指導の説明をして貰う。じゃあ、よろしく」
先生と入れ替わって、そのレスター先輩が教壇に立った。
「神学科1年の皆さん。こんにちは。神職科2年、男子第3寄宿舎舎監のレスターです。ああ君も私の顔をよく憶えるように」
また俺の方を見た。
「隣にいる同じく神職科2年、女子第2寄宿舎舎監のメイムさんと、一緒に皆さんの生活指導をしていきます」
へえ。
「皆さんは、王都在住票を持っていますが……」
ああ、首から下げている、これな。
「……これには、在住理由が刻まれていますが、皆さんの場合は修学院生となっているはずです。神学科は神職科と異なり、行動制約が少ない。しかし、一般の人から見れば修学院生と言えば何科なのかは関係ありません。要するに、一般人よりも厳しい行動規範が求められることを忘れないで下さい。ついては、皆さんに修学院生の自覚と誇りを少しでも早く身に付けて貰いたく思います」
うわっ、結構面倒くさいことを言い出したな。
その後5分。余り聞きたくない話が続いたが、ようやく終わって休み時間となった。
2限目は、講義棟、礼拝堂含め院内の建物、施設説明があって30分程自習となった。俺は先生に付いてきてと言われて教室を出る。歴史課準備室というところに入った。
「ああ、そこに座って」
「失礼します」
「これから入学に当たって面接をします。寄宿舎生には実施済だから君が最後だ」
「はい」
「まず選考の結果だか、抜群だった。筆記試験も、論文もな」
「はあ」
「ふむ。驚かないな。当然の結果と言うところか?」
「いえ、そういうわけでは。満額の奨学金を戴けましたので」
「そういうことか。ところで選考試験は、あくまで神学者になるための素養を見るためで、修学院においてはさして誇るべきことではない。今後は研究内容を重視されるから、そのつもりでな。とはいえ、院としては優秀な候補生が来てくれて嬉しいがね」
これはいい気になるなって、釘を刺しているんだよな。
「それから、ラルフ君は他の生徒に対して、違っていることがいくつか有る。身分、住まいが最たるものだ。君の方は身分の違いについては気にしていないようで、幸いだが。あと職業を持っている」
「はい」
「先日、冒険者ギルドから問い合わせが来たときは、正直おどろいたがね」
むう。
「ご寛容なご回答を戴き、感謝しています」
先生は微妙な顔をした。
「院の方針というより、光神教の教えの一つに、汝よく労働すべしとあるからな。神職候補生は奉仕活動のみとなるが、神学科生には教会外の有償労働が認められている。とは言え、修学院生である以上、学業を優先して貰うことになる。分かっているとは思うが、成績や授業の出席状況によっては、冒険者業の一時停止を求める可能性も有ることは、よく記憶しておいてくれ」
当然だな。
「承りました」
「それでいい。認めておいて言うのもなんだが。冒険者とは時には業務として、人間も殺めることもあると聞いている」
「はい」
例えば隊商の護衛任務も結構ある。強盗などに襲われた場合は、賊を害することを厭えない。
「職業には貴賤は無いというのが教えだ。だが、妄りな殺戮は神学生と言うより、光神教の信者としてやらないように心してくれ」
「はい」
「では質問だ! 冒険者業をやる理由を教えてくれ」
「理由は3つ有ります。1つは、魔獣から人間を護ること。2つに自分の他、同居人2人を養っていく必要があり、お金が必要だからです」
「正直だな。もう1つは?」
「はい。修学院に入って研究したく考えている内容が、神と魔術の関係性についてなのですが。座学に留まることなく実践による証明を目指すために、魔術師としての経験を深めたいからです」
「ほう……私はその方面の専門ではないが、概要を教えてくれ。ざっとした一例でも良い」
「分かりました。今から発動する魔術は、魔術師を目指す者が、最初に試すべき例題として上げられているもので、手が発光します。まあ、普通には危険はありません。まずはやってみます。よろしいですか?」
「ああ、かまわない」
「今から呪文を詠唱しますが、第3節目に注意して聞いて下さい」
「わかった」
「ਖਨਗਏਡਕਛ ਠਛਞਗਙ ਅਮਅਡਢ ਠਏਚਕਠਤਧਟਘਙ ……… ਘਨਦਖਰਥਫਟ ਲਣਝਥਨਣਡ ਛਲਞਲਰਢਨ」
左人差し指が蝋燭の明るさ程に光った。
「ほう……」
「魔力の投入量で、明るさが変えられますが、解説は主旨から外れるので割愛します」
【解除:光輝】
「ラルフ君。分かったよ。第3節目は、我が光神教の主祭アマダー様の名であった」
「その通りです」
「呪文は、この国の言語ミストリア語でも、聖典に書かれている言語であるエスパルダ語でもない古代言語だ。一般的に正確な意味が分かっていないと聞いているが」
「ええ、翻訳文は幾つか有りますが。大いなる神アマダー、我が左手を光らせ給え! と言うのが、主流ですね。しかし、呪文の単語数が多く、訳文とは語数が合いません。その辺りの解釈については、別途明らかにしていきたいと思いますが。要は、私の知る限り、全ての呪文には神の名か、称号が入っています。もちろん、それは私の発見では有りません」
バナージ先生が、にっこりと笑った。
「ふむ。研究内容としては悪くない。修学院の教員には、魔術専攻の方もいる。いずれ引き合わせるとして。研究企画書という書類を作って貰うことになるが、雛形を渡そう」
面接が終わると、11時30分だった。まだ授業は15分程残っているので教室に戻る。
そこにいる人達と親交を図ってみたかった。が、皆、自習に勤しんでいるので断念しかけたところ、1人の男子が軽く手を振って近づいてきた。
「ええと、ラングレン様」
小声で話し掛けられた。
「ああ、ラルフと呼んで貰って構わないけど」
「じゃあ、ラルフ君。僕はクルスって言います」
「よろしく」
握手を交わす。全体的感じがいい男子だ。
背丈は俺と同じくらいだが、がっちりとした体型。肌が浅黒く健康そうだ。
「クルス君。声を掛けてくれてありがとう。俺は、皆に比べて色々出遅れているようだから、何かと教えてくれると助かるよ」
「ああ、もちろんです。いや、もちろんだよ。あっ、それで声を掛けたのは、憶えていないようだけど。伯爵領都で、ラルフ君を見たことがあるんだ」
「へえ。じゃあ、君もあの選考会場に居たんだ」
「そうなんです……そうなんだ」
ふふっ。生真面目な性分のようだ。俺と来たら、あまり興味がなかったので周りに注意を払ってなかった。
「ごめん。余りよく憶えていない」
「うん。ラルフ君は、試験開始直前に入ってきて、あっと言う間に出て行ったからね」
ああ、思い出した。簡単だったから、試験時間の1/4程で筆記試験会場を出たんだった。
「スワレス伯爵領出身は、君と2人だから、ソノールの受験生で、筆記試験満点って、ラルフ君のことだったんだね」
「筆記試験満点ンンン!?」
さっき俺に質問したアネッサと言う女生徒が叫んで、教室中に響き渡った。
俺とクルス君の声は十分小さいはずだし、7ヤーデンは離れているのに、聞こえたのか。
あっ、あの耳!
「おい、自習中だぞ!」
後ろの方の男子が、咎めたが、アネッサはどこ吹く風だ。
「重要な話なのよ! で、クルス君、満点って本当なの?」
「なっ、何のことかな? そんなこと言ってないよ」
クルス君の額には汗が滲んだ。俺を庇うつもりらしい。
「はっはは! 獣人の血が入ってる、私の耳が聞き逃すとでも思って?」
「アネッサ。君の生まれがどうだか知らないけれど……」
「みんなぁ。聞いたぁああ!! ラルフ君は、あの難しい試験が満点だったんだって!」
確信してしまったようだ。
「クルス君。放っておこう」
「そっ、そうだね」
俺が席に着いたところ、アネッサが移動して前の席に座り、振り返って粘着してきた。
「ねえ、ねえ。ロータス通りに住んでるってことは、お坊ちゃんなんだよね?」
黙秘だ。
あっ!
「ねえ、ねえって……ぃ痛ったぁ!!」
アネッサが、頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。
結構痛いだろうな。薄い冊子を丸めて、アネッサを叩いたが、スパーンって良い音したもんな。
「もう! 叩いたの誰? ……ひっ! バッ、バナージ先生!! 何時ここに?」
「何してるんだ! アネッサ! 今は自習時間。廊下までおまえの声が響いていたぞ」
それにしても、この教師侮れん。アネッサが死角を作っていたとは言え、俺も数ヤーデンの距離に来るまで気配に気が付かなかった。何者だ?
「やれやれ……初日から、罰を与えることになるとはな。後で舎監のメイムに言っておく。アネッサの夕食を一品減らせとな。では、鐘まで自習を続けろ」
「そんなぁ。それだけは勘弁して下さい。先生、先生……」
バナージ先生が出て行くと、アネッサも付いていった。
そして、間もなく正午の鐘が鳴り、くすくすと教室中に笑いが木霊した。
クルスが、2人男子を連れて降りてきた。
「災難だったね。友達を紹介するよ……って名前覚えてるね
「ヨーゼフ君に、ペレアス君」
それぞれ赤毛で痩せた男子と、くすんだ金髪で男前の男子だった。先程までの誰だ? と言う警戒感が消えている。
「すごいねえ」
「うん。すごいや」
「よろしく」
アネッサには粘着されて、嫌な感じだったが、お蔭で少しは学級に溶け込めた感じがした。
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訂正履歴
2021/11/20 一人称のブレ訂正(ID:209927さん ありがとうございます)
2022/10/07 誤字訂正(ID:1119008さん ありがとうございます)




