45話 ギルド入会試験(審査官サイド)
ええぇ! こんなやり方してんの?! って、時たま言われます。
大体絵というか作図をしてるときか、変態的なスクリプトやマクロ書いてるときが多いですが。
── 時系列はやや遡り 視点を転ずる ──
「バルサムさぁん」
ぱたぱたと特徴的な足音と共に、甲高い声が聞こえてきた。
「ああ、バルサムさん。ここでしたか」
「何かな? サーシャ君」
冒険者に人気が高い受付嬢が、執務室に入ってきた。
「お仕事です!」
「仕事? 仕事は今もしているが……」
「ああ、済みません。魔術師の新人審査です」
この娘は、私の仕事が新人審査だけと曲解しているようだ。
魔術師が必要な依頼の割り振り、パーティ、クラン間の調整、報酬の評価とやることは多いのだが。
「ああ、そういえば。さっき受付の魔道具が、共鳴していたな」
新人候補の能力を受付で読み取られると、こちらにも転送されてくる。
「また新人の資料見ないで、試験するつもりですか?」
見たら、つまらないだろう。
数秒無言で過ごしたら、焦れたようだ。
「ここに申請書の写しと、評価用紙を置いて行きますので。お願いします」
「ロビーに居るのか? この作業にキリが付いたら行く。どんな顔のヤツだ?」
「ヤツじゃないです。可愛い男の子ですよ。ああ、この前みたいに無茶させないで下さいね! では! 次は巫女、巫女」
サーシャ君は、慌ただしく出て行った。
†
「ラルフェウス・ラングレン!」
「はい」
名前を読み上げると、ロビーの長椅子に座っていた少年が返事をした。
白いローブを着た、ひょろっとした体型だ。体型のことで、人のことをとやかく言う資格はないが。
顔を上げて、目が合う。
ほう。
男と判っていたが……これが、可愛い?
若い娘の言うことは、よく分からない。
キラキラと良く輝く金髪、苦労知らずそうな白い肌、整った顔の造作。まあそこだけ見れれば、かわいいのかも知れんが……それらを意識の外に追いやる物がある。
眼だ。
鋭い。いや私が名前を呼んでから、一層鋭くなった。
魔術師に最も必要な知性も垣間見せている。
「審査する場所まで案内する。付いて来てくれ」
被験者を通すべき、魔術師訓練室を素通りする。
いつもここで、藁束の動かない的へ向かって、対象者が得意とする魔術を撃ってもらうのだが。
今日は相応しくない。
彼を見ているとそう思える。なぜだか、期待できるのだ。
その予感に基づき、さらに奥の多目的室に入る。
振り返って審査対象を視る。
「それでは。魔術師の登録審査を行う」
「はい」
返事と共に俺を睨んだ。
「私は審査員のバルサムだ」
なかなか勝ち気そうな少年だな。
だからといって、緊張して堅くなっているわけではない。
ありあまる闘志が、少しずつ漏れ出しているといった風情だ。
私が君の相手をするわけではないのだが。
さて、条件をどうするか。
『無茶はさせないで下さいね!』
受付嬢の言葉が、頭を過ぎる。
ふふん。別に無茶ではないさ。おそらく彼にとってはな──
「審査方法の説明の前に!」
ਡਕਕਠਯ ਟਏਲਲੳਸ ਵਯਅਪਠਜਥਲਚਞ ਗਡਖਢ ਏਥਢਙ ਏਸ <<召喚 ゴーレム!!>>
詠唱の終わりと共に、挙げた腕に魔力が通り抜ける。
私の得意な魔術、土属性魔術で審査しよう。オーク型。弓兵、槍兵、剣闘士の3体を召喚した。
「このオークと戦って貰う。安心してくれ。君を殺すようなダメージは与えないし、そうなる前に判定で、審査は終了になる。万一の場合でも、回復魔術を持った巫もいるしな。それで制限時間は10分、まあオークを全て戦闘不能にしたら、終わりだが」
20人の槍兵より、1人の魔術師!
100人の槍兵より、1人の上級魔術師!
よく言われることだ。だがこう続く。
ただし、100ヤーデン(90m)離れし時──
そのような距離は、この部屋のどこにもない。精々1/5だ。
魔術師にとっては、まさに死地だ。
彼は、一瞬目を見開いたが、この圧倒的に不利な状況でも動揺を見せない。ならば、こちらも掛け金を積むとしよう。
「ただし、回避能力を見たいから、開始直後の10秒は攻撃しないこと! たとえ攻撃が当たっても無効にさせて貰う」
肯いたな。
これで、彼の勝利は100に1つもなくなったが──その平然とした表情が、実力通りか見定めよう。
「じゃあ、始めて、いいかな?」
「はい」
上等だ。
まずは10秒間恐怖を感じてもらおう。感じることができたらの話だが。
オーク3体の視覚と同調!
「では、はじめ!」
やれ!
奥に居る弓兵から弩を放たせる。ゴーレム自身よりも脆い矢だ。当たっても死なん! 当たり所によっては、脈なしと見切る。
が。避けた!
不意を突いたはずなのに、平然と避けた。
しかも最小限の動きで──見切っている。
呪文詠唱の暇を与えなければ、どう対応するか。
第2擊。
左前衛のさらに左にさっと移動し、弓兵の死角に入った。闘い慣れてる……しかし、弓兵を回り込ませて撃つ!
また避けた!
加速術式──いや、魔力の高まりがない……体術か?
まま、滑らかに無駄のない動きで、避けていく。
槍兵の突きも、薙ぎも、まるで当たらない。
槍と弩の間断ない攻撃を、嬉々として避け続けている。
これでも魔術師か! 軽業師の如く跳び、舞踏家の如く翻し、攻撃を掻い潜る。
時間が……。
「10!」
彼は、反撃禁止時間の終わりを宣言した。その誠実さは、命取りだ。
撃て!
彼は宙を舞った。
生成りの白いローブが風を孕んで翻る。
何!
その腕の先から飛礫──
視界の一部が奪われる。視界同調していたゴーレムが機能停止したことを意味する。
馬鹿な! 弓兵をやられた。
少年はさっき喋った。あれで詠唱が途切れたはず!? なのに礫が
大きく跳び上がるのは悪手。弓兵の代償を支払わせる。
無防備な着地時を逃さず、槍を突き出す……手応えがなく空を切ったと理解する間もなく、眼前に白い何かが過ぎった。
視界がまた1つ消え──
残る剣闘士に突撃させるを命ずる間もなく、鈍い音と共にあらぬ方向が視界を占める。最後に天井を見た直後。全て消え失せた。
自身の視覚が蘇ると、大の字になったオーク剣闘士に無数のひびが入り。その向こう──強化土壁がめりこんでいるのが見えた。さっきの鈍い音はこれか。
何が起こった?
部屋を見回すが、3体のゴーレムは土塊に還っている。
審査のはずが、ムキになって戦ってしまった。
手を見せて、彼を止める。
チッ!
彼は舌打ちして、忌々しそうに自らの膝を手で払った。白いトラウザーが土で汚れている。
と言うことは、2体目が最後に見た白い物は、あの膝なのか?
クレイと言えども、ゴーレムを膝蹴りで……自己硬化魔術を使った? あの時間で?
この部屋に来たときの、予感が正しいことを思い知った。
「これで審査を終了する……結果は、追って受付担当より知らせるので、ロビーで待っていてくれ!」
ようやく、いつもの科白を絞り出した。
「ありがとうございました」
数秒前の動きにも拘わらず、呼吸一つ乱れがない。
神妙に会釈すると、彼は多目的室を後にした。
ふぅっと、思わず息を吐き、試験を反芻する。
ラルフェウスと言ったか。反撃禁止の10秒間を終えてから、ものの数秒でやられた。
信じられない。
魔術の発動には時間が必要だ。常識中の常識。
3頭のオークもどきに、それぞれ別の魔術を使ったのは間違いない。
彼は呪文を詠唱していたか? いや、していないだろう。
無詠唱発動とでもいうのか。
いつもは一顧だにしない、水晶玉が読み取った資料を見る。
──魔力上限値986……だと。
凄まじく高い。
無論、私が審査した魔術師の中では、ずば抜けて高い。
賢者と呼ばれる最高位の術者でも、彼より高い者が居るのかすら分からない。
だが、真に恐るべきは魔術発動の速さ。
そして下級魔術にして、あの威力。だが安定度を見るに、全力には程遠い軽い魔圧しか印加していないに違いない。魔束が通りやすい体質か。体術も申し分ない。
私が現役であれば、数倍する嫉妬に駆られていたに違いない。
評価結果を記入し始めた。
惜しいな。
†
「バルサムさん。ここでしたか」
「どうした? サーシャ君」
地面を均し終わった時に、件の受付嬢が入ってきた。
「ああ、所長が、お呼びです。あっちに居ないので探しました。えーと、彼は?」
顔に険がある……なぜだ?
「あっ、ああ。ロビーに戻るよう言ったが」
「……あの、大丈夫なんですよね?」
「何がだ?」
「ああ、いえ。結構です」
踵を返し掛けた。
「待ち給え。これを!」
サーシャを呼び止めつつ、私は審査結果通知書の判定欄に印を付けた。
そんなことは、不要ではあろうが。
†
「ただいまっと」
ロビーにアリーが戻って来た。
「あれ、ラルちゃんの番は? まだなの? 遅いね」
「はっ? ああ……俺はもう、終わった」
「へえ。そうなんだ……っで、どうだった? 聞くまでもないか」
「だな」
「ふーん。あっ、サーシャさんだ」
さっき行った通路から、俺達を受付した人が近寄って来た。
今、総合受付の窓口には、別人が座っている。
「あっ、居た居た! ちょっと付いてきてくれる」
「はあ、はい」
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訂正履歴
2022/07/09 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)




