48話 左腕の聖痕(スティグマ)
俺の左腕がぁああ……って、なんか中二病ぽい。
「すごいね!」
魔犬を斃した時、声がした。振り返ると、夕日を背にした人影がある。
逆光からずれて、顔が見えた。
「豹……」
「豹?」
「……ああ、なんだ。アリーか」
見慣れた少女だった。でもなんだかとても嬉しい。
なんか、同じようなことが前にも有ったような気が……豹って何だ?
「なんだって、何よ。王都一の美女、アリーちゃんが、見守っているってのに! って、ラルちゃん、随分疲れた顔してるよ……回復魔術行っとく?」
王都一は言い過ぎだ……身近に高い壁がある。
「別に疲れてないが! もうすぐ日も暮れるし帰るか」
少なくとも身体は疲れていない。
「そだね」
王都に向かって歩き始める。
「で、今日の狩りはどうだった? ギルドの帰りだから、そんなに斃せないか、10頭ぐらいまで数えたけど?」
「10頭って。お前、寝てただろう! 姿を消して」
アリーは、巫女だ。悪霊系魔獣以外への戦闘力は一般人並だが、気配を消す固有技倆を持っている。それゆえ単独行動しても、危険が無い。
「寝てない! 寝てないよ! ちょっと、うとうとって……ラルちゃんが強いから、私の出番がないのよ」
「はあ? 支援魔術とか、やることはあるだろうが」
「いやあ。しなくても、ラルちゃん十分強いし。それに、なんか肌に合わないって言うか?」
「もういい」
「で、どうだったの?」
「うーん。まあまあだな。小物ばかりだけど、23頭」
「23! 凄いよ! 全然まあまあじゃないよ。やっぱりラルちゃんは天才! 受付のサーシャさん、腰抜かすわよ!」
「別に大したことないさ」
靴紐が緩んでいるので、屈んで締め直す。
「大したことあるって……あっ! どうしたの? その左腕」
「ん? 左腕?」
腕が、ローブの前袷から出て見えている。
何か、左腕って、最近話題になったような……思い出せない。まあそれはいいか。
アリーが出せと手で促して居るので、立ち上がって突き出した。左肘を掴まれる
「ほら、蕁麻疹みたいのが、こんなに沢山。すぐ治癒魔法を!」
確かにばらばらっと朱くなっている。
「待て! アリー、これは蕁麻疹じゃない。文字だ!」
「文字? これが?」
アリーは、良く見ようと顔を近づける
「ああ、エスパルダ文字じゃない。アリーには読めないって!」
「ぶーー!」
これは、呪文だ。
何で俺の左腕に?
そうだ、聖クライヤヌスが生まれた時に背中に表れたっていう聖痕、それと同じ天の啓示……じゃないよな、呪文だし。
自分を聖人と比較する恐れ多さは微塵も感じず、なぜか当たり前という気分だ。
ああ火焔の美女よ アグニス女神様 あなたほど麗しい方は……って、いつもなから恥ずかしい聖句だ。
「アリー、離れてくれ」
「何?」
「新しい魔術を試してみる」
おおっと言いながら、10ヤーデン(9m)も離れた。俺って信用ないな。
「いつでもどうぞぉ!」
アリーは、こんもりとした土の隆起に身を隠している。
神名からして炎属性の魔法だろう。荒野で試すのはもってこいだ。半径300ヤーデンに、反応があるのは、人間じゃあ俺とアリーだけだし。
狙いは……あれにするか。それと、もう一つは。
崩れかけた俺の背丈ぐらいある蟻塚に向けて、腕を掲げる。
いくぞ!
「ਲਪਟਖਧਸਏਗਛਝ ਲਘਨਜਫਥਧ ਅਗੳਙਸਡਣਲਤਏਟਮਯ ……… |ਢਛਕਭਇਬਠਸਗਰਸ《サチュルテスト》 ਨਪਬਇਥਛਲਭ」
目の奥にチカチカと閃光が走った直後、腕に僅かな反動が来た!
遅れて、何かが破裂するような、射出音と共に火球が飛んでいった!
おっ!
蟻塚に着弾した火球は、上半分を吹き飛ばしたに留まらず、7ヤーデン程の火柱を上げた。
流石は中級魔術!
「からの!」
俺の特異能力。魔術は2度目から無詠唱で発動できる、しかも威力は何倍も上がる。
狙いを変え──
【劫火!!】
狙いは、先に見定めた200ヤーデン先の丘、こちらに向いた岩壁だ!
効果規模が不明なので、印加する魔圧は、さっきよりも低め……しかし。
俺の背丈を超える大火球が迸った──
「ヤバイ!!」
俺は魔術の結果も視ずに、後ろに向かって駈けた。
アリーが隠れる窪みに向かって、身を投げ出して身体を捻る。
【地壁!!】
「目を瞑れ!」
「何? ラルちゃん、キャッ!!」
背後から視界を昏くする程の閃光が襲い、直後悲鳴も掻き消す轟音が周囲を圧した。
……うう……耳が痛い。
ようやく収まってきたようだな。
衝撃波が、何度か吹き超した。
隆起させたはずの土の壁が跡形もなくなっており、下半身が軽く土に埋まっていた。
ヤバかった。
「おい! アリー。大丈夫か?」
「……もう! ラルちゃん、私を殺す気?」
「悪い! あそこまで威力が出るとは……思ってなかった。あっと、ごめん。すぐ退くから」
俺は、アリーに抱き付くように覆い被さっていた。
「べっ、別に良いけど……ああ、泥が一杯……イヤン、髪が傷んじゃう!」
起き上がって振り返る。
地鳴りのような、遠雷のような振動が未だに響いている。
爆発的燃焼が衰え、惨状が見えてきた。
ああっ……。
標的にした丘は、岩壁はおろか、高さのほとんどが消し飛んでおり、未だ何かが燃え盛かっている。
上昇気流があるのだろう、そこへ向かって風が吹いている。
「子供の頃さぁ……」
「んん? ああ」
「山火事があったけど。あれ並だね」
俺たちが7歳の頃、隣村の山を半分焼いた大火事のことだろう。
アリーと村はずれの峠まで見に行って、帰るのが遅くなって怒られたんだ。
おっと、昔のことを思い出して気が抜けたのか、脚から力が抜けた。膝を地面に着いた。
「きゃっ! ラルちゃん! どうしたの?」
「問題ない」
「ああ……そう。いやあ、やっぱり、ラルちゃんはすごいね。さっき憶えたばっかりなのにね」
「ああ、まあな」
魔術には格が有って、適正魔力量が変わる。
それが高い程、同じ魔圧を加えても流れる魔力が大きくなる。今回は初めてだったので、思ったより魔力を込めすぎてしまっただけだ。慣れれば、問題はない。逆に、適正値が低い魔術に無理して魔圧を掛ける方が、効果が不安定になる。それにしても……。
「んん?」
「顔が蒼いよ」
「ああ、いや何でもない」
何でもなくない。
いつもは消えている簡易状況表示が、視界の左上に映っている。
常時発動魔術で生命力と魔力が2本の横棒で示されている。
これが眼に見えるのは、どちらかの残存量が上限値の半分を下回ったときだ。このような見え方をしたのは1年以上なかったことだ。
上段は生命力、下段は魔力。
左から緑、右から赤のせめぎ合い。右端が上限、左端が0、赤緑の境界が現在値だ。
生命力は、若干減っている。さっきの衝撃波で損耗があったようだ。実感がないが。
それより。
魔力の棒が──赤が大勢を占めていた。つまり上限の半分を切っている。
そんな馬鹿な。
確かに下級魔術に比べれば、魔力が籠もった気がした。しかし、まだ何回も撃てる感覚があるのだが。しかし、感覚と表示は大幅にずれている。
詳細表示に変えよう……。
10種ある俺の能力値が、数値で表示される。魔力値は、721/1534……?
はっ?
1534
この前見たとき、1000まで行ってなかったよな。それが、いきなり1.5倍になってる。まさか……な。
再読み込み!
788/1534。
くう。上限値は同じだ。しかも怖ろしい速度で、分子の魔力現在値が増えてる。
別の被験者で……いや、流石に魔獣用の感知魔術だと、人間用と術式が微妙に違うから万全の確認にならないか。仕方ない。
「何?」
アリーは、差し出た俺の手を見ている。
「しょうがないなあぁ」
はにかみながら、アリーが手を繋いできた。
いや。そう言う意味じゃないんだが。まあ目的は達した。
魔力上限値338か……やはり感知魔術はおかしくなってない。
用が済んだので、手を解こうと思ったが、しっかり握られている。
「さて、長居すると王都の警備兵がやって来そうだ」
「だね!」
†
王都の城門を抜けて、帰り着く。
玄関の大きな扉を開けて、中に入る。
「お帰りなさいませ。ラルフェウス様!」
メイド服の女性が出迎える。
「ただいま。ローザ」
「たっだいまぁ。お姉ちゃん」
入ろうとしたら、両手を広げて止められた。
「2人とも埃だらけですよ! 外で払ってから入って下さい。アリー髪の毛まで、泥が付いてるわよ、何してたの?」
「ラルちゃんと泥遊びだよ! 良いでしょ!」
意味がわからん。
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訂正履歴
2019/08/10 呪文の誤字訂正
2021/10/09 誤字訂正
2022/07/09 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)




